第14話;妖精、現る
杉村君との練習から1週間が過ぎた。白江の傷が治り、橋本とも1度、超能力の訓練を行った。週末には小百合ちゃんと繁華街に向かった。久しぶりの冒険だ。朝早くから、悪戯好きな小人を探した。荒らされたゴミ箱の周りで目を凝らし、倒された自転車はないかと見回した。
午前の冒険では、荒らされたゴミ箱をよく見かけた。昨晩に粗相をした猫がいたのだ。風が強い日には、倒れた自転車が続々と見つかる。…やっぱり小人なんて見つからない。だけど何故か彼女の機嫌は良い。鼻歌を歌い、ウキウキしていた。
お昼の時間になったので僕は買い物をし、2人して家に帰る。相変わらず彼女は、駄菓子すら受け取ってくれない。深川さんの顔が頭に浮かび、少し拗ねてしまう。
「今日も、小人さんは見つからなかったね?」
「うん!」
冒険の終わりを告げる声に、残念がるべき彼女の声は弾んでいた。小人や妖怪は見つからない。となると、笑顔の理由は何だろう?久し振りの僕との冒険が、そんなに楽しかったのだろうか?
「小百合ちゃん、ずっと笑って…何か良い事でもあったの?」
マンションの正門を抜け、例の自販機で飲み物を買う。どうせ彼女は欲しがりもしない。缶を取り出しながら、余りにも楽しそうな顔をする彼女に尋ねた。
「うん!この前ね、妖精さんと会ったの!」
彼女は即答をくれた。
「へぇ~、会えたんだ。良かったね。」
僕も即答した。聞き流した訳ではない。あり得ない話を、突拍子に聞かされたからだろう。瞬時には理解出来なかったのだ。
……。
…………?
………………!!
「えっ!妖精と会ったの!?」
彼女の爆弾発言が、何気ない午後の雰囲気と合わない。時間が止まった。いや、僕自らが時間を止めて、何かを考えていた。
やがて腹の底から込み上げる感情を、何度も爆発させては疑い、爆発させては抑えこんだ。
(妖精と会った?この子は一体、何を言い出すんだ?うん?そもそも妖精の挨拶なんてなかったじゃないか?だから深川さんとは先週、小人か妖怪を探しに出掛けたはず。…平日か?平日に挨拶してくれたのか?それなら僕が付き合えない。他の誰かと会いに行ったんだ。いや違う!それ以前の問題だ!)
爆発しようとする何かが抑え切れない。頭の中が混乱する。その姿が喜んでいるように見えるのか彼女は白い歯を見せて笑い、飛び跳ね、興奮していた。
(いや、小百合ちゃん。そうじゃない。僕は、祝福なんてしてない!)
喜ぶ彼女を見て、頭は更に混乱する。
妖精は、先週末の冒険で見かけたらしい。裏山の獣道を歩いていると、茂みで蒼く光る何かが2つ、グルグルと回っているのを見かけたそうだ。2人が驚いて声を上げると、光は小百合ちゃんが見上げる程度の高さまで上昇し、8の字を描くように数回飛び回った後、逃げるようにして去ったと言う。
彼女は自慢げに語った。僕は気になった。
(その妖精は…ノームだったのか、シルフだったのか、それとも、ドライアドだったのか?)
いや、違う!そうではない。何から聞けば良いのか分からないけど、聞きたい事は大きく分けて1つ。そう、大きく分けようが小さく分けようが、たった1つ…!
(妖精は、本当に存在したのか…?)
『あり得ない!』
そう叫びたかった。今のは心の声だ。
「それじゃ、お兄ちゃん。またね~!」
マイペースな彼女が、無邪気な笑顔でエレベーターに向かう。母親が待っているのだ。知らずの内に彼女を長く引き止めていた。
「あっ…。」
次の約束も決められないまま彼女を見送った。
(……。あ…?いやっ…。えぇっ~~!?)
残された僕は温くなった炭酸飲料を片手に立ち尽くしていた。繁華街で買った物は既に手からすべり落ち、床に転がっていた。
(………。)
昼食を済ませた後、部屋の窓から外を…裏山を眺めていた。どうしても釈然としない。彼女が、僕ではない人と一緒に妖精を見つけたのが釈然としない…。いや、違う。確かに、誰かに先を越されたジェラシーは感じる。だけどそれは後回しだ。釈然としない理由は妖精の存否だ。
先ず腑に落ちないのは先週の冒険だ。その前日、僕らは一緒にいた。僕と小百合ちゃんと彼女の母親…そして差し入れを持って来た深川さんだ。深川さんはその席で彼女を冒険に誘ったけど、妖精からの挨拶がなかったので、翌日は繁華に出て小人などを探す事になっていた。山に行く目的が見当たらない。仮に山に登ったとしたら、僕や杉村君に出会っていたはずだ。次に深川さんだ。彼女は病弱な為、山登りを諦めていた。久し振りに見た彼女の顔色は良かったものの、山に登るまでは回復していないはずだ。最後に…あれだけ挨拶をしてくれていた妖精が、どうして小百合ちゃんを目の前にして、逃げるように去ってしまったのか?
いや、最後の最後に…そもそも、『妖精なんて本当に存在するのか?』…と言う事だ。橋本の厳しい視線が頭に浮かぶ。杉村君の、純粋な頑張りが僕を揺さぶる。白江の…白江の…ええっと、白江の……何でもない。と、に、か、く!彼らや小百合ちゃんの、何かを信じる心は認めよう。納得は出来ないけど受け入れよう。だけど、これと妖精がいるかどうかは別問題だ。
…僕はこの時、妖精の存在を否定していた。あれだけ探していたのに、あれだけ冒険を楽しんでいたのに、今は全てを否定したかった。でも、考えを張り巡らせたところで答えは見つからない。
「………。」
いつの間にか頭を悩ませた原因すら忘れて、ただただ山を眺めていた。視野はぼんやりとしていたけど、蒼い光なんて何処にも見当たらない。
ふと、昔を思い出す。
(ひょっとして小百合ちゃんは、2人に騙されているのでは?)
裏工作の可能性を疑う。簡単な推理だ。僕自らが考えた方法でもある。つまり偽物の妖精を見繕い、彼女に喜んでもらう作戦だ。可能性は高い。挨拶もなかったのに山へ向かった事、そこに病弱な深川さんが同行した事、そして妖精が彼女達から、逃げるようにして去った事…。蒼く発光する何かを妖精に見立て、彼女に気付かせる。驚いた彼女が近づく前に、光を消したか何処かに放り投げたか…。深川さんと…もう1人、妖精を操る誰かがいれば可能な話だ。このマンションには深川さんの他に、小百合ちゃんの相手をしてくれる人がいると聞く。
(間違いない。小百合ちゃんは、皆に騙されてるんだ。)
僕は、推理に矛盾がない事を確信した。まるで『信じる人』になった気分だ。『必ず、その真相を暴いてやる!』と息巻いた。
そしてそのチャンスは、意外にも早く訪れた。次の日の夕方、広場で深川さんと誰かが話している姿を見たのだ。その後姿は、怪しい以外のなにものでもなかった。何故なら隣にいた人は、小百合ちゃんの母親だったからだ。
後ろからゆっくりと近づき、彼女達の会話に耳を立てようとする。
「あら、博之さん。学校帰りですか?」
「!?」
2人の声が聞こえない距離の内に、母親が僕に気付いて振り向いた。その声に深川さんが反応する。
「あら博之君、お帰りなさい。」
そして、白々しい演技を始めた。
「そうそう!聞いて頂戴!この前の日曜日にね、遂に会ったのよ!私と小百合ちゃん、妖精に会えたのよ!」
いつもは疲労感を漂わせる深川さんが、以前よりも元気に見えた。声も大きく、血色も良かった。
「あっ…。え…あの…小百合ちゃんから聞きました。でも本当に…本当に妖精に会えたんですか?」
動揺を隠せないまま質問する。一瞬だけ、母親の顔が曇った。深川さんは、ずっと笑顔のままだ。
「ええ、そうなの!ご免ね。私が先に会っちゃった。」
深川さんの声に、母親が再度微笑む。
(演技に戻った…。)
そう思った。頭の中が疑心暗鬼でいっぱいになる。彼女達の嘘を暴こうとしていた。
今考えると、暴いたところでどうなるものではなかった。嘘だったとしても、小百合ちゃんが喜んだのならそれで良かったはずだ。僕だって当初は、同じ方法で彼女を喜ばそうと考えた。
だったらこの時、僕は何に対して躍起になっていたのか?…分からない。ただただ躍起になっていた。
「でも…どうやって?確かあの日の前日、妖精の挨拶はなかったですよね?」
「そうなんだけど…」
「見たんです。」
(!?)
質問に、2人の意見が食い違った。
「皆さんが帰った後、先に寝てしまった小百合の隣で、妖精の挨拶を確認したんです。」
「あら、そうだったの?私はそれも知らずに…。最近は体調が良いものだから、山に登ってた頃を思い出してね。久しぶりにと思って、小人や妖怪を探すのを止めて、小百合ちゃんを山に誘ったのよ。」
「……。」
母親が、ばつが悪い顔で話した後、何も知らない振りをする深川さんが、自分の意思で山に登ったと言い張る。僕は、2人の作戦の穴を見つけたと思った。僕の推理が正しいなら、深川さんは大女優になれる。
「何処で見たんですか?」
更に問い詰める。深川さんは表情を変えず、嬉しそうに答えた。
「何処だったかしら?あの子の冒険は、常に方向が変わるから…。」
「………。」
しかし小百合ちゃんの方向音痴を理由に、惚けた表情も浮かべる。
「頂上まで登ろうとしたんだけど、やっぱり体がついていかなくて…。諦めて帰ろうとしたらあの子が獣道の方に走り始めて…。後を追おうとしたら、遠くに蒼い光が見えたのよ。それも2つ!私は驚いて、『妖精だ!』って叫んだの。そしたらあの子、妖精に向かって走って行ったの。でも残念な事に、妖精は何処かに飛んで行ってしまったわ。もう少し、近くで見たかった…。残念!」
「……。」
作り話は完璧だった。小百合ちゃんから聞いた話とも合致している。
…残念ながら、妖精の具体的な姿は分からなかった。蛍のように光る、蒼い光を見ただけだと言う。
(………。)
不思議なものである。これだけ疑心暗鬼になっている僕でも、彼らの姿が確認出来なかった事を悔しいと思った。…せめて、羽があったかどうか知りたかった。
「いやぁ…羨ましいなぁ…。次の冒険で、僕も妖精に会えますかねぇ…?」
取り敢えずは、喜ぶ深川さんに合わせる事にした。今は問い詰めず、話を根こそぎ聞いた後で嘘を暴こうとした。彼女の演技は続く。
「次は博之君の番よ!頑張ってね!?」
深川さんはもう、山に登る事を諦めたそうだ。体調も回復しておらず、だけど妖精に会えた。僕に是非、小百合ちゃんの家まで妖精を招待して欲しいと願う。…全く調子が狂う。『芝居はそこまで!』と話を打ち切り、彼女達の嘘を問い詰めたかった。
その気持ちを、母親の言葉が後押しする。
「ただ…残念ですけどあの山ではもう、妖精には会えないかも知れません。彼らがそう語っています。あの山はもう、彼らが住める環境ではなくなってしまうそうです…。」
卑怯な手口だ。僕がいつか、探しても探しても見つからない事に腹を立てた時の保険として、そんな嘘を言っているのだ。小百合ちゃんにもそう言い聞かせるはずだ。同じ手口は2度と通じないから、『もう妖精はいない』と教えるつもりなのだ。そうすればこの嘘は、永遠にばれる事がない。以前にも同じような事を口にしていた。充分な下準備をしているつもりなのだろう。そもそも彼女に、妖精の声が聞こえる訳がない。それよりもそもそも、妖精なんているはずがない。
小百合ちゃんは僕以上に長い間、妖精を探している。2年以上も、妖精と一緒におやつを食べる事を楽しみにしているのだ。それなのにこんな手口を使って、小百合ちゃんが喜ぶだろうか?納得するだろうか?こうやって冒険の結末を迎えても良いのだろうか?
「そろそろ僕、家に帰ります。」
迷い始めた僕は、懸命に平常心を装ってその場から逃げ去った。
「酷い!酷過ぎるぞ!」
エレベーターの中で叫んだ。彼女達には、いつも感狂わせられる。特に小百合ちゃんの母親だ。あれほど幻想生物の存在を肯定し、あたかも実在するかのように説教染みた話をする彼女が芝居を打つとは…。僕を、ドラゴンの知識が足りないと叱った。僕が作った妖精の話を非難した。そんな彼女が…何故?仮に小百合ちゃんも年頃なのだと、現実を教えるべきなのだと嘘をでっち上げたのなら、それならそれで僕に教えてくれても良いはずだ。初めて彼女達に会った時から、ずっとそう思っていた。僕が子供だからか?だから小百合ちゃんの教育に対して、仲間に入れてもらえないのか?確かに僕は、まだ大人ではない。委任状も必要な人間だ。でも幼い子供の教育には、充分に対応出来る年頃だ。…多分…。
最近、すっかり頭の中から消えていた感覚が僕を襲う。しかも、以前とは違う複雑さで…。
彼女達がついた嘘は、果たして正しい行いなのか…?僕は、仲間外れにされた事に腹を立てているだけなのか…?小百合ちゃんの幸せとは…見つかりもしない妖精を、このままずっと探し続ける事なのか…?それとも偽物の妖精を見せつけられ、本当の事も知らずに喜ぶ事なのか…?だったら僕はどんな立場で、誰に賛同すれば良いのだろうか…?
(……。若しくは、彼女達の話は本当なのか?)
だったら僕は…妖精の存在を信じるべきなのだろうか…?
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