第141話 俺、今、女子案内中
というわけで、突然の地元案内となった俺であった。
引っ越してきたばかりの転校生、片瀬セリナに慣れない街中をいろいろと教えてほしいと頼まれた。
そしたら、——なんとなく断れないよね。
そもそも、その頃の俺に声をかけてくる女の子なんていなかっただろなんて話はおいといてだ。
だけど、
「じゃあ、どこから見てみようか?」
今の俺は、そのぐらいの頼みごとは自然に対応できるくらいの対人能力はついている。
もちろん、今は稲田先生の体に入れ替わっっているから、女子相手に構える必要はないというのもあるのだけれど、なんか元の体に戻って、向ヶ丘勇となってもこのくらいのコミュ力はありそうだよなって思う。
少なくとも、この片瀬セリナ見たいな、気後れしないで自然な感じで振る舞える相手には。
「ふふ、親しみ持ってもらえて光栄です。ではもう一歩進んで、好意を愛にするのはどうですか?」
……?
なんだか相変わらず会話が唐突というか、心の声に会話を続けてくるセリナだが……。
——まあいいや。
そんな超能力的、非現実的な可能性は無視をして、話を元に戻すと……。
ほんと、俺、この半年にも満たない時間の中で、俺も変わったものだと思うよ。あいつと入れ替わってから。それだけでも随分な経験だったと思うが、さらに様々な人と入れ替わって、様々な事件に巻き込まれて……。
俺、——成長したよな。
決して、前のボッチ時代の自分を否定するわけで無いし、こんな不可思議な、体入れ替わり現象なんかに巻き込まれなければ、俺は、そういう自分を大事にしながら、それなり生きていたと思うけど。
清く、正しく、つつましくも、麗しく、生きたいように、やりたいように、誰に迷惑をかけるわけでもなく、でも自分の殻の中で十分に充足した人生を過ごすことができてたよねきっと。
でも、俺は知ってしまった。
人と関わることが自分を作り上げているのだということ。人は、たくさんの人生と交錯して自分というものができ上がっているのだということ。人生は、いくら自分の殻の中に入ったところでで、結局、人や社会とはその殻の中からでも関わっていかざるをえない。
ならば、人と——結局関わっていかないといけないのならば——俺はそれを受け入れて、様々な生の中でもそうでない自分を見つける。それでこそ俺——向ヶ丘勇というものができあがっていくのではないかということ。
いつのまにか、そんな風に思えるようになってきていたのだった。
「はい。その通りです。勇くんは、成長しました。まったく、待ったかいが当たっというものです」
「……?」
「いえ、心なんか読んでませんよ。一般論ですよ。一般論」
そうか?
「はい。そうです」
なんだか、あいかわらず怪しい片瀬セリナであるが、
「——? 二人、何噛み合わない会話してんの? というか意味が不明なんですけど? それより、さっさと出発しない?」
「……おっと、そうだな。ゆっくりしてると夜遅くなっちゃうよな」
午後の中途半端な時間に解散になりそうになって、どうせなら時間を有効利用と街を徘徊することになったのに、遅れて今度は案内が中途半端になったら本末転倒であり、
「それじゃ行きましょうか?」
「はい! お願いします!」
俺たちは、まずは多摩川河原沿いに、ゆっくりと歩き出したのであった。
*
山と川のある街。
こんなフレーズが、田舎で山と川しかない街に使われているのを見ると、それが悪いとは言わないが、差異化のためにもっとちがったことをアピールした方が良いのでは——と、なんか微妙な気分になるが、それが東京近郊の住宅地に使われるのならば、その意味はかなり違ったものになる。
山と川がある。それが街の価値になっている——それが自分の生まれ育った場所なのである。
いや、コンクリートジャングルなどと呼ばれる東京及びその近郊、実は結構緑も多いとは、杜の都とか呼ばれてる仙台に住んでる親戚のおじさんから言われたことがある。仙台の街中なんかより東京の方がよほど緑あるよって。
まあ、それはそうかもしれない。東京のど真ん中に皇居があって、その連続の大きな公園が何個もあるし、他にも大小たくさんの公園、あわせて街路樹や神社の緑。都市内の緑化の度合いというのは東京は結構なものかもしれない。
工場とか多い下町とか臨海工業地帯とかだと少し緑の比率が下がっていくようにも思えるが、川とか海とかの自然が近かったりするし……、まあ東京って実は結構、それなりに自然が融合している都市なんだなって気はする。
でも、やっぱ本当の自然っぽい環境が始まってくるのって東京の西の方だと、多摩川超えてからだ。都内への通勤もそれなりに便利なうえ、低い山や川や森そういう中に住宅地があって、少し歩けば里山っぽい林の中を歩けたりする。
もちろん、人それぞれに好みがあるので、もっと自然がワイルドでないと満足できない人や、自然少なくても利便の良い都心に住みたい人とかもいるだろう。
でも、世の大抵の人は、どっちかの極端にはしることはまれで、特に都心に住むには経済的な問題も考慮していけば、中庸で選ばれる場所はだいたい決まってきて……。
俺の生まれた場所も、そんな住宅地のひとつであったのだった。
ただ、武蔵野の大地を多摩川が削ったそんな土地であるので、山も川もある、変化に満ちた地形が住むものの心を楽しませる。
多摩川川沿いの遊歩道を散策。河原に降りて水の流れる音を聞く。光る川面を見ながらさらに進み、現れた支流へと曲がり、春には桜の名所となるその小川にそってしばらく歩く。そして、そろそろシーズンの梨の果樹園の点在する中を抜け、山側に向かえば、広大な斜面には元遊園地であったという広大な空き地が見える。でも廃墟ではなく、古びて、
その横に続く緑溢れる低い山は、そのまま多摩の山まで続く自然の始まり。大きな緑地公園やゴルフ場などが続くその斜面に、住宅地が入り混じる。いつの間にか赤くなった太陽の光に照らされて、そのうちにあるだろう様々な人々の生活に思いを馳せる日曜の夕方。ああ
俺は、思わず心の中に湧き上がった、感傷的な思いに圧倒される。
こうやって自分の生まれた場所を見直してみたことなんてなかったけど、なんかエモい。
というかグッとくるな。
うん。俺ってここで、生まれ育って……
そして……
「ああ、これが、初めて補助輪をとった自転車に乗った勇くんが転んでぶつかったガードレールですか!」
「そうだな。なんか昔のまま残っててびっくりしたよ」
「子供の頃の勇くん。可愛かったでしょうね」
「いや……」
どちらかというと可愛げのない生意気なガキだった。
「ああ、さっきの登れると思って半分までいったあと、身動き取れなくなった擁壁と甲乙つけがたいですね。向ヶ岡勇の成長記念碑的に」
いやいや、俺の成長記念碑ってなんだよ。
「もう、記念碑っていったら記念碑ですよ。全宇宙的な視点から、私にとって重要な話ですよ。勇くんが、どんな風に生まれ育ったのかって……。ああ、一緒に子供時代を過ごしたかったな……」
「………………」
どうにも、俺の感傷的な気分をぶち壊すハイテンションのセリナであった。
彼女には、街の案内ということだったのだが、街というよりも、この街で過ごした俺の思い出の場所の案内ばかり要求される。ここで転んだなの、そこで泣いてただの、その当時は大変な思い出も、今となってはどうでも良いような話まで聞き出されて……。
楽しいのか? こんなこと聞いて?
「楽しいですよ。なにしろ、こうやって勇くんのことを知れば知るほど……高まるのですから」
高まる? 何が?
「いえいえ、それはまだ早いので……」
早い? 何に?
「ふふ。秘密です」
俺が、何が何だかわからずに混乱している様子を、悪戯っぽい微笑みを浮かべながら眺める片瀬セリナ。この子、ほんと、捕らえどころないな……って俺はあらためて彼女を見直しながら肩をすくめるのだった。
そうして、そのまましばらく散策を継続。街のあちこちに向ヶ丘勇記念碑を作り続けながら、もうすぐ俺の家につくかなという道の途中、
「あ! ここ!」
俺は、実家の近くの小さな公園の入り口で立ち止まる。
「ここで、確か俺は交通事……って」
俺は、頭に走る激痛に思い出しかけていた記憶がするりと闇の中に落ちていくのを感じ、
「……大丈夫? どうしたの?」
「ん? はい?」
気づけば、片膝つきかけた俺を肩で支えているのは俺——
「あれ、セリナは?」
「はあ? セリナさん? 何言ってるの? 彼女ならちょっと前に帰ったじゃない? そろそろ家の門限厳しいんだって」
「え、そんなはずは……」
俺は、ほんのつい今まで目の前にいた彼女のことを思い出すのだが、
「……ともかく、慣れない先生稼業であんたもつかれてるんだろうから、そとそろ帰れってことよね。めまいも起こしてるようだし……」
「まあ、そうだな」
確かに、疲れているのは事実だし、急に頭に激痛が走るってのはやばいかもしれない。とりあえず、このまま帰って、さっさと休んでしまった方が良いのはあ違いない。
なので、
「今日はありがとな。いろいろ考えまとまったよ」
「セリナにもよろしく言っといて……お前がセリナも読んでくれて良かったよ。彼女の意見もとても参考になって……」
さらに、セリナも読んでくれたことにさらに感謝するのだが、
「……? 何言ってるの? セリナさんを呼んだの、あんたなんじゃないの?」
と言うのであった。
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