第57話 俺、今、女子終電中

 と言うわけで、よし子さんは、ちょっとしたら出発とは言ったものの……。

 泥酔した脳天気女経堂萌夏の看護で碌に寝てなかったらしいよし子さんが「ちょっとだけ」とか言って仮眠とったり、泥酔中に掻いた冷や汗を流すため俺がシャワーを浴びたり(もちろんその記憶は飛んだ)して、なんだかんだのうちに日付も替わる。

 ——結局、あわててマンションを飛び出て、目的地の代官山まで到着できる最終の電車に乗る俺らだった。

 そして、金曜の終電と言っても人々の流れとは反対方向の電車は結構空いていて、よし子さんと隣り合って座った俺——萌こと経堂萌夏きょうどうもえか——であった。


 が……。


「今日の最初のDJは鈴木くんだったのにいけないで悪いことしちゃったね」

「……うん」

「この間の新宿のクラブで会った時、新しいセット仕込んだから是非来てくれっていわれてたのにね」

「……うん」

「ねえ、彼今度ロンドンのレーベルからリリースするみたいよ」

「……うん」

「ああ、この間、六本木で聴いた、外タレDJだれだっけ?」

「……うん」

「最近、小箱ばっかりだから、たまには大箱行きたいよね」

「……うん」

「ほら、6月の野外パーティで知り合った家族の写真フェイスブックにのってたよ。家族で踊りにくるっていいよね……私たちも将来そうなりたいよね」

「……うん」

「ああ、そういえばフジロックはもう終わったんだね。今年は行けなかったね。まあ、あそこ行くの大変だから、今年は疲れていて、それでもよいけど——大学生のうちに、もう一回くらいは行きたいね」

「……うん」

「でも、秋にさ、泊まり込みのイベントどこか行きたいよね。候補で奥多摩や長野とか考えてるんだけど、海のイベントの方がよいかな?」

「……うん」


 ——なんだこりゃ!


 俺は、よし子さんに、いろいろ楽しそうに話しかけられるが、正直何言われてるんだか、さっぱり分からない。

 そんな戸惑った様子の俺を見て、なんだか不審げ、と言うか心配そうな口調でよし子。

「なんかもえ今日元気ないな。まだ酒抜けきらないかな」

「……うん」

 いや、酒はさすがに抜けたと思うけど、

「そうだよね。さすがに、ちょっと飲み過ぎだったよね。今晩はあんまり飲まない方が良いかもね」

 この話には乗ってこうと思って強く首肯する俺であった。

 それを見て、

「うわ、随分力強く頷くね。萌にしてはまじめに反省してるようで……じゃあ今日は禁酒ね」

 と、禁酒なんて絶対守れないだろうと思っているのが丸わかりの、疑わしげな目をしながら言うよし子さんであった。ああ、この萌こと経堂萌夏の中身が本人——楽しみを楽しむことが楽しみの快楽主義者エピュキュリアン——であったならばそうなんだろうが……。

 俺——向ヶ丘勇——は飲まないよ。

 確かに、今回の体入れ替わりは、高校生の俺が合法的に飲酒ができる。そんな、機会に——酒を飲むことに——興味が無いわけでもない。でも、浮ついてハメを外すような生半可なひねくれ方を、俺はしてないからな。

 酒を飲むこと自体がどうこうでなく、そんなことをするような連中の仲間になってしまったと思えば、俺の孤高で申請で平穏なぼっち生活が揺るがさられる。

 俺は、そんな精神的な侵食を俺は恐れるのだった。

「でも、酒飲まないのなら……思いきっり踊りましょうね」

「…………………………………………うん」

 だが、踊る? まだ他に、俺が抵抗しなければならい浮ついた行為が今晩はいくつもまっているようだ。

 と言うか、俺、今晩乗り切れるのか?

 パリポだよ。パリポ。こいつら飲めや騒げや。踊って、歌うかは知らないけど。散々もりあがってナンパして……というかされて? そして持ち帰られて…………。

 いや、ないない! と言うかありえない。

 俺は、今晩待ち構えているだろう苦難に対して対抗——流されないようにと強く思うのだったが、

「んん? どうしたのかな? やっぱりまだ調子悪いのかな?」

 厳しい表情となった俺の事を見て、不思議そうに顔を傾けるよし子さん……。

 ——とか。そんな、ちょっとぎこちないやりとりを続けるうちに、いつのまにか電車は新宿で乗り換えで山手線。恵比寿でもう一度乗り換えて代官山。今日の目的地である、俺が向ヶ丘勇のままならば。絶対行かないどころか近づきもしない駅——都内随一のおしゃれエリアに到着すると、

「さあ、じゃあ今夜も盛り上がって行きますか」

 楽しそうなよし子さんの言葉に首肯しながら、俺は、さっき喜多見美亜あいつに連絡を取った時のことを思い出していたのだった。


   *


 俺は、よし子さんが仮眠を取ると言ってベットに寝ている間に、萌夏さんのスマホから電話をかけるのだった。

 泥酔した能天気女(今は俺がその中にいる!)の世話で昨晩から碌に寝れてないため、あっという間に熟睡のよし子さんではあった。しかし、うつらうつらにでも自分の込み入った事情を彼女に聞かれるのを恐れて、俺は小声で話すのだったが、

「今度は、そんなことなってんだ! パリポ女子なんだ今度!」

「ま! 待て、声がでかい!」

 今の俺の境遇を聞いて、面白そうに、トーンのグッと上がる声に思わず制止の声も大きくなってしまうのだった。

 俺が電話しているのは、喜多見美亜——最初に入れ替わった相手だった。

 高校入学早々のGW明けに、学校の廊下でぶつかって倒れてキスをしてしまったその瞬間、一瞬で体が入れ替わってしまったリア充女子。オタクで孤高のボッチを貫いていた俺からすれば、もっとも対局の存在にいたと言ってもよい女だったが、こうやって入れ替わって、一緒にいろいろと苦難乗り越えてみれば、実はそんな悪い奴でも無いなってことがわかりつつあって……。

 そうだな仲間バディ。そんな感じになっている相手であった。

 この間、なんかお前を「仲間に思えて来たよ」って言ったらちょっと嫌な顔されたが、そりゃオタク男子から仲間扱いされたらリア充女子的にはアウトなのかもしれないが、まあ、でも、少なくとも、実際、結構相談に乗ってくれる相手にはなってくれていて、

「……正直今回は乗り切れる気がしない。完全アウェイだ」

「まあ、そうよね。あんたが絶対近寄りそうも無い人種よねそれ——と言うか私もよくわからないんだけどそう言うの? パーティーピーポー?」

 なんだか、真剣に俺の今の境遇を考えてくれている感じは電話越しからでもしっかりと伝わってきた。だから、俺も本気で相談する。

「どうしよう」

 すると、あいつは親身にこたえてくれる。

「どうしようって、なんとかするしかないじゃない。と言うか……なんか今日のあんた変だなって思ってたら——そう言うことだったのね……」

 ……が、

「変?」

「……夕方、電話したんだけど、反応がおかしかったな——って」

「何を連絡したんだ?」 

「大したことじゃないわよ。『今日なんでキスしに来るのすっぽかしたの』って言ったら……」


「へっ!」


 そうだ、そう言えば「今日も」そんな約束をしていたんだった。

 と言うのも、入れ替わりが学校の廊下でぶつかってキスをしてしまったことだったから、それをまたすれば元に戻るんじゃないかと、毎日のようにしている——キス。

 何度試みても入れ替わりは成功しないのだけれど、キスの瞬間頭がくらっとして、自分とあいつのが混ざって、一体になるような感じ。そのまま、入れ替わりそうな感じがしないでもないので、もしかしたらと、俺たちは、ずっとそれを続けているのだった。

 でも、夜の学校に忍び込んで、入れ替わり時のシチュエーションをなるべく再現してみるまでやっても上手くいかなかった(その時が今までで一番元に戻りそうな感覚はあった)のだから、毎日のように「失敗」している人気ない神社の境内でキスでは元に戻りそうな気がまるでしないのだが、——もしかしたらと惰性で続けているようなところがある「日課」なのであった。

 しかしだ。そんな事情を知らない能天気パリポ女の元に男(中身は喜多見美亜あいつ)からそんな連絡がきたら……。


 ——ウヒョー!

 ——何よウヒョー! って?

 ——いやいや、彼氏をすっぽかすって悪い女だなって。

 ——女? 私が?

 ——女? 君が? 女なの?

 ——???? 今更何言ってるの?

 ——君、女なの? (着信名見て)確かに’ゆう’って女名もあるけど勇はあまんまり使わないよね。

 ——はあ? 今更何言ってるの? 私は、体は男だけど心は女なの分かってるでしょ。

 ——ウヒョー!

 ——何よまたウヒョー! って?

 ——すごいのと付き合ってるJKになってしまった。

 ——????

 ——いやいや、なんでも。ひねくれてるなあ……精神的レズかこれ……

 ——????

 ——キスができなくてごめん……明日は……するんだよね……。

 ——まあ、明日はしましょ。日課だもんね。

 ——はいはい、じゃあ明日ね……ああ。すごいわ……

 ——???? じゃあ他の用事もあるから明日また連絡するわ。


「………………」


「………………」


 喜多見美亜あいつ経堂萌夏パリポとした電話。  

 これって完全に誤解されたよね。

 キスするって、恋人かなんかと勘違いされるのはともかくとして、向ヶ丘勇は心は女のそう言う人だとだと思われたよね。で喜多見美亜はそんな男子と付き合っている女子だと……・

「まあ……すぐ話してみるわ。その萌とか言う人も、体入れ替わりの体験者となったんだから、あんたと私が入れ替わってて……あんたと言うか、今の私って言うか……がそう言う人じゃないって分かってもらえると思うから……」

 珍しく焦ったような、申し訳なさそうな喜多見美亜あいつだった。人の体を使って、勝手にネットで女装アイドルっぽいような活動を始めてしまっていても、俺——向ヶ丘勇を誤解させるような言動をしてしまったことを反省することもあるらしい。

 ならば、と。ここは、じゃあそのまま誠意ある対応をお願いしたのだったが……。


「ああ……やっぱり」


 俺は、駅を出て、深夜の代官山を歩き始めた途端スマホに届いたメッセージを見て、——なんとなく喜多見美亜あいつに対応を頼んだ時に感じた一抹の不安が見事に的中したのを知り、思わず深い嘆息をする。 


 <なんだか面白そうだから、あんたそのまましばらく入れ替わってなさい>


 喜多見美亜あいつ経堂萌夏パリポは、最悪なことに、なんだか馬があってしまったようなだった。そして、二人は、俺をしばらくそのままにしておこうと決断した? 俺の貴重な夏休みアヴァロンを犠牲にして——パーティーピーポーとして生きねばならなくなったのだった!

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