第3話 俺、今、女子友進展中
次の日の、おぼっちゃま高校のサッカー部とやらの合コンは、思った異常にスポ根な連中がやって来てしまうという予想外な始まりからの——予想外の結末を迎えていた。
和泉珠琴が一晩徹夜して選んだ代官山の人気のカフェとやらでの親交もそこそこに、さっさと渋谷の公園に移動して、なぜか男女混合でフットサルをやらされることになってしまうと言う——そんな、斜め上の展開に、俺たち女子ご一行は、スポ根野郎どもから逃げるように郊外に向かう電車に乗ることになるのだが……
——その中にはもちろん麻生百合の姿は無い。
今日の、合コンの数合わせで足りない一人は、生田緑の中学時代の塾仲間らしい、別の高校の馬橋と言う明るい可愛い子がやって来て——その子とはさっき反対方向の電車に乗って別れた所だった。
つまり、結局、残りの一人の人選は、再び俺に聞かれることも無く、
「決まったから」と和泉珠琴に告げられただけで終わったのだった。
それは——俺は——やはり割り切れない気持ちだった。
馬橋って子は、元気で感じの良い子だったが……和泉珠琴にとっても見ず知らずの今日始めて会った子の方が麻生百合よりも仲間?
いや、分かるよ、俺だって。さすがに。
彼女らのグループの雰囲気に合う女子の方が、今日だけしか一緒にいないのでも——仲間なのだ。
クラスメートを差し置いて。
——ああ、俺にも、分かるよ。そう言うもんだろ。
それがリア充どもの言う、「仲間」と言うもんだろ。
まったくバカらしい。
でも、そんなの、俺がどうこう言っても、変わるもんじゃない。
奴らがそれで楽しく過ごして、過不足無くやつらの狭い世の中が回っているのなら、それに俺は文句を言うすじあいも無い。
言ったところで何か変わるわけでもないだろう——リア充どもなんて、そんなもんなんだろうから、無理に麻生百合を仲間に入れろとは言わないが……
(それによく考えたら、あんなの——合コンでの猫かぶり合戦を思い出し——の中に麻生百合いれるのも可哀想だし)
しかし——
……俺は思いついたのだった。
麻生百合を、あいつらの「仲間」にすることはできなくても、逆に、麻生百合の仲間になることは出来るんじゃないかと。
そう、仲間に……
——誰がって?
それは……
もちろん、俺だった。
喜多見美亜でなく、その中の人。
俺——向ヶ丘勇なら……
彼女の、麻生百合の友達になることができるのではと俺は思い付いたのだった。
そして、週末ずっと考え続けて……
週のあけた月曜日……
俺は……
*
「いっしょにお弁当食べませんか」
「えっ?」
机の上に出した弁当の包みを握りながら麻生百合はそのまま固まる。
教室に少し緊張感が走る。
生田緑の眉がつり上がり……
椅子の倒れる音。
俺——じゃなくて俺の中に入っている喜多見美亜が急に立ち上がって椅子が後ろに倒れてしまったようだ。
「お弁当。今日は天気良いので。中庭に行きませんか」
俺はにっこりと笑いながら、
「……わ、私ですか?」
何で私がと言う顔の麻生百合。
「そう、百合ちゃん」
またにっこりと笑う俺。
そんな俺を見て不安げな様子の麻生百合。
「なぜ……」
「まあ、いいから、いいから」
彼女の手を取って、ひっぱる俺。
「美亜……」
厳しい目で睨みながら、俺を睨む生田緑。
「緑! 今日はちょっとわけありで百合ちゃんと親交深めてくるから……ごめんね」
「えっ……私……」
何が起きているのか良く分からないまま俺に手を引かれて教室の外に行く麻生百合。何か言いたそうなリア充の面々をちらりと横目で見ながら、颯爽と教室を後にする俺。
あいつ——俺の体の中に入った喜多見美亜はなんか当惑した顔。
でも、おいおい、そんな顔すんなよ。まあ、見てろってと、俺は自信満々の様子で歩き出し……
俺と麻生百合は学校の中庭——コの字型に作られた校舎の内側に作られた庭に来ていた。
ここは学校の中でも随一の綺麗でさわやかな場所だった。
中心には青々とした葉っぱが心地よい日陰をつくるポプラ並木と、季節の花の咲き満ちる花壇。
そのそばには涼しげな噴水があり、周りには座り心地の良いベンチ。
ここは学生達が学業の疲れをここで癒すことを目的に設計され、そうなるべく作られた場所であったのだが、しかし正直あまり人気がない——と言うか人を選ぶ場所であった。
実際、こんな天気の良い春の日にもあまり人もいない……
と言うのも、ここは周りを校舎に囲まれているため、目立ちすぎるのだった。
コの字に周りをかこむ校舎の廊下から丸見えで、全校生徒に監視されてるといっても過言ではない場所なのだった。
よっぽど厚顔無恥なカップルでも、全校生徒に丸見えのこの場所でいちゃいちゃする度胸のある連中はまずいなかったし、男性同士で一緒にいたりしたらたちまちゲイの噂が立つ。
一人で座っていたらそれはそれでぼっちを見せつけているようなものだし——ここで昼に弁当を食べて良いのは、自然と、仲良しの女子達だけという状態になっているのだった。(いや、女子もレズと言う噂が良くたつようだが、男の方とは違うじゃん。彼女ら別に気にしてないようだし)
なのでぼっちオタクの俺にはこの中庭なんて、とてもとても、近づくことさえできない場所であったのだが、こうして女子になってしまった俺はそんな場所にこうやってやってこれるようになって……
「なんだ、入れ替わりも悪いことばかりじゃないんだな」
と思って微笑むのだった。
そして、そんな俺を不思議そうにじっと見ている麻生百合。
それに気づくと、
「あれ、どうかした」
と俺。
「いえ……」
と、麻生百合は少し当惑したような顔。
それを見て、
「なんか気になることあったら言ってね。無理矢理連れ出しちゃったみたいになったけど、迷惑じゃなかった」
とさらに俺が言うと、
「いえ、私は……良いのですけど」
と麻生百合は少し考え込むような顔をして、
「でも、良かったのですか」
と言う。
それに、
「『良かった』ってなにが?」
と俺。
俺は、もしかして麻生百合は一緒に来るのが嫌だったのかと少し不安になったのだったが、
「緑さん達と一緒にいつもお昼は食べてるじゃないですか。今日は私となんかで良かったんですか」
と言われ、
「なんだそんなことか。別にたまには良いじゃない。いつも同じ人ばかりじゃ飽きるよ……構わないって、あの子達も文句言わなかったじゃない」
俺はほっとしながら答える。
すると、
「でも……いえ……じゃあ——今日だけ」
にっこりと微笑む麻生百合。
俺は、その瞬間、ドキッとする。
嬉しそうに微笑んでいるのだけれど、でも何か少し愁いを帯びたような、ちょっと悲しみを含んだような、そんな表情に一瞬で心を射抜かれたのだった。
なので、思わず麻生百合の顔をじっと見つめてしまうが、
「…………?」
麻生百合が、不思議そうにと言うよりも少し警戒しているような様子なのに気づき、
「まあ、ともかく弁当を食べようよ」
慌てて話題を変える。
すると、まだ少し不思議そうな顔をしながらも、
「……はい」
俺たちは互いの弁当の見せ合いっこを始める。
「美味しそう」
俺は麻生百合の弁当を見て思わず言う。
鶏の唐揚げに、鮭の切り身の照り焼き、カボチャのサラダ……
綺麗に切られ並べられてているが少し不揃いなその感じは、
「これって、レトルトとか冷凍食品じゃなさそうだね。全部手作り?」
俺は聞く。
「え……はい」
意外なことを聞かれたと言ったような表情で答える麻生百合。
「へぇぇ——もしかして自分で作ってるとか?」
「あ……はい?」
「すごい! えらいよ。俺なんて全部作ってもらって」
「……『俺』?」
あっ、やばいやばい。
「——わ、私のも見る?」
焦せって「俺」を「私」に言い直す俺を見て、少し疑問符を顔に浮かべながらも頷く麻生百合。
その瞬間、俺は喜多見美亜の母親の作った弁当の蓋を開ける。
「わっ、綺麗です」
まるでカフェ飯かなにかのように綺麗に盛りつけられた食材。確かに綺麗で美味しそうだ。
でもあいつのダイエット狂いのせいで恐ろしくヴォリュームが無い。
野菜のゼリー寄せと生野菜、野菜ばっかり。ご飯も少量で、腹にたまりそうな物はせいぜい小さなオムレツ。
いや他にメンチカツも入ってるけど、これはあいつに食べるのを禁止されているし……
ほんと見た目は綺麗だけどこんなので栄養足りるのかと俺も心配になるような……
いや、でも今それはどうでも良い。今日に考えないとダメな話じゃない。今日悩まないといけない、と言うか今悩んでいるのは……
俺は次の言葉を話す前に、緊張して一度ツバを一度飲み込んでから、
「ちゅき、いや……好きなのたべて良いわよ」と少し噛みながら言う。
「えっ」
俺は麻生百合の前に弁当を差し出した。俺は弁当の取り替えっこをしようとしていたのだった。
カロリー高いおかずは和泉珠琴にでも押し付けろと喜多見美亜に命令されていたのだが、あのリア充連中とおべっかや建前言いながらそんなことをやっても楽しくなさそうだが、このおしとやかで可愛いな麻生百合となら、それって楽しいきゃははうふふな体験になるのではと期待したのだった。
しかし、その提案にいきなり素で驚いたような表情になった彼女。
あれ、唐突すぎたのかな?
俺はあせって言葉を取り繕う。
「あっ、おかずの取り替えっことかしたら楽しいかなって。いや、無理にというわけでなく、そんなのやったらどうかなって……」
きっととても焦った表情になっていただろう俺。
でもそんな俺の必死そうな様子に気づいた麻生百合は、優しく微笑むと、
「ああすみません、私が察し悪くて。取り替えっこですね。良いですよ」と。「私、こう言うのに慣れてなくて、ごめんなさい」
いやいや……
オタクボッチ男子に比べてこんな可愛い女の子が、こう言う経験に劣ることは無いだろうと思うが、外身は俺は喜多見美亜になってるんだから、そうとも言えず、
「じゃあ取り替えっこしましょう……できれば私のからはメンチカツとか……」
話を進める。
すると、
「ええ、そんな一番美味しそうなのでいいんですか」
と麻生百合。
「うん、わけありで」
と俺。
「わけあり?」
メンチカツは友達にあげろと言うのが、朝メールで今日の弁当を報告させられた俺に返ってきた命令だ。
もちろん今あいつが俺を見ているわけでは無いので、食べちゃっておいてうまくごまかしても良いのだが、ハードディスクをネタに問いつめられて口を割らない自信のない俺は、
「まあ、助けると思って食べちゃってよ」
「助ける?」
「いいからいいから……」
俺はメンチカツを箸で摘むと、麻生百合の口元までそれを持って行って、
「あーん……」
「あっ……はい」
パクリとメンチカツをほおばる麻生百合。
おいしそうに口を動かして、飲み込んだ後は、うれしそうににっこりと笑いながら首肯する。
それを見て、おお、生まれて初めてアーンをやったと感動に震える俺に、
「美味しいです。野菜も新鮮なものがたっっぷりと入って、肉のジューシーな味と絡まって、とても美味しい、その上栄養も満点そうで……」
と麻生百合の感想。それを聞いて、そうだ、そうだ、あいつはなんでこれを食べないんだと思いながら、首肯する俺。
すると、
「じゃあ今度はお返しに私が……美亜さん何がいいですか」
と麻生百合。
しかし、言われて彼女の弁当を見ると全部美味しそうで目移りして決められないのだが……メンチカツをあげた後にその代替で欲しいものと言えば、自然と目は一点、鶏唐に集中してしまう。
でもメンチカツの替わりに鶏唐ではあいつのダイエット目的にはあまり意味がないことをしてしまうのではないかと、ばれた時のことを考えて、少々葛藤をしていると……
「ああ、鶏唐ですね」
視線から気を利かせて麻生百合はそれを箸で摘み、
「あーん……」
すると俺は反射的に口を開いてしまい——ぱくっ!
「うわっ!!!!」
食べたその瞬間、俺は、感動して少し涙を流すのだった。
——美味しかったのだった。
本気で!
ショウガや酒で十分に下味をつけられて濃厚な味わいなのに、さっぱりしているのは刻んだユズの皮が入っているから?
かみしめた瞬間に広がる鶏の脂と旨味。
かりっとあげられた表面と内部の柔らかい肉。
「百合さん料理うまいんだね」
心から感心しながら俺は言う。
いやただうまいと言うだけでない。
これは真剣に作られている。入念に真剣に全身全霊をかけて、そんな感じがひしひしと伝わってきた。丁寧に、衣をつけられて、揚げられている。
俺の勝手な思い込みかもしれないが、この唐揚げから、単に料理の上手い女の子が作ったもの以上のものを感じてしまう——相手のことを……まるで誰か愛する人にでも食べさせるために作ったかのような……
で、そう思ったとたん俺ははっとして、
「もしかしてこれって……俺……もとい、私なんか食べて良かったのかなって」
「……?」
きょとんとした顔の麻生百合。
「男の子に食べさせるために作ってたんじゃないかって……」
「男の子……? えっ、なんで知ってるんですか」
「——ああ、やっぱり」
俺は胃が少しきりきりとするのを感じた。背筋にもすっと寒気のようなものが走る。今、女子になった俺が、そんな思いをするのはへんな感じもするけれどだけど……恋以前の淡い想いが、あっさりと断ち切られたときの、痛みが自分の中に走った。
ああしまった——やっちゃった。
俺は自分が女子になって薄れた警戒心のため、うっかり、いつもは自制していた女の子への好意を、どうせうまくいきっこない恋愛への一歩を踏み出してしまっていたのだ。
そして、その一歩の結果に気付き——一瞬でドンと落ち込んだのだった。
おれは思いっきり顔にでただろうその状態を悟られまいと顔を伏せる。
しかし、
「あれ? 『やっぱり?』って まさか……」
麻生百合は思いっきり朗らかな声で笑い出す。
へっ?
「……まさか、誤解しちゃいました!」
俺は顔を上げる。
「誤解?」
「まさか——私が彼氏かなんかに弁当作ってあげてるって思われちゃったかなって……」
「違うの?」
「はい——男の子って、弟ですよ」
「えっ」
ほっとした表情になる俺。
すると、
「美亜さん面白いですね」と麻生百合。
「面白い?」
「私みたいなのに彼氏なんているわけ無いじゃないですか」
「そんなことないよ——百合さん凄い綺麗でおしとやかで、きっと男子に人気ありまくりだよ」
「そんなこと……私みたいな嫌な女子……」
「嫌? そんなことないじゃない? 俺……もとい私、百合さんと話してとても面白いよ」
「『俺』?」
「——ああ、それ無し、無し?」
必死で否定する俺を見て麻生百合は楽しそうにほほ笑む。
そして、あわてて、話題を強引に午後の授業の話に変えて、ごまかす俺。
すると、そんな唐突な俺の会話にも合わせてくれる麻生百合。
すると、続く会話、時々あがる笑い声。
——俺達は、昼休みの残りの時間を楽しく会話しながら過ごしたのだった。
午前の英語の授業の話から、昨日のテレビの話。天気の話から、明日の体育の話。
たわいもない話。どうでも良いような話。
そんな話ばかりしている——そんな俺たちをまぶしいくらいに照らす日差し。
しかし風は涼しく、気持ちよく、それに乗って漂ってくる花の春の花の匂い。
何をするというのでもなく、ほんわかと楽しい会話を楽しむ、昼休み。
何の因果か女子(それもリア充女子なんか)になってしまった俺が、それ以来、唯一落ち着けて楽しめたのがこの瞬間だった。
いや、女子になったのも悪くないなと思えるような……ああ、明日も麻生百合と一緒にこんな風に昼休みを過ごせたら素敵だなって——俺は思ったのだった。
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