第20話
「お疲れ様、お先〜」
「お疲れ様」
佐竹に声をかけられて、ああ、もうそんな時間か、と時計に目を向ける。17時20分をさしていて、定時は過ぎていた。できたらもう少し進めたい仕事があったけれど、今日はもうこれ以上は集中力が続かなさそうだ。
いや、むしろ今日一日中仕事に身が入らないので、こういう日はもう帰った方がいい。
ため息をついてタイムカードをきる。エントランスを出てとぼとぼと歩いていると背後からイケメンボイスが耳朶をかすめた。
「津島さん、お疲れ様」
「、う、うわぁっ!」
「…色気ないなぁ」
肩をすくめてわざとらしくそんな言葉を吐くのは、田宮社長だった。なんでこういう時に突然現れるかなあ、この人は。
昼間の話が脳裏に蘇るが、バチッと目が合うとなぜか心が揺れる。動揺を悟られたくなくて、思わず目をそらした。
「色気なんか、ありません。田宮社長はこんなところでお散歩ですか」
「んー、そんなとこ、かな。久しぶりに会えて嬉しい」
「…な、何言ってるんですか」
どストレートにそんな言葉を言うなんてずるい。イケメンはほんとそういうこと言えるから嫌だ。
彼は俺が言葉を発すると面白がっているのか、笑顔をみせる。
「俺の本心だ。最近忙しくて会えなかったから、会いたくてここまできたんだ。可愛い言葉のひとつもくれよ」
ちらり、目を合わせると熱っぽい視線で俺を見ている、気がした。
出会ったときから、彼は俺に対してそういう言葉をいつでもくれた。それに不覚にもときめく自分がいたのだ。それは今では切なくなる要因でしかない。今日の俺はずっとおかしいのだ。どこかもやもやした気持ちが胸を支配する。
「…………さい」
「ん?」
いつのまにか俺の手を握った社長は、さらに空いた手で俺の肩を抱いた。やめて、嘘なんだろう、その言葉は。
「そういうことは、恋人にいってください」
「…え?」
俺は、何を言ってるんだ。
目の前の田宮社長もそう言っているような驚いた表情をしていた。
帰宅途中のサラリーマンが行き交う路地の端で男2人があっけにとられている様は、街の人にどう映るんだろう。いや、今はそんなことどうでもいい。
俺はちぐはぐな気持ちだったけれど、言葉は溢れて止まらない。
「俺は、やっぱり、あなたが嫌いです」
「…、津島さ…っ、」
出会いは最悪だったけれど、仕事上でも俺にチャンスを与えてくれたり、酒の場でも優しく俺を気遣ってくれたり、介抱してくれたり、なにかと優しくていい人なのかなと、好意を少なからず向けてくれてるのでは、なんて思ってた。
けれど、恋人がいるなら、俺は単なる性処理の相手ということだ。社長の気まぐれに付き合わされる身にもなってくれ。男だから面倒なことにはならないと思ったのかもしれないけれど、それはあまりにも俺にも、恋人の彼女にも失礼だ。
憎い、というよりも悲しさが心を侵食していくことに、俺は気づかないまま、俺は駅まで走った。
田宮はその場に立ち尽くし、ただ走り去る凛太郎を見ていた。
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