7話 刻の桜(1)
「さて、どこから話せばいいかな……いや、最初から話そうか」
「この町に伝わる昔話なんだけど、題名は存在しないんだ。しかし、みんなは『少年と桜の木』と呼んでいる。『刻の桜』って呼んでいるものはこの話に出てくる何かのことなんだ。『刻の桜』と呼ばれることにも理由があってね、桜の木とおじいさんが同じ日をいつまでも過ごしていて、桜の木が時間を自由に操っていたと思われているからなんだ」
「違うの? 私はずっと桜の木がやっていたんだと思っていたけど」
真昼は不思議そうな顔をしている。
「桜の木がそんなことできるとでも? そんなわけないでしょう。これは私の持論ではあるのだけれど、あれはおじいさんが無意識にそうなることを願って起きたことだと思っているの」
「じゃあ、なんでおじいさんは死んでしまったの?」
「きっと、おじいさんが自分の死を受け入れたことによって時間は正常に進みだした。それでも何か引っかかる、そんな都合の良い話があるのだろうか。それでは桜の木は刻の桜と呼ばれる理由が見当たらない。そこであたしは思ったんだ。『刻の桜』はあの桜が施された懐中時計のことなんじゃないか、と」
「懐中時計……ね。確かに時計は時間を刻むものだし、あながち間違ってないのかもしれないね。でも、それじゃあ隠蔽される理由にはならないでしょう?」
栄川は至って冷静に振舞っている。
「そう、これだけなら隠蔽されるような内容ではない。『刻の桜』が単純なモノであるならね、私は『刻の桜』はきっと科学とかじゃあ説明できないモノだと思う」
「……ねえ、私達が聞いてきたあの話は子供向けに優しく書き換えられたのではなく、『刻の桜』という存在を隠蔽するために書き換えられた。ということで合ってるのかな?」
「これはあくまでもあたしの解釈だけれど、隠蔽されるようななにかがあるんだよ、あの話の真実は」
——本当に同じ日が繰り返されるとか……ね。
志音は夜谷の言葉を思い出した。
「ねえ、そういえば夜谷さん、さっき本当に同じ日が繰り返されるとかって言ったけど、それは『刻の桜』がそれを起こしているの?」
「……それは随分と答え辛い質問だね、あれは例に挙げたことではあるんだけど、おじいさんが本当にそれを起こしていたならば、きっと起きるはず。その現象をあたしは
——いや、それが起きるなら確かに隠蔽されるだろう。しかし、何か引っかかる。内容のどこかが私が納得させない、おじいさんに記憶はある。ならば、懐中時計を持っていない他の人達に記憶はあるのか、記憶がなければ昔話自体がただの夢物語にすぎなかったということになる——
「ねえ、じゃあその、時間乖離が起きていたのなら、他の人の記憶はどうなっているの?」
「さあ、そこまではわからないけれど、あの話の作者が実際に体験した話なら少年が作者ではないだろうし、記憶は夢でも見ていたような気にでもなるんじゃない?
夜谷は昔話は事実であることを前提として話をする。
話が一区切りしたように感じたため、志音は気になっていたことを訊ねた。
「そういえばさ、あの桜の木って町からじゃあ見えないのかな? なんか町から見ても分かりそうな感じだけど……」
「ああ、そのことね、不思議なことに町からじゃあ木々が覆っていて見えないようになっているんだよ」
「ねえ、もし『刻の桜』が
栄川は質問した。
「……このことは他には絶対に話さないようにして、『刻の桜』が隠蔽されているのであれば、少なくとも他にも知っている人がいる。良くないことが起きるのかもしれない。あたしにも何が起きるのかはわからないけど、そんな気がする」
「……ねえ、どうしてそんなに知っているの? 何が夜谷さんを突き動かすの?」
栄川は不安そうな顔で質問した。
「どうしてだろうね、あの桜は単なる昔話に出る存在にすぎないのに……ね」
——私の勘ではあるが、きっと夜谷さんは何かを隠している、知られてはいけないような何かを——。
志音は訊かなかった。夜谷が隠していることを知ろうとしたら取り返しがつかないことになりかねないと思ったから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます