第15話
目がとろんとしてきたときには、もう自分では酔いがかなり回ってきているなとぼんやり思うのだ。
大学時代の友人には酒はあまり飲むなと言われていたような気もするが、今の頭では考えられそうにない。
すぐ横に並ぶ社長は俺を見てゆったりと笑みを浮かべている。手元のグラスには焼酎だろうか・・・まだ酒は少し残っていた。
「たみやさん、お酒、のまないんですか。おかわり、します?」
「俺はもういい。それよりも、お前は飲み過ぎだよ。帰ろうか」
俺が首を傾げつつ酔いにまかせてそう呟くと、田宮社長は盛大にため息をついてそう言葉を吐いた。
これは、もしかしなくても気を遣わせてしまったか。しかし今日の俺は酒の力もあってか、気持ちが大きくなっていたようだった。眉間に皺を寄せて俺を見つめて考え込む田宮社長が、もしかして困っているのかと思い、俺の中の好奇心が黙ってはいなかったのだ。
「あれれ、もしかして社長、こまってるんですか?おれは、だいじょうぶれすよ」
「・・・嘘つくな。めっちゃ酔ってるじゃないか」
「うそついてましぇんよ~えへへ」
嘘だ。俺もわかる。酔ってることは酔ってる。現に頭も少し痛くなってきたけど、今日はなんだか酔いたい気分だ。それは今日の飲みに誘ってくれる前の話が少し心に引っかかっていたから、かもしれない。
あの一晩のことは覚えていないのは、お互いいい大人なんだから無責任だとは思う。けど、男同士なんだから、男女での責任だのなんだのは起こらないはずで、まして俺の方がおそらく女役だったのだから、俺が何もなかったことにしようという分には全く問題はないはずだ。それくらい、賢い田宮社長ならばわかるだろう。
「・・・帰るぞ」
「ん~まだのめます」
「そういうことをそういう顔で言うな。煽ってるようにしか聞こえないって」
「なんですか~?きこえません~」
もう自分でも呂律がうまくまわらないのが分かるような、分からないような。田宮社長に抱えられるようにしてその店を後にしたのだった。田宮社長の少し焦ったような、苦虫を噛み潰したような顔をぼんやりと見上げて、俺は意識を飛ばしてしまった。
「・・・っ!!」
まどろみの中で俺は静かに目を開け、覚醒した。またやってしまった。しかも同じ相手に。
俺はベッドに横になっており、ぼんやりとした照明が自分の家ではないことを確信づける。
すぐさま布団を剥いで、服を着ていることを確認。よかった。服着てるよ、俺。脱いだ覚えのない上着は綺麗にハンガーにかけられていた。
「起きたか」
「・・た、みや社長」
おそらくここまで連れてきてくれたのであろう、田宮社長はゆったりとしたスラックスとシャツを着ていた。彼の部屋着であろうか、シンプルなデザインは彼の容姿を引き立たせていた。
「・・・ったく、酒はもう飲まないじゃなかったのか」
「・・・見てしまうと・・・つい。あ、りがとうございます・・介抱してくださって・・」
少し布団をかきよせながら俺は目を伏せてそう呟いた。ベッドから少し離れた椅子で彼は長い脚を組んで俺をじっと見つめていた。その遠慮のない視線から逃れるためである。
「・・・素直なのも・・・悪くないか」
「はあ?・・・というか、ここ、どこですか」
またどこかのホテルに連れ込まれてしまったのか。ならばこのまま帰宅する方がいい。
「俺の家だ」
「は」
「だから、俺の家だって」
俺は言葉を失った。今、なんと。
「帰ります」
「もう終電過ぎたから」
「タクシーで帰ります」
「どうせならここで泊っていけば」
「無理です」
冗談じゃない。こいつの言うことなんて聞いてられるか。俺も全く馬鹿だと思う。彼と酒を飲むということはどういうことか。この社長はできる男でも、とんだエロ魔人なのだ。
田宮社長の言葉を無視して鞄を探そうとした瞬間。
「俺が、このまま帰すわけないだろう」
「え」
社長は俺の腕をつかみ、強引にベッドに引き戻した。同じ男であるのに、情けないことにあっさりと俺はベッドに組み敷かれてしまった。反論の意味で上に跨る男に睨みをきかせるも、彼の表情に俺は思わずぞっとしたのだ。
「お前も、こうなること、期待して酒を飲んだんじゃないのか?」
「ば、馬鹿いわないで…っんぅ?!」
突拍子もないことを言い出す彼に反論しようとした唇は、途端塞がれてしまった。言わずもがな、その男の唇で、である。
抵抗しようにもばっちりと両腕を強い力で押さえ付けられているため、俺は抗いようがない。何度も角度を変えて口づけされると、容赦なく彼は俺の口腔を蹂躙する。歯列をわって絡んでくる舌の温度がやけに熱くて、酔いの回った頭が余計に沸騰しそうだった。酸素を求めて口を開けようとすると、逃がすまいと舌を絡み取られる。その冷静で温度が低いような彼の視線からは考えられないくらい、欲にまみれたキスだった。
その口づけで、情けないことに俺は下半身にまで熱がこもっていくようだった。びりびりとした感覚が、口のなかの神経を伝って、脊髄から背中、体全部の神経が犯されていくようだった。もう、勘弁してくれ。
「んぅ・・・っ、あん、っ・・・」
「・・・っ、」
自分でもびっくりするような声が出た。なんだ、今の・・・高く上擦った喘ぎ声は、間違いなく、俺のものだった。
その声に反応したのは俺だけではないらしく、田宮はやっと俺を解放してくれた。二人の間をつなぐ唾液の糸がぷつりと切れるのをぼーっと眺めていた。
「えっろ・・・」
吐息交じりに彼は俺の首筋に顔を埋める。抵抗をしたいのは山々だが、がっちり組み敷かれているのに加え、先程の超絶テクニックなキスで俺の脳髄はとろけているらしい。情けないを通り越して死ぬほど恥ずかしい。
「・・・もう、やだ」
本心からそう思ったから言ったのだが、彼には通用していないらしい。ちりりと首筋に痛みが走る。彼の温度を感じて、キスされたのだと、そう思った。さっきの荒々しいキスではなく、啄むようなキス。その格差になぜだかどきりと胸が鳴る。
「・・・何が嫌なんだよ・・俺は、もっと、したい。お前と、この先のことも」
この男はなんて顔をしているんだ。俺の視線を離すのを許そうとしないくらいに、確かな劣情のこもった瞳で彼は俺を見ていた。その瞳をみていたらおかしくなってしまいそうで、俺は思わず目を逸らした。
「そんな目で・・・見ないでくださ・・・っあ!」
「こんな反応をしていて、それはないだろ?ん?」
俺がまたも声を上げてしまったのは不可抗力だ。だって彼は俺の大事な大事なものを人質にとっているのだから。つーっとそれをなぞると、その緩く立ち上がった先端をくるくると弄ぶように撫でまわすのだ。その焦らすような煽るような刺激に、男に触られているというのに、とんでもない快感を生んでいることに、生理的な涙が滲む。
「・・・へんたい」
「・・・お前は俺を煽るのがうますぎる・・・」
彼は舌なめずりをして、俺を見下ろし、そう吐き捨てた。その色っぽさといったら。俺はぞくりと悪寒ではなく、快感が背筋を伝うのがわかった。
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