5.仲間Ⅷ
「私は違う町に生まれたんだ。ここより小さい町で、決して裕福じゃなかったけど、家族で幸せに暮らしてた。でもそこに、魔女姫の兵士たちがきて、まずは国の軍事力をあげるためだと言ってお父さんたちが連れてかれて、そのあと残った女子供はこことおんなじように税だと言ってたくさんお金を取られてた」
「……そう、なんだ。……戦ったの?」
私は何て言えば分からず、この町と同じ状況を思い浮かべた。今のアニータと同じように立ち向かったのだろうか。ようやくそれだけが言葉に出来た。
「戦ったよ。でも、あいつらにしちゃささやかな抵抗だっただろうね。抵抗軍なんてものもなかったし、あっさりと潰されたよ」
言葉を切るアニータは昔を思い出しているようで、上向きに天井を眺めていた。何も返せないでいると、アニータはパシャッとお湯を掬って顔にかける。二回ほど行ってアニータはさっぱりとしたいつもの表情を見せた。
「ま、あの頃は小さかったからね。私は戦うことさえできなかった。でも今は違うよ」
そう言って、さっきまでとは一変した晴れ晴れとした顔を見せる。いつも通り、明るく振る舞うアニータがそこにいた。
「今の私は戦える。それに一緒に戦う仲間もいるから大丈夫。きっと魔女姫なんかに負けないって思うよ」
「そうですよね」
「うん、そうだね」
ロレーナもアニータも、魔女姫によって苦しめられた過去がある。そして、それを変えようと頑張ってる。私と同じくらいか、小さいくらいの年齢のはずなのに。単純に凄いなと思った。この世界は駄目だって絶望せずに、だったら変えないといけないって頑張ってる。それが、少し眩しく感じた。
羨ましいと思った。
私に、救世主なんていうアリスの力があるかなんて分からないけど。もし本当にあるなら……私も。私もそれで、もしかしたら変えることができるだろうか。
「それに、私はちょっと楽しみなんだ」
いったい何がだろうか。
「外の世界を私は知らない。もちろん魔女姫を斃すことが目的なんだけど。いったいどんな街があるのか。どんな人がいるのか。何があるのか。これから旅をして、世界がどうなってるのか実際に見てみたいって思う」
「何というか凄い前向きだね」
「まぁ、前向きじゃないとこんな世界やってられないよ」
そう言ったアニータはこれ以上ないくらい眩しい笑顔だった。
お風呂もそこそこにしてあがると、休むための寝床の用意がされていた。まともな個室はなく、男子と女子に分けた大部屋で寝るといった感じだった。
「ここで寝るの?」
「ははっ、確かに言いたいことは分かるよ。あまり良い部屋とは言えからね」
最低限の布団らしきものが敷かれているだけの状態は確かに驚いたが、むしろ地下にこれだけの部屋を作っているあたり凄いと思う。元の世界でも、普段の生活でまともなに寝床ではなかったし、抵抗はなかった。唯一あるとすれば、周りにこれだけの人がいるということだ。
「私は好きですよ。一人でいるより皆といるほうがずっといいです」
ロレーナが髪を乾かしつつそんなことを言った。そんなもんだろうか。私にはあまり分からなかった。
「アニータさんも、アヤメさんも、明日には出発するんですよね?」
「ん? ロレーナちゃんは寂しいのかな? 何だったらついてくる?」
ひかえめに呟くロレーナにすりすりと寄り添いながら、アニータが意地悪な笑みを浮かべながらもう1回を誘っていた。酔ったおっさんか。
「ちょっと、悩んでしまいますね」
「いいよいいよ悩んで。一緒に行こうね」
「でも、兄さんが……」
「あぁ~」
「兄さん?」
誰のことだろうか。ロレーナに兄なんていたのか。
「シモンだよ。ほら、あのアフロ頭の」
「あぁ……」
特徴的なアフロ頭で良く分かる。アフロの中からいろんなものが出て来るのは。もはや魔法の一種と思える。そうか。アニータが誘った時に言ってた妹が……って言うのはロレーナのことだったのか。
「ま~、あのシスコンが認めないよね。打倒魔女姫の旅なんて行かせないだろうし。離れ離れになるのなんて持ってのほかだろうね」
「で、でも兄にもいいところはあるんですよ」
「はいはい、知ってますよ」
この場にいない兄のシモンも含めて、仲睦まじい雰囲気が窺える。ヘンテコな連中かと思ってたけど、この短い期間で、何となく良い連中だと思えた。
「もしかしてロレーナって……」
「お、アヤメ鋭い。そう、ロレーナも何とブラコンなのだ」
「ち、違います。仲の良い兄弟なだけですっ」
意外な一面として、ロレーナがわたわたと慌て出す。これは図星だろうなと思えた。最初は大人しくて取っつきにくいと思ってたけど、もしかすればからかいがあるのかもしれない。
「じゃあ質問。お兄ちゃんの良いところあげてみな」
「え~、や、優しいところと、あと強いところ。かっこいいところ。ご飯をたくさん食べるところ。いっぱい寝るところ。私と同じ本が好きなところ。足が速いところ…………」
ロレーナが一生懸命に指折りで数え出してしまった。これはなかなか重度なのかもしれない。
「肌が白いところに、お尻にほくろがあるところに………」
「それは良いところなの?」
アニータの突っ込みに似た疑問も尤もである。駄目ですか?とロレーナが純粋に返したあたりで、一旦ストップとなった。
本当に兄弟仲が良いいんだろうなと思った。少しだけ、羨ましかった。
「じゃあ次はコイバナしよ。コイバナ
「え~、そ、それは……」
「アヤメは何かないの?」
「……ない」
「いや、あやしーぞ。アルとはどうなの? アルとは」
「な、何でそこでアルが出て来るのか分かんないけど」
出発前の夜は、遅くまで騒がしいものだった。ただ、今思えば、これからの厳しい旅を前にして、アニータはせめて今だけでも、楽しもうとしていたのかもしれなかった。
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