リベンジ・オブ・ザ・ジャイアントトード

毒針とがれ

第1話 女騎士はカエルと闘いたい!

 冒険者ギルドの酒場は今日も賑わっていた。

 まだ昼間だというのに、酒気を帯びた男女たちの笑い声が店内に響き渡っている。日々の疲れを吹き飛ばそうとするかのように、それぞれのテーブルでは冒険者たちがお祭り騒ぎのごとく盛り上がっていた。

 ・・・・・・そんな中で、一つだけ、お通夜のように静まりかえったテーブルがあった。店の片隅の、ある四人パーティが座っている所である。


「カエルを倒すクエストをしよう」


 そう提案したのは四人パーティの内の一人、金髪の女騎士だった。宝石のように透き通った碧眼を凜と光らせて、力強く仲間たちに訴えかける。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ええー」

 だが、残りの三人の顔は、そんな女騎士の態度に反比例するかのように曇っていた。食卓の上の野菜サラダを食べる手すらピタリと止め、引きつった表情で提案者に視線を向けている。

「ん? 聞こえなかったか? 今日はカエルを倒すクエストを・・・・・・」

「いや、ちゃんと聞こえてるけど・・・・・・」

 パーティのリーダーらしき若年の男、カズマが言葉をかぶせるようにして女騎士の二度目の提案を打ち消した。同時に残りの二人に横目を向け、様子を窺う。

「か・・・・・・カエル・・・・・・な、生臭っ・・・・・・ああっ!」

 二人の内の片方、羽衣を着た水色の少女はわなわなと身体を震わせていた。まるで恐ろしい何かから我が身を守るかのように、両腕を強く抱きしめている。

「ヌルヌル・・・・・・温か・・・ううっ・・・・・・」

 もう片方の魔法使いの格好をした少女も似たような状態だった。俗にロリ顔と呼ばれる幼めの顔立ちを苦悶に歪ませて、悩ましそうに頭を抱えてしまっている。

 そんな両者の姿を見た後、改めてカズマは女騎士と向き直った。

「なあ、ダクネス・・・・・・前に言わなかったっけ? この二人はカエルに食われかけたことがあるから、トラウマになってるって」


 カエル。

 それは、カズマたちのパーティ・・・・・・より正確に言えば、そのうちのアクアとめぐみんの二人に壮絶なトラウマを植え付けたモンスターである。

 正式名称はジャイアントトードと言う。

 その体躯は牛を上回るほどの巨大さであり、繁殖の時期になると、産卵のための体力を付けるため、エサの多い人里にまで現れ、農家の飼っている山羊を丸呑みにしてしまうらしい。

 で、アクアとめぐみんは、少し前のクエストで農家の山羊よろしくパックリと丸呑みされてしまったというわけである。


「その話はちゃんと覚えているぞ」

 だが、女騎士ことダクネスは記憶の中の恐怖に震えているアクアとめぐみんの姿にも、普段だったらアクアに向けられるカズマの視線にも動じた様子はなかった。あくまで毅然とした態度で言い放つ。

「頭からパックリやられて・・・・・・ね、粘液で身体中をベトベトに! ベトベトにされてしまったというやつだろう? 私が初めて二人を見かけたときのことだから、良く・・・・・・本当に良く覚えている」

「だったら何でそんな提案をするんだよ? この二人にカエルの三文字は禁句だって、分かるだろ?」

 女騎士の頬がピンク色に染まっていることには一切、言及せずに、カズマは呆れたようにそう言った。

 もしかしてこの騎士様は、どこぞの女神様並みに知力のステータスが低いのでは・・・・・・そんな風にカズマが疑ったときである。


私は、カエルを倒すクエストがしたいと言っているのだ」


 今度のダクネスの顔には、邪念が見えなかった。

 仲間を守るクルセイダーとしての真剣さを瞳に宿しながら訴えかけてくる。

「カズマは前に言っていたな。『ガチで魔王を討伐したいと考えている。自分たちはそのために冒険者になったのだ』・・・・・・と。ならば、駆け出しの冒険者の街と呼ばれるこの場所を離れる前に、パーティのカエルへの恐怖心を払拭しておく必要があるのではないか?」

「む・・・・・・」

 珍しく見かけ通りに理知的なダクネスの態度に、カズマは物怖じしてしまう。

「前に言ったと思うが、カエルはとても費用対効果が高いモンスターだ。刃物が通りやすいから倒しやすいし、攻撃方法も舌による捕食しかない。何より、倒したカエルは食用として高く売れる・・・・・・きちんと倒すことさえ出来れば、道中での生活がかなり楽になるはずなんだ」

 そのダクネスの言葉に、カズマは少しばかり思案する。

 確かに、この女騎士の言っていることは間違いなく正しい。本気で魔王討伐を考えるなら、この先の旅がどれほど過酷なものになってもおかしくはないのだ。その間、金欠で生活苦に陥ることだってあるだろう・・・・・・そんなときにカエルを狩って金稼ぎをしたり、直接食料を調達できたりすれば、かなり安心できる。

 いや、というよりも、カエルを狩って金稼ぎをするなど手慣れた冒険者にとっては基本中の基本なので、それができないというのは相当、危険なんじゃないか?

「それに、前に魔王軍の幹部、ベルディアというデュラハンが街を襲ってきただろう? あのときは相手の軍勢がアクアの得意とするアンデッド系だったから何とかなったが・・・・・・この先、カエル系のモンスターが主力の軍勢と闘わないとも限らない」

「かっ! かかかか・・・・・・カエル系のモンスターの軍勢ですってぇ!?」

「ぬ、ヌルヌルプレイはもうイヤぁ!」

 恐るべき未来が頭によぎったのか、アクアとめぐみんは悲鳴を上げて店の隅っこに縮こまってしまった。「ちょっと待て、ヌルヌルプレイなんてしてないだろ!」とカズマがツッコミを入れる暇もなく、お互いに肩を抱いて身を寄せ合っている。

 ・・・・・・想像するだけでこの有様なのだから、実際にカエルの軍勢を目の当たりにしたのならば、それだけで失神してしまうかも知れない。

「まあ、ダクネスの言い分は分かるけど・・・・・・でも、こんな調子じゃ前回の二の舞に・・・・・・」

「大丈夫だ、問題ない」

 力強い口調で、ダクネスはそう言い切った。

「みんな、良く聞いてくれ。私たちはこの間、とても強くなった。カズマは新しくスキルを習得したし、めぐみんの杖も新しくなった。アクアのレベルもだいぶ上がっている・・・・・・もう、私が加入する前のように苦戦を強いられることはないはずだ」

 そのダクネスの姿は、まるで教え子に最後の言葉を贈る教官のようだった。凜々しい外見に相応しい大人びた態度で、震える子羊たちの肩にポンと手を置く。

「それに、いざとなれば私が居る。アクアやめぐみんが再び丸呑みにされそうになったら、私が盾になって代わりに飲み込まれてやるさ・・・・・・だから何も心配するな!」

「「「だ、ダクネス・・・・・・っ!」」」

 アクアやめぐみんのみならず、遠目で様子を窺っていたカズマや、まったく関係のない野次馬の冒険者までもがダクネスに対し尊敬のまなざしを送っていた。

 なんて頼もしい発言だろうか。この女騎士が側に居てくれるのなら、ジャイアントトードごとき恐るるに足らず! むしろ、どうして先ほどまで怯えてすくんでいたのか忘れてしまったほどである。

「よーし! 今日のクエストはカエル退治だ! みんな、気張って行くぞ!」

「「「おーっ!」」」

 女騎士の説得によって、カズマたちの士気はかつてないほど高揚していた。

 誰もダクネスの口の端からよだれが垂れていることに言及しなかったのは、そういう特殊な空気のせいだったのだろう。


 で、クエスト募集の掲示板の前まで来たカズマたち一行だったのだが、

「な、なんじゃこりゃ・・・・・・!」

 カエル絡みのクエストで張り出されているのは、今、カズマが握りしめている紙の一枚だけだった。それも、とんでもない内容が書かれている。

『ジャイアントトード大量発生! 五十匹まとめて討伐で二百万エリス』

「ご、五十匹って・・・・・・」

 書かれている数字のデカさに、カズマは頭をハンマーで打ち付けられたようにクラクラしてしまう。

 前にアクアとめぐみんと一緒に討伐したときは、たったの五匹だった。そのたった五匹にあれだけ手を焼いたのに、その十倍って・・・・・・

 一体、どうしてこんなことに?

「春先だからですね」

 そこで、冒険者ギルドの受付のお姉さんが話しかけてきた。

「毎年この時期になると、冬眠から目覚めたカエルが平原に大量発生するんですよ。この地域だと風物詩みたいなものなんですけど、まだご存じではありませんでしたか?」

「へぇ〜、知りませんでした・・・・・・」

 顔を引きつらせながら、カズマはどうにか受け答えをする。

 同時に後ろを振り向くと、真っ青な顔をしたアクアとめぐみんの姿がそこにはあった。さっきまでの覇気は突きつけられた数字の前に、すっかり霧散してしまったようである。

 ちなみに、期間は一日以内と書かれている。

「よし、やっぱりカエル退治はやめよう!」

「イヤだああああああああああああああああ!! 待ってくれカズマああああああああああああ!!」

 スッパリとトラウマ克服を諦めようとしたカズマの背中に、金髪の女騎士が涙を流しながらすがり付いてきた。

「ずっと楽しみにしてたんだ! 粘液まみれにされたアクアとめぐみんの姿を見たあの日から、カエル系のモンスターと闘う日をずっと楽しみにしてたんだぁ! いつか私もあんな目に・・・・・・頭からパックリやられて! 粘液で! 粘液でベトベトにされてしまうのかと想像すると、夜も眠れなくてぇ・・・・・・っ! 頼むぅ・・・・・・このまま焦らされ続けたら私、おかしくなってしまうぅ・・・・・・!!」

「だったらおかしくなってしまえ! この変態が!」

 まるで普段の駄女神様を彷彿とさせるダクネスの懇願を、カズマは冷たく一蹴した。

 やはり、一瞬でもこのドM騎士を頼もしく思ったのが間違いだった。

 身をひるがえして掲示板の前から去ろうとするカズマだったが、女騎士が強靱な握力を駆使してそれを阻止した。どうにか引きはがそうと奮闘するが、やはりステータスの差が大きいのか、いっこうにダクネスが離れる気配はない。

 足蹴にされながらも頬を紅潮させている金髪碧眼の美女は、やがて酒場全体に響き渡るほどの大声で叫んだ。


「もしも・・・・・・どうしてもカエルと闘いたくないというのなら、カズマ! お前が・・・・・・お前が代わりに、私のことをメチャクチャにしてくれ!!」


「はぁ!?」

 あまりに突飛な発言に、思わずカズマは彼女を踏みつけていた足を止めてしまった。何を想像したのか、普段の誰かよろしく頬を紅潮させてしまっている。

 しかし、対する女騎士は己の中の堅い決意を口にするのを止めはしなかった。

「もしもカズマが私のことをメチャクチャに・・・・・・あの日の思い出ごとメチャクチャにしてくれれば! 私は二度と毎晩毎夜あんな切ない思いをせずに済むはずなんだ! だから、頼むっ! ヌルヌルでもベトベトでも・・・・・・ネバネバしたのでも何でもいい! カズマの好きなやつで欲望のままに折檻して・・・・・・あの日に抱いた私の淡い気持ちを力尽くで塗りつぶしてくれえええええええええ!」

「だあああああああああああああ!! 分かったから! ちゃんとクエスト受けるから! クエスト受けてカエルを倒すから! だからこれ以上、俺の風評が悪くなることを言うのはやめてくれえええええええええええええええ!!」

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