第17話 俺、今、女子公園デビュー中

 柿生くんの検査やリハビリが全部終わって、俺たち三人は病院から一度百合ちゃんの家に戻る。病院から歩いて、電車乗ってまた歩いて、全部で三十分ちょっともあれば終わるその行程は、あまり会話も無く、なんとも気まずい雰囲気であった。

 俺はだんまりとしたまま、ずっと下を向いている。それは傍目には何かに落ち込んでいるような様子にも見えただろう。でも、それは病院の廊下であの女——沙月さつき——に会う前のように、失恋に落ち込み黙っていたのではなかった。俺は怒りに震え、言葉を発することもできなくなっていたのだった。

 ついに、が判明したのだった。中学時代の百合ちゃんを影で追い込み、ついにクラスから孤立させた、その事件の張本人があの女なのだった。


 その百合ちゃんが追い込まれた事件とは——


 中学校の時に百合ちゃんのいた学校では、しょうもないいたずらが多発していた。

 上履きが隠される。写生中の美術室に置いておいた絵がやぶられる。腐ったぞうきんが机の中に入れられる。そんな相手も場所もばらばらな悪戯いたずら

 実はその悪戯をしていたのは麻生百合であったと言うのであった。そしてそれががばれそうになった彼女は、開き直ったのか、皆が大事に世話をしていたクラスの花壇を、スコップでめちゃくちゃに掘り返し破壊した後に、クラスのみんなに向かって、

「ああ、私こんなみんなで一生懸命にやってる、友情とかキモいと思うので。だからめちゃくちゃにしてやりましたから」

 と言ったと言うのであった。

 もちろん、そんなことをあの百合ちゃんがやるわけはない。その犯人は別の人物であった。そしてそのことを知る柿生くんに、に起きた真実を俺は聞いた。

 その時——しょうもない悪戯が器物損壊なども含む様になって、学校側もさすがに犯人探しに本気になり始めた頃——百合ちゃんの友人を語った謎の人物に百合ちゃんのことで話があるからとメールで花壇に呼び出された柿生くんは、いきなり車椅子を掴まれて、抵抗する間も無く花壇をタイヤでめちゃくちゃに踏みにじさせられたのだった。

 何が起こったのかわからずに、びっくりとして呆然とする柿生くん。しかし、彼がさらにびっくりしてしまったのは、その後すぐにスコップをもってやってきた百合ちゃんが花壇をさらに掘り返しはじめたこと。柿生くんに絶対このこと——花壇を誰かに車椅子で踏みにじらせられた——を言わない様に言い聞かせたこと。

 そして、次の日、これは全て自分がやったとクラスのみんなの眼の前で言った。そして百合ちゃんは、それいらいいない者アンタッチャブルとして学校生活を送ることになった……


 なんとも憤る、納得のいかない話だった。なぜ百合ちゃんは自分で犯人だと名のり出なければならなかったのか。理不尽であり、意味不明であった。いくらなんでもこれが百合ちゃんの意思で行われたこととは思えなかった。きっと何か理由があるのだろうが、彼女はこの件に関しては固く口を閉ざし、何も話してくれないので、それを推測する手がかりも無い状態だった。

 ——しかし、百合ちゃんの体に入った俺に、その犯人がわざわざ名乗り出てくれたのだった。

 俺は、残酷そうな笑みを浮かべて俺(つまり百合ちゃん)を見ていたあの女のことを思い出すとはらわたが煮えくり返る様な怒りに我を忘れそうになるのだった。

 だが、逆に、それが俺の今の原動力だった。薄々気づいてた、百合ちゃんに好きな人がいるということが、事実として俺の前に突きつけられて、そのまま奈落の底に沈んでいきそうな気分になるところを、かろうじてこの怒りが俺を現実の上に浮かばせているのだった。その意味では、俺はこの怒りに依存して、入れ込みすぎていたのかもしれない。だから、後から思えば、俺はこの後、のだった。でも、この時は、俺はそんなことがわかるわけもなく、ただ怒り、その気分の高揚の中で自分を奮いたたせ……


「あれ、思ったより早かったわね」

 俺たちが着いたのに気づいて駆け寄ってきた(俺の体に入った)喜多見美亜が言う。

 ここは代々木公園。柿生くんとは家で別れた後、百合ちゃんと俺は電車に乗って都内へ行き、先にこの公園に来ていた喜多見美亜と合流したのだった。

 百合ちゃんの家の最寄の駅から、途中地下鉄に乗り換えて、まあ電車は三十分も乗ってないし、全体でも四十分くらいで着いているので、大して長旅というわけではない。ただやはり、個人的には多摩川越えて都内に入っていくと、それだけでなんか緊張すると言うか、自分的の領域テリトリーを外れてしまったような気がして、どうにも妙にソワソワした気分になるのだった。

 まあ、と言っても都内に来ると死んでしまう病気的なものを抱えているわけでは無いので、用事があるならば行くのもやぶさかではないものの、俺のいる場所じゃないだろ的な思いはどうしてもあるのだった(アキバとか一部のオタクスポットは除く)。

 でも、それなら、その気乗りしない都内のそれもリア充どもが大量にキャハハウフフしているこんな公園までわざわざ来たと言うのは、

もう少しで終わるからちょっと待ってて貰っていいい?」

 もちろん喜多見美亜的に今の一番の懸念、クラス対抗バレーボールで自分の体に入っている百合ちゃんが少しでもマシにプレイできる様に、練習をするためだった。

 練習なんて、体育祭までの間は土日も含めて体育祭関係には優先的に解放してくれる体育館やグラウンドでやれば簡単なのは分かっていた。でも、中学校時代の輝かしい実績のせいでみんなの期待が高まりに高まっている喜多見美亜が、ろくにトスもできない姿をそんな場所で見せてしまったら? じゃあ学校でなくて多摩川の河原の芝生とか適当な公園とか近くで練習すれば良い。それももちろん考えたが、

「やっぱりこのくらい遠くまで来た方が安心できるよな」

 学校の近くで練習をするともしかして偶然通り掛かった誰かが俺たちを見つけてしまうかもしれない。そう思って、あえて電車に乗って都内まで行って、知り合いに会う可能性を低くしようとしたのだった。

 でも、

「わざわざここまで皆さんに来てもらって私が期待に応えられなかったら申し訳なくて……」

 百合ちゃんは、今自分が入っている喜多見美亜の顔を曇らせながら言う。

「いや、いやここにしたのは練習は離れた場所での方が誰かに見つからないで良いと言うのもあるけれど……」

 俺は——喜多見美亜のあわてて走って戻って行った集団を眺めながら言う。

「あいつの趣味のためだから」


   *


 喜多見美亜は俺——向ヶ丘勇——の体に入った後、俺に秘密で始めた趣味があった。

 それは女装して踊って、動画投稿サイトにその様子をアップロードすることだった。

 最初は、元に戻った時に下手になってたらいやだと、その腕が鈍らないように俺の顔に化粧をしていたようなのだが、やって見たら意外にできがよかったのでその様子を誰かに見せたくなった。それなら「踊ってみた」に投稿して人気出たら面白いなとか余計なことを思いついた。で、女子高生「ゆうゆう」としてネットデビューしたあいつと言うか女装した俺は、あいつが思った以上に人気になって——それはこのあいだの事件の時に実は女装した男性が正体だったとわかった後も、と言うかわかったことによってさらに人気が出てしまった。と言うのがこれまでの顛末だった。


 まったく……


 ——人の体で何をたってるんじゃい!

 ——元に戻った後の俺の立場は! 


 まあいろいろ言いたいことはある。 

 でも、結果的に、この間のクラスのギスギスした雰囲気は向ヶ丘勇が女装ネットアイドルだったと言うインパクトにより吹き飛んだわけだし、それで百合ちゃんを助けることになったのだから——あいつに今さらめろとも言えない俺であった。

 だけど、


「「「「「「「「「「「「ゆうゆう! ゆうゆう!」」」」」」」」」」」」


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「「「「「「「「「「「「ゆうゆう! ゆうゆう!」」」」」」」」」」」」


 の皆さんの先頭になってドヤ顔で踊ってみた動画を撮っている様を見ると、自然と俺の顔には涙か冷や汗か自分でもわからない冷たいものが流れる。梅雨前の爽やかな気候。午後一番の空高い太陽の光の作る日陰、木漏れ日に照らされる、まるで天国の様な光景の向こうで、あいつがドヤ顏で踊る姿を眺めながら大きな嘆息をする俺。

 ——そう、今日わざわざ代々木公園まで来たのは、クラスの連中なんかとばったりでくわさない場所でバレーの練習を、と言うのもあったのだが、あいつがオフ会ついでに踊ってみた動画を収録する場所がこの代々木公園だったと言うのもあるのだった。

 そして午前から始めていたそれは、もうすぐ収録も終わり解散になるのだった。


「「「「「「「「「「「「ゆうゆう! ゆうゆう!」」」」」」」」」」」」


「「「「「「「「「「「「ひゅー!」」」」」」」」」」」」


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「「「「「「「「「「「「ひゅー!」」」」」」」」」」」」


 ………………………………(無音)


 (なんだかみんな残心みたいな感じでポーズとっている)


 ——カシャ!


 (記念の写真みたいなの撮っている)


「「「「「「「「「「「「ひゅー!」」」」」」」」」」」


 (もう一度みんなで歓声。そして……)


「みんな、おつかれ! ありがとう!」


 ——あっ、終わった。


 なんだかあちこちでハイタッチをしてからあいつは荷物をまとめながら、挨拶をしにきてるあいつ(俺)のファンにニコニコとしながら話かけたり、握手したり……なんかとても俺にはできんなあんなの。さすがリア充。もともとの対人スキルのHPが俺とは桁違いだ。

 ——やっぱり俺が俺の体に戻ったら「ゆうゆう」は封印だな。

 俺はまだ体を元に戻すめどが全く立っていないうちから、戻った後の心配をする。

 さてどんな理由でネットからいなくなるか。才能の限界を感じたとか、やりたいことはやりきたっとか、もっともらしいことを言うか?

 それとも親にバレたとかそういう理由にするか? いやそれとも、所詮はネットのちょっとした人気者程度、更新をさぼってればすぐに忘れ去られるのか?

 と俺は眉間にしわを寄せてそんなことを考えていると、

「なんだ? 何か難しいこと考えてるの? あんたが? それ、ウケる!」

 踊ってみた仲間への挨拶を終えたあいつは、いつの間にか俺のところまで来ると、そんな気持ちを逆なでにするようなことを言ってくるのだった。

「うるさいな、俺はおまえがとっちらかすだけとっちらかした俺の人生を、どうやったら元の波風の立たないゆったりとしたものに戻せるかをじっと考えていたんだよ。体が元に戻った時にいきなり考えてもあせってしまうから今のうちに考えて準備をしておくんだよ」

「はあ? まあ、それはそれであんたの人生だから、あんたの人生からだにあんたが戻ったら勝手にしてもらっても良いのだけど今は……」

 あいつは、俺(百合ちゃん)の眉間の辺りを指差しながら言う。

「そんなに考え込んで百合さんの眉間にしわが残ったらどうするのよ?」

 そう言われてはっとする俺。

 確かに、女の子の顏をそんな粗末にして、本当にしわが残ってしまったりしたら申しひらきがたたない。そう思えば——考え込むのをやめれば自然と顏が上がり、木々の隙間から差し込む太陽の光が目に入り目を閉じる。

 遠くから聞こえる太鼓の音。だれかがギターを弾く音。トランペットの練習の音人々の笑い声。

 なんだか聞こえてくる雑多な音が混じり合ったこの午後の様子がとても気持ち良い。俺(百合ちゃん)の顏はたぶんとてもすっきりしたものになっていただろう。

 だから、

「うん。良い顏になった。その勢いでじゃあ行くか!」

 と言うあいつに俺は、

「は? 行くってどこに、ここが今日の目的地だろ」

 と疑問を呈するのだが、

「ああ、確かに私も昨日まではここで練習する気でいたのだけれど……」

 あいつはそう言うと肩にかけていた大きなバックからバレーボールを取り出すと、

「ソーレー!」

「えっ……」

 あいつは百合ちゃん(喜多見美亜)に向かっていきなりボールをトスするのだった。

 すると、

「…………」

「…………」

「……でしょ」

 ボールはとっさに一歩踏み出した百合ちゃん(喜多見美亜)の手の間を抜けて彼女の後ろに点々と転がる。

「わたしは決心したのよ。こう言うのって、あと一週間二週間でどうにかなるもんじゃないでしょ。なら、もうは、大変残念ながら当日は風邪をひいたかなんかで欠席。それが一番潔いような気がするのよね」

「はあ? この間はあれほどこだわっていたじゃないか……」

 クラスのみんなの期待を裏切ることを、

「でも、まあしょうがないわ。消去法よ。百合さんが——なんというかバレーがあんまり得意でないのは……」

 ごびが申し訳なさそうにモニョるあいつ。

「いえ、私がこんな運動音痴のせいで美亜さんに迷惑かけてしまって……本当に申し訳なくて……私は……」

「いや、そうじゃないのよ。よく考えたら、私に期待されているのはバレーの経験者としての活躍じゃない? それってやっぱり少し練習したくらいでどうにかなる様なもんじゃないじゃないのよ。入れ替わったのが百合さんじゃなかったにしても、バレーの経験者じゃなきゃ……」

 あいつはちらりと俺を見る。

「……どうしようもないのよ」

「なら?」

 あいつの視線にこたえて俺が言う。

「まあ最善はやはり、裏で私への不満が出るにしても、体育際を休んでしまうことしかないと言う結論に私は今朝至ったわけよ」

「なるほど……」

 まあ、正直俺も、百合ちゃんのこの様子じゃちょっと練習したくらいでなんとかなるようなもんじゃないと思っていた。だからこいつのだした結論は合理的であるし、消去法で選ばれた結論だにしても——むしろだからこそ——それしかないのだと納得できるのだった。

 でも、

「……それならなんで元の予定のまま代々木公園ここに集合になったんだ? お前は踊ってみたの用事あるから来なきゃダメだろうが、俺らは来る必要は無かったんじゃないか?」

「なに? わからないの? さすが引きオタは察し悪いわね」

「うるせえ。今は引きオタじゃなくて清楚な美少女だ」

「…………」

 俺の言葉に顏を赤くする百合ちゃんが中に入った喜多見美亜。

「…………! あんたほんと百合ちゃんにはストレートに好意を表すわね。オタクは思い込むと恋愛にも謎の行動力があるって話聞いたことがあるけど本当みたいね」

 まあ、恋愛って言っても、もう失恋確定の恋愛だけどな。と言うか、恋愛とか言われるとその言葉だけで胸がズキンとするから今は言わないでくれ。そう思い、俺はこいつに少し反撃してやろうと、

「まあ、お前だって随分な美少女だけどな」

 と言うのだった。

「…………」

 おっ、攻撃成功! あいつは言葉につまり、思わず下を向く。

 でも……

 その攻撃は反射衛星砲のように俺に返ってくる。

 俺はが恥ずかしそうに顏を赤らめて下を向くというむず痒い光景を目撃することになる。

 なので、

「で、百合ちゃんが美少女でも、国民的美少女でも、世界三大美女でも良いが——結局答えはなんなんだよ? 俺と百合ちゃんは、なんで今日ここにこなけりゃならなかったんだよ?」

 俺は、この微妙に恥ずかしい会話を早く終了すべく、あいつに向かって結論を早く言うように求めるのだった。

 すると、

「はあ? あんたやっぱりまだわからないの? 察し悪いのね」

「察し悪くて結構。だからなんなんだよ」

「せっかくこうやって三人が都心まで出てくるつもりになってたんだから……」

「ああ、そうですね。せっかくの機会ですから……」

 ん? こいつの考えていることが、やっとなんとなく分かった。俺たちはこれから、

「さあ、それじゃさっさと公園を出て、みんなで会に向かいましょう!」

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