第31話 俺、今、女子アキバ散策中

 さて、自慢げに『リア充女子的秋葉探索』とか言ってアキバの街に俺を連れ出した喜多見美亜こいつであったが、……まあ言ってたことに嘘はない。

 メイド喫茶から出たあとの俺たちの、それは、確かに『リア充』のしそうな『探索』であった。

 まあ、同人ショップとかまた入ったし、アニメセンターとか、ガンダムカフェとかいろいろ回ったのだが……

 ——観光だな。

 俺は今日のこいつのアキバの探索を見て、そう思ったのだった。

 こいつは秋葉原ここで別に欲しいものがあるわけじゃない。何か探しているものがあるわけじゃない。それは、奇観、珍景の類を見に行く行楽と変わらない。

 さっきのこいつの話からすると、それがリア充的態度と言うならば——まあそうなんだろうなと思いつつ、

「なんだ、AKB劇場っていきなり入るのは無理なんだ知らなかった? まあ別に見たかったわけじゃないけど」

 なんだかドヤ顔というか、一段周りを見下したかのようなこいつの様子にちょっとカチンとこないわけでもない俺であった。

 サファリパークに来てるかのような、リア充という柵に守られたみぶんの中から野生を眺めているかのような……

 まあ、でも、少しムッときていると言っても、結構楽しそうに、上機嫌で街中を闊歩するこいつにいきなり怒り出して、雰囲気悪くしてまで説教する。——そんな気までは今はないが。

 でも、なんだな……と俺って、こんな体入れ替わりの超常現象があって、ずいぶんといろんなことがあって、いろんなことが分かって、——正直いけすかないリア充だと思ってたこいつもいろいろある……そうだな、仲間? 友達? 強敵とも? まあなんだかうまい言葉が見つからないが、結構悪くもない関係になってきたのかなと思って来たのだが、こうやって一番俺たちの違いがわかる場所に来てみれば、——なんだかやっぱり違うんだよなと思ってしまうのであった。

 いや、こいつは悪いやつじゃないよ。俺は、今のちょっと、嫌な感じのするこいつの表情も、別に蔑んだり、マウンティングしたりしようとして思ってるわけじゃなく、こいつなりに裏も表もなく楽しんでる結果が出ている。それだけなんだと思っている。

 俺には、それが分かるのだった。だって今、喜多見美亜こいつ向ケ丘勇なんだもの。俺は、俺のことが分かるのだった。俺が今あいつだとしても、やっぱり俺の体は俺の雰囲気を出しているのだった。俺はその仕草から、俺の気持ち——今のあいつの気持ちがわかっているように思えるのだった。

 もしかしたら、そんなリア充あいつと俺の違いが浮き彫りになるような場面は、今までも何回もあったのかもしれないが、入れ替わってからずっとウェイの場所での戦いを強いられていた俺には、それが、気づくことができなかったのだろう。fで、久々の秋葉原ホームゲームで心の余裕ができてみれば、なんだか今まで見えていなかったこともわかってきて、……ちょっと微妙と言うか複雑な気分になっていたのだった。

 うんこいつと俺はやっぱり違うんだな、って。

 そして、それは、相手を「リア充」とか言って、避けて、遠ざけて、自分から見えないとこに置いといて深く考えないでいれば良いものではなく——昔の俺だったたらそうしただろうけど——避けようとしても今その「俺」自身が目の前にいて……俺はそいつを俺としてどう思うのかをちゃんと考えなくちゃいけなくて……

 俺は、考えるといろいろ混乱してしまうのだが、

「あれ、どうかしたの?」

 すると、やっぱり自分あいつの表情の機微にすぐに気づいた喜多見美亜あいつが、声をかけて来るのだった。

 それに、

「いやなんでもないけど……」

「けど?」

「いや、ちょっとぼうっとしてただけだから」

 俺は、なんだか言葉を濁してごまかす。

 そして、

「そう? ならいいけど」

 なんだかまだ納得いかなさそうなあいつの顔を避けるように無意識に振り向き、男女問わない戦友なかまたちでごった返す中央通りを眺めながら、

「どうせなら、オタク女子と入れ替わったりしたかったな」

 と後でひどく後悔することに余計な一言をぼそっと呟くのだった。

 それは、後で考えてみれば、なんともあからさまで、頭上に高々と掲げられた、運命の分岐フラグであったのだったが、その時の向ケ丘勇オレには知るよしもなし。


   *


 そうして、その後、四時間近くも、俺たちは、アキバをぶらぶらとした。まあ、物見遊山モードの喜多見美亜こいつと一緒で、俺だけはしゃいでいるのも奇異な感じだし、それに俺が見つけたブツに気合い入れてハアハアなってるところ見られて説教されるのもめんどくさいし、——俺としてはこの心の故郷アキバに来たにしては随分と抑制した感じでこの街を通り過ぎたのだった。

 とは言っても、随分と久しぶりのアキバなので、やっぱり楽しくて、あっという間に時間が過ぎて、——俺は来てよかったなあと、しみじみ思いながら、最後に寄った大規模家電量販店を、外に出て見上げながら思うのだった。

 でも、

「そろそろ帰るかな」

 俺はビルの太陽の反射がまぶしくて目を細めながら言う。

「えっ?」

 なんだか、もう帰るのかと意外そうな表情の喜多見美亜あいつだった。

「もう結構いい時間だよ。家に帰るまでの時間考えたら、このくらいで帰っておいた方が良いよ」

「そうね……」

 俺も、——まあ、久々のアキバには、まだまだ居足りないのだけど、そろそろ帰らないと録画したアニメの一気見と言う、週末の重要な儀式に支障が出るしな。

「じゃあ帰ろうか」

 だから、俺はもう完全に、駅に向かうつもりで半ば振り返りかけていたのだが、

「そうね……でも……」

 なんだか喜多見美亜あいつは不満足そう。

 これって、もしかして、

「まだ行きたいところあるとか?」

「う、うん……」

 こいつにしては、めずらしくモジモジしてるな。

「行きたいとこと言うか、教えて欲しいんだけど……」

 やっぱり何かあるな、でも、

「何?」

「それはね……」

「…………?」

「アキバならコスプレの服とか買えるところってあるかな?」

 喜多見美亜あいつは少し恥ずかしそうな様子で言うのだった。


 で、また中央通り側に戻り、俺たちは目的の店に移動する。俺は、喜多見美亜あいつはスマホのマップを見ながら歩くのに、ただ何も考えずについて行くのだった。

 こいつの質問、『アキバならコスプレの服とか買えるところってあるかな?』の答えは簡単で、そんなものいくらでもあるだろ、になるが——それを俺が案内できるかと言うと話は別だ。

 別にコスプレを趣味にしているわけもない俺。こいつみたいなリア充は誤解をしているかもしれないが、別に、オタクならコスプレに詳しいと言うわけではないのだ。

 まあ可愛い子のコスプレを見るのが嫌いだとは言わないが……コミケの季節になれば画像検索をしないとはいわないが……いやもうちょっとだけ過激なそいう画像とか動画とか……持ってないわけではないわけではなくなくない? ……と言うか、あいつに握られている俺のPCのハードディスクの中にはそういうのがなくはなくなくなく……

「どうしたの? 顔がちょっと青いわよ」

 余計なことを考えてしまい、知らず知らず足取りが遅くなってしまう俺を不審に思って振り返るあいつ。

「いや、なんでもなくて……」

 今度は俺がもじもじとしてしまって挙動不審となるうちに、

「まあ、なんでもないなら良いけど——もう着いたわよ」

 いつのまにか俺たちは目的のビルまで到達して居たのだった。

 それは——俺に聞くまでもなく——事前調査済みの店であったようだった。

 一応俺に聞いては見た風を装っていたけれど、実はもう行く店を決めていて、俺が何も案を出せないと見ると、あたかも今検索したら見つかった店だ、みたいな感じでそこに俺は着いて行かされることになったのだった。

 まあ、そう言うわけで、俺たちはコスプレが売っている店に着いたのだけど……

 でも、

「これ、大丈夫な店?」

 思わずそう言う言葉が口に出る俺。

 あいつに連れてこられた場所は、なんだか店先に陳列してる服はどれも露出度が高そうなものばかりで……

 なんと言うかアダルト系の店に見えるのだが……

 なんかそう言うグッズの名前の張り紙があるようにも見受けられますが……

「だ、大丈夫よ! 調べたら、一階は入りにくい感じだけど。中に入ればそうでもないからって書いてたわ」

 どこに書いてたんだそれ。と言うかやっぱり事前に調べてたんじゃないかと、俺は心の中で言うが、正直俺もなんだか店の様子にドキドキしてしまってそれどころじゃない。

「じゃ、じゃあ、入るわよ!」

 少しヤケクソ気味のあいつに手を引っ張られて、俺は引きずられるように店の中に入る。

 なんだか視界の隅に、俺たちの歳では入店お断りという文字がちらりと見えたような気もするが……

 もう入ってしまったからにはしょうがない。

「…………んっ?」

 ——やっぱり、これは違うんじゃないかと思わざるを得ない店内の様子だった。

 確かにコスプレ製品はいっぱい売っているが、なんとも露出度が——と言うかもうこれ裸の方が健全でしょといった感じの服ばかりで、

「やっぱりここ間違いじゃないのかな?」

 俺は店の奥でなんだかいやらしい感じで体を寄せ合って一緒に棚を見ている中年カップルを見ながら言う。

「そ、そんなわけないでしょ。ちゃんと調べたのよ。確実よ。ほ、ほら!」

 なんだか意地になっている感じのあいつであった。そのうえ、焦りまくって、じっと目の前だけ見て、どうみても高校生には売らなさそうなグッツが陳列されている棚の方には視界を向けようとはせず、一心不乱に衣装を選んで、

「あるじゃないアニメのコスプレ! セーラームー……」

 その衣装自分の胸に当てて俺に向けて見せるのだが、

「あれ……?」

 その昔の女児向け人気アニメのコスプレ衣装は、薄手と言うか透き通った生地で作られて居て、その当てた自分の体がスケスケに見えてしまうのだった。

 これはあきらかに……

 でも、

「はは、——まあまあね。じゃあ、試着を……」

「………………」

 ここに至ってまだ事実を認めようとしない喜多見美亜あいつ

 ああ、これは、もう強制退去だな。

 俺は、そう思うと、

「何? 何するの! 待って、他の服も……」

「いいから、もう行こう……」

 入ってきた時と逆に無理やりあいつを引っ張って、店の外に連れて行くのであった。


   *


 結局、今の店は本当に間違っていたのだった。

 あいつの検索間違いで、似た名前のアダルトグッズ店を探している店だと思い込んでしまったようだった。

 まあ、危ないところだった。

 あんな店入っているところ、高校生だと気づかれたら? 最悪、出てきたところ警察に職務質問されて注意されて高校に通報されてしまったりしたら?

 間違って入っただけで、具体的に何も買ってないのだから、そこまでの話にはならないと思うけど、——少なくともさっきの間違いがひどく恥ずかしいのは間違い無く……

 真っ赤な顔をした俺たちは、今度はちゃんと目的の店に入ることができたのだが、

「コスプレ衣装って結構高いのね」

「そりゃドン○で売ってるような宴会用のぺらぺらのコスプレなんかとは違うよ。これは本気マジだからな」

 今度は、現実を目にして少しテンションの落ちているあいつであった。

 なんでも——なんでいきなりコスプレに興味を持ったのかと思ったら、こいつは、例の女装して「踊ってみた」を動画投稿サイトにアップするのを相変わらず続けているのだけど……

 それにコスプレをしてくれと言うコメントが多いらしく、せっかくアキバに来たならついでに買って帰るかと思ったと言うことであった。

 だが、

「うん。こう言うのって、半端じゃダメなのね——って感じした。なんだかもっと軽いノリでいけるのかと思ってたけど」

「まあ、軽い感じでやれないこともないだろうけど。ウィッグだけで服は、キャラの私服ってことにしても、みんな暖かく見守ってくれるんじゃないか。みんな見たいのは踊りだろうから、そこは少し頑張ってるところだけ見せれば」

「だめよ!」

 少し熱がこもって大声になるあいつであった。

 男(あいつが中にいる俺の体)が女言葉でどなるのに、ぎょっとなる店内の他の客。

「……そういうの、ちゃんとするべきだと思うのよね。私の踊りを見てくれる人には、やっぱり適当な決心じゃだめだと思うの」

 慌てて小声になるが、より熱く、力のこもった言葉を俺に言う喜多見美亜あいつ

「お、おう……」

 なんだかそれに押され気味の俺。

「やっぱり今日は決心つかないわ。気持ち的な意味でも、金銭的な意味でも。うん、今日はすっぱり諦めて——もう帰ろう!」

 言いながらにっこりと笑うあいつ。

 その顔は(自分の顔ながら)、こんなまっすぐで迷いのない気持ち良い顔ができるのかってくらいの良い顔で、俺は、

「……やっぱりおまえで良かったのかな」

「……?」

 先ほどまでの言葉を撤回。入れ替わったのがこいつだったのは良かったなと思ってそんな言葉を呟くのだった。

 確かにこいつとは、趣味とか考え方とか合わないところあるけど、もっとへんな奴といれかわってたら? とか思うし、こいつのことは、こんな風にこいつが、本気で何かしている姿は、なんとなく、すごく好ましく思えてきている俺であって……

 まあ、入れ替わらなければならないのなら、相手としてはこいつと言うのはそんなに悪くないのかなとか俺は思うのだった。

 しかし、そんなフラグ回避の言葉は今更遅い。


「あれ、君は?」


 コスプレの店から出た俺たちを待ち構えるように、目の前に立っていたのは、さっきメイド喫茶で俺をじっと見ていた女の子。ショートボブにメガネの、なんか見覚えのある感じの顔だったので気になったが、この街アキバに良くいる感じの雰囲気なので見覚えある感じがしてしまうのかなと気にしなかったのだが、

「隣のクラスの下北沢さん?」

 えっ、同じ学校の生徒?

 さすがリア充の喜多見美亜こいつは隣のクラスの少女の名前まで把握している。

「あ、こんにちわ。なんでここに?」

 俺は、なんとなく顔は知っていた風に装って、軽く会釈をしながら、唐突に現れたこの少女がどう言うつもりで今、俺たちを待ち伏せするように店の外に立っていたのかを聞くのだが、

「ごめんなさい」

「「…………?」」

 なんだか、良く見れば疲れた表情のその少女、下北沢花奈しもきたざわはなは、俺に深く礼をして、

「……でも僕もう限界なんです。だから……」

 そう言うやいなや、すっと飛びかかるように俺への距離を詰める。

 そして……


 ちゅっ!


 あっけにとられてる俺の唇は奪われる。


 俺の今日のつぶやいたフラグの通り……


 ——俺はオタク少女と入れ替わってしまったのだった。


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