第143話 俺、今、女子夜カフェ中
ストーカー……? って言うのか——これ?
そんなことを考えながら、俺は、夜の地元駅前にいた武蔵さんのことを見つめた。付けまわされていたわけでなく、この人は、じっと同じ場所で待って稲田先生(中身は俺)が再び通るのを待っていた。先生のマンションの前とか、学校の前とかで、出待ちしてずっと待ってられたらそりゃ間違いなくストーカーだけど……。
なんか微妙だな。
俺が前に経堂萌夏さんに入れ替わってた時に、親戚のお兄さんに出待ちやられたことあったけど。うん、そういうのは間違いなくストーカーだと思うが、——来るか来ないかわからない稲田先生をずっと駅前で待っていた。そういうのはストーカーって言うのかな? そう言うにはちょっと弱々しい感じもするな。
武蔵さんとは、午前、たまたま、この駅前ですれ違っただけなのだ。稲田先生が、この辺に住んでいるという情報もまだ教えていない。先生はたまたま散策かなんかで通りかかっただけなのかもしれないのだ、——とか考えないのだろうか?
この駅で待っていれば会える保証なんてないのに武蔵さん——かつての稲田先生の想い人——は夜中になるまでじっと駅前で先生を待っていたようなのだった。
それって……。
待つわ、いつまでも待つわ——。
俺の頭の中に昔のヒット曲が鳴り響く。
そうだな、ストーカーという概念ができる前から世にある、もっと根源的でやばいし、逃げられないクモの巣みたいなものが心の中に浮かんできて……。
——ゾゾッ!
ひどい寒気が背中を駆けめぐる……。
「……どうかしましたか?」
俺が妙な顔つきになっているのに気づいたのか、、……不気味なくらいに清らかな、心から心配したような目で見つめてくる武蔵さん。
いや、怖いって。その邪心のなさ。
それって、そういう気持ちで待てったってことでしょ。一日、ずっと。いつまでもやってこない俺(が入れ替わってる稲田先生)を、うらみもつらみもなく。俺が、今、自分をどう思っているのか? ——気持ち悪がっているとは露ほども思いもせず、
「……?」
「い……いえ」
思わず目をそらしてしまう俺。
しかしなあ、どうでも良いが、この人、昼から、ずっとここにいたのか? いや、ずっとではなかったんだっけ。トイレ行く時くらいは離れたんだっけ……。その間に俺——というか稲田先生が通りすぎてしまったらどうしようかってドキドキとしてたっていういうけれど、
「
「すみません……つい……」
カッとなってやった反省はしていないって感じの武蔵さん。
「もしかしたら……返事してくれないかもと思って……」
あ、それはあるかもな。
返答に困るメッセージ来たら、うまい返しなんて思いつかずに、そのまま固まって時が過ぎ去るのを待つしかできない、……その程度のコミュ力しかない自信が俺にはある。きっと、稲田先生も、同じようなコミュ力だな。だから、武蔵さんが、そう思ったのもわかるが、
「……心配で」
「……」
「……あ」
「……?」
「いえ……」
「……」
「……なんでも」
「……?」
「……ああ、いえ……」
「……」
さらに相手が同等以下のコミュ力の武蔵さんとなっては、話がさっぱり進まない。
このままでは、夜の駅前で、二人、ただ突っ立ったまま、このまま、夜をあかす事になりかねないが、
「ちょっと、落ち着いて話しますか?」
俺は、一旦気分を変えて話してみることを提案する。
「え?」
「そのへんの開いてるカフェなんかで話しますか……」
「あ……もちろん」
すると、武蔵さんは、まるで子犬のように、無心に、首をブンブンと振って同意するのであった。
*
で、駅前の、この時間でも開いてた大手チェーンカフェに入る俺ら二人。
店内に漂うのは日曜夜の随分とダラダラした雰囲気。
一組だけ、少しテンション高い若いカップルがいるが、他は呆けた顔で寝ているオジサン。ジャージ姿でノートパソコンで何やら仕事っぽい画面開いたまま目は宙を泳いでいるお兄さん。あと、ヤンキー風味のちょっと太った茶髪お姉さんはムスッとした様子で無言でスマホを見つめていて……。
というか店内に、今いる客はこれで全てで、ガランとして、なんとも、疲れ切った、モヤっとした空気に満ちていた。
そんな店内に、まだ暑い関東の夜であるが、体の寒気がぬけないので、ホットコーヒーを頼んでそのまま空いてる席に座る俺。武蔵さんはアイスコーヒーを頼んで続いて俺の向かいに座る。
で、無言——。
色っぽくはない。
……というか、懐かしのヒット曲シリーズが頭にやたらと思い浮かぶな。
アラサー相手だからか?
——いや、いや。
それ、アラサーの人たちの時代のヒット曲じゃないな。
どちらかといえば、親の世代のヒット曲で。
でも、じゃあ、稲田先生とかの世代が十代の時のヒット曲とかってなんだろな。
とか、どうでも良い話が頭に浮かぶが……。
なんか微妙に昔で、よくわからないな。
昭和のヒット曲とかだと「大昔」で一括りとすれば良いように思えるのだけれど、十数年前あたりって、ごちゃとひとかたまりになってどの時代なのか良くわからない。
自分たちの赤ちゃん時代の話だからそれは当たり前の話なのかもしれないけど、下手に時代が近いから、去年の曲だ、一昨年の曲だみたいにわからないかなって思ってしまう。
でも曖昧模糊とした一群——ちょっと昔のヒット曲。そんな区分の中に先生たちの青春時代は入ってしまうのだった。
でも、……ああ、そうだな。
俺にとって、そういうのが稲田先生たちの世代なんだな。
——って気づいて、ハッとする。
大括りなおじさんおばさんの仲間にいれるのは違和感あるが、ちょっと上の世代大学生とかのお兄さん、お姉さんのようにリアルにその微妙な年齢差が感じられるほど近くもない。
そんな微妙な年齢差の人たち、それがアラサー。
……なんだけど、俺は、今、そんな
「……」
「あ……」
俺も無言では、話が進まない。
「……!」
「……?」
困って武蔵さんにチラって視線が合っては外すの繰り返し。
ああ、確かに駅前ロータリーでつっ立って黙りあってるよりははたからの見た目は良いが、会話が続かないのは変わりない。
それに、勢いでやってしまったが、こんな風に武蔵さんと、一緒にカフェに入ったのは、……ちょっと迂闊だったなのかなと思わないでもない。弱っちい感じの人ではあるが、先生を待ち伏せしてまで合おうとする執念。そんな人と気安く親交を深めてしまったのは、やはりまずかったのでは? と、不安はある。
しかし、
「本当にすみません……自分なんかのために貴重な日曜の夜の時間を無駄にしてしまって……」
やっと、話し始めた武蔵さん。
「そんなことは……」
ちょっと違う気がするんだよな。
何がと言われると答えは漠然としてしまうのだが、この人ストーカー的な……先生につきまとうことが目的でなく、
「……実は、悩みがあるんです」
ほらやっぱりね。
俺は、その瞬間、緊張が解けて、なんとも柔らかになった武蔵さんの顔を見つめながら、次の言葉を待つので合った。
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