七、冒険
翌朝、俺とリルはあの扉――冒険者の間では〈門〉という呼び方が一般的だ――の前にいた。
「いいか、ダンジョンに入ったら緊張を切らすんじゃないぞ。何が起こるかわからないからな」
これは半ば自分に向けた言葉でもあった。この前大変なことになったのは、油断していて崩落に気付けなかったのが大きい。
「ね、ソラ、早く行こう!」
人の話聞いてんのか。
「お前なあ、わくわくするのもほどほどにしとけよ。死んでも責任取らないからな」
「でも僕が死んだら悲しんでくれるでしょ?」
「そりゃ悲しいけどさ」
出発前にどんな話してんだよ俺たちは。縁起悪いってもんじゃねぇぞ。
「さて、準備はいいか? いよいよ初めての冒険だ。慎重に、安全に、な」
「了解!」
威勢のいい返事を聞いて少し安心した。
「レイス・ソラとアーキア・リル、ダンジョンへの立ち入りを望む」
俺がゆっくりとふたりの名前を告げた途端にまたあのときと同じ振り回されるような感覚を覚え、そして気がつくとダンジョンの中に立っていた。今度はちゃんとと一緒に飛ばされたのでリルが隣にいる。走って探さなくても大丈夫だ。
「うわあ……」
リルが感嘆の声をあげた。辺りは〈魔光石〉が発する光で昼間のように明るい。普通洞窟というと暗い印象が強いが、ここに限ってはあてはまらないようだ。
「これはなんというか、すごくまぶしいな」
〈魔光石〉は場所によって多かったり少なかったりする。ここは地面のほとんどが〈魔光石〉でできていて、それが青白く発光しているのだ。
「そうだ、これを持って帰れば家で明かりとして使え――」
「ないからな。ダンジョンから持ち出したらただの石だ」
「えぇ、そんなぁ」
そんなことができたらとっくに街中〈魔光石〉だらけになってるだろ。それに夜になれば消えるんだし使い道ないような気がするが。
「とにかく、この場所から離れよう。明るすぎて目がおかしくなりそうだ」
魔物が現れたときに目がくらんで対応が遅れたりしたらまずい。俺たちは少し歩いてちょうどいい明るさのところに移動した。
「今日の目標はダンジョンに慣れること。最終的には俺とリルがきちっと連携して対処できるようになることだ」
俺もリルも一応人並みに森で野生動物と対峙したり剣を振るったりはしてきた。しかし魔物と戦った経験は前回が初めてである。
「まず帰還用の魔法陣を探して、その周辺で練習をしよう」
リルはちょっと不満そうなそぶりを見せたが、おとなしく従った。もしリルの好きなようにさせたら後先考えずに下の階層に走って行くだろう。どう考えてもリルは冒険者には向いてない。
まだ午前中、それも比較的早い時間帯ではあるが、やはり真夜中とは比べものにならないくらい人の気配がダンジョンに満ちていた。あちらこちらで冒険者の足音や掛け声が響く。結構魔物も多いのかな、と思って気を引き締める。
しかし魔物が飛び出してくることもなく、次第にざわざわした喧騒が聞こえてきた。運がいい。方角はあっていたようだ。
下階への階段と、帰還用の魔法陣はそれほど離れていないところにある。多くの冒険者がこの二つに用があるわけで、必然的にこの場所には冒険者が集まることとなる。
近づいていくとひとりの冒険者がこちらに気付いて立ち上がった。
「おっと君たちは! 良かった、無事だったのか!」
リルはぽかんとした表情を浮かべたが、俺はすぐに思い当たった。
「あのときの冒険者さんですか!」
俺がぼろぼろになりながらリルを背負ってダンジョンから脱出したとき、出口を教えてくれた人だった。
「冒険者も何もここにいるのはみんな冒険者だろうに。そちらの小さいの、あのときはおぶわれてたけど大丈夫だったんだな。てっきりもう駄目なのかと思ってたぞ」
確かにあの状況だったら死んでいると思われてもおかしくない。
「いやあ、あれからずっと気になっていてね。君たち、まだ若いのに無茶しちゃいけんよ。そういう私も昔はいろいろとバカなことをやったものだが」
そう言って男は笑った。
「あ、そうだ。君たちにはこれをあげよう。駆け出し冒険者くんに、私からの贈り物だ。いつか役に立つかもしれないな」
男は俺に小さな袋を差し出した。受け取って中身を見ると雑多なものがごちゃごちゃと入っている。
「大したものじゃあない。もし全速力で逃げなくちゃいけなくなったときには使ってみるといい。使い方を間違えると厄介な代物ばかりだから注意書きをよく読んでから使ってくれ」
それだけ言うと男は歩いていってしまった。
「ソラ、今の誰?」
「えーっと、俺がリルを背負って帰ったとき、途中で会った人、かな」
「ふうん。ちょっと変わった人だね」
「俺も今そう思った」
いくら一度会ったことがあるとはいえ、知り合いでもない人にこんな贈り物をするのは普通とは言いがたい。
「でも悪い人ではなさそうだし、むしろいい人なんじゃないか? リルもそう思うだろ?」
「……まあね、もらう分には損じゃないし」
確かにそうだ。右も左もわからない俺たちにとって先輩からの助力ほどありがたいものはない。きっと、いつか役に立つだろう。
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