第24話 エヘッ!
キーンが席を立ち、サトルにココナッツジュースを差し出す。
「ありがとうございます。…ああ、おいしい」
サトルは一気に飲み干す。
「お前、もう治ったのか…」
ヒロシが聞くと、
「もうって、782回も眠ったよ。思ったより、筋力が落ちてなくてよかった」
とサトルが答える。
「治療用ベッドは時間の流れが早くなるようにつくってあるんだ」
タローが得意気に教える。
「あなたたち、いつの時代からやって来たの?」
アカネが聞くが、誰も答えず沈黙の時間が流れる。
「あの子も元気ですか?」
ミクーダが話をそらして、サトルに尋ねる。
「はい」
サトルがそう答えると、大きくなったホッキョクグマが入って来る。
「おお、俺よりでけーや!ワハハハハッ!」
キーンがホッキョクグマの背中をさすって歓迎する。
「お名前はなんて言うのかしら?」
ムーアがサトルに尋ねる。
「ペロッツです」
サトルが答えると、ペロッツがムーアの胸をペロペロ舐める。
「かわいいわね、ペロッツ」
ムーアはペロッツに頬ずりする。
「それじゃ、全員揃ったことだし、冷凍仮死装置に入るとするか」
ミクーダがそう言うと、
「はーい」
とタローたちが席を立つ。
「ちょっと待って!サトル、この頑固親父になんか言ってやってよ!ワープしないで、わざわざ200年間も冷凍装置に入るって言うのよ!」
「その気持ち、よくわかります」
「ありがとうございます」
サトルが理解を示すと、ミクーダが礼を言う。
サトルは、覚えてはいないけれど、眠りながらワイヤーを伝って進んだことが、なくなってしまうのは嫌だと思った。冒険の匂いが、体には染み付いていたから。
「それじゃ、アカネ、また200年後な…」
そう捨て台詞を残してタローがダイニングルームから出る。ムーアは何も言わず、手だけ振って、ペロッツと出て行く。
キーンも出て行こうとすると、
「ちょっと、操縦士が200年も眠っていいの?」
とアカネが呼び止める。
「何か異常があったら、強烈な目覚ましが鳴るから大丈夫さ。それじゃ、おやすみ」
キーンもダイニングルームから出て行く。
「俺らも行くしかなさそうだな…」
ヒロシが席を立つと、サトルとブンジロウとレインボーも立ち上がる。
「おやすみなさい」
サトルがそう言うと、アカネを残して全員がダイニングルームから出て行く。
「もう、200年も一人で何をすればいいのよ!」
アカネはアームで頭をかかえる。
187年後-
けたたましくサイレンが鳴り、冷凍仮死装置に入っていたサトルたち全員が目を覚ます。
「いったい何事だ?」
キーンが面倒臭そうに言うと、煙が立ち込めて来る。
「火事みたいだな」
ミクーダがそう言うと、サトルたちは目を合わせる。
「どうかしたの?」
ムーアがサトルたちの動揺を察する。
「いや、別に…」
ヒロシがごまかそうとするが、明らかに様子がおかしい。
ダイニングルームに全員が集まる。
「キッチンで起きた火事だが、幸い機体に影響はなかった」
ミクーダが言うと、メカニックのタローが大きく頷く。
「起きていたのは一人だけ…」
アカネは何も喋らない。
「何かの拍子でショートして引火したのか、誰かが火をつけたのか…」
ミクーダがアカネをじっと見て、
「ちなみにアカネさんに放火歴は?」
と聞くが、アカネは黙秘する。ミクーダは仕方なくサトルに視線を移すと、サトルは小さく頷く。
「なるほど…」
そう言うとミクーダはしばらく沈黙する。
「でも変ね。食事を摂る必要がないアカネがどうしてキッチンの火を使ったの?放火するなら放電したほうが早いのに…」
ムーアが疑問を投げかける。
「妙だな…あんなにお喋りだったのに、呼び捨てされても何も言わない…」
タローもアカネの様子が気にかかる。
「誰かを…かばっているのかい?」
サトルがそう聞くと、
「そんなわけないじゃない!」
とアカネが即答する。
「図星か…」
そう言うタローをはじめ、全員がアカネに疑いの眼差しを向ける。
「たがら、違うって!」
アカネはムキになって否定する。
「もしや…」
キーンが席を立ち、キッチンへ向かうと、
「大変だ!食料がまったく残ってないぞ!」
と大声で報告する。
「あれ、あの惑星は…」
キッチンの窓から、近づいていく惑星を見たキーンは、慌ててコックピットに向かう。キーンは操縦かんを握るが、ロックが掛かっていてびくともしない。いくつかボタンを押すが、まったく反応しない。
「クソッ、やられた!」
キーンは操縦かんを蹴ると、コックピットから出て行く。
「船長、行き先がアルテコッタに戻されている…」
ダイニングルームに戻って来たキーンが、ミクーダに報告する。
「はあ!?187年かけて、なんでまたアルテコッタに!?」
ムーアが思わず立ち上がる。
「おい、アルテコッタってまさか…」
ヒロシが恐る恐る尋ねると、
「あんたらを助けた氷の惑星だよ。正確には、宇宙旅行者向けに人工的につくられた惑星だけどな。見たとおり閑古鳥が鳴いている始末だ」
とタローが答える。
「あそこに食料はないぞ…」
ヒロシは頭を抱え込む。
「アカネ、何があったんだい?」
サトルが聞くと、
「皆が眠りについてから…」
アカネが重い口を開く。
「眠りについてから何があったんだよ!早く話せよ!」
ヒロシが机を叩いて怒る。
「今は、アカネさんの話を聞こう」
ミクーダがヒロシをなだめる。
「皆が眠りについて、それからは?」
サトルが再びやさしく問いかける。
「グンジョウを見つけたの…」
アカネがそう答えると、
「グンジョウって?」
とムーアも冷静に質問する。
「このテーブルを歩いていたの。サーラが虫カゴに入れていたアリの中の1匹が…。多分、私たちの誰かの体についていたんだと思う。それで、私は寂しかったから、その群青色のアリにエサをあげて飼っていたら、どんどん大きくなって…」
「植物用の成長剤を食べさせたのね…でも、普通のアリは187年も生きられないわよ…」
ムーアがそう言うと、タローは慌ててダイニングルームを出て、自分のメカニックルームへ向かう。
メカニックルームは滅茶苦茶に散らかっていた。
タローは電動ドリルを持って戻って来ると、
「鉄くずにしてやる!」
とアカネを分解しようとする。サトルが止めようと立ち上がるが、宇宙船が急に傾いて、タローと一緒に転んでしまう。
「ウワッ…なぜ急に船が揺れたんだ…まさか…」
タローの顔が青ざめる。
「どうやら俺たちは、その中にいるらしい」
ミクーダがそう言って笑みを浮かべる。
「この宇宙船とグンジョウを合体させちゃった。エヘッ!」
アカネが笑ってごまかそうとすると、
「俺が面倒をみてきた…ほうき星号が…」
と言ってタローが気絶する。
宇宙船はアリ型に変貌していて、グンジョウの意志によって動いていた。
「オカアサンニアイタイ」
とスピーカーからグンジョウの声が聞こえる。
「あの寒さなら、サーラがやけになって投げ捨てた虫カゴの中にいた女王アリも凍っているはずだから、蘇生できるかもってグンジョウに話しちゃった…」
アカネはさすがに気まずそうに話す。
「どおりで操縦かんが動かないわけだ…」
キーンも頭を抱えて倒れそうになる。
「大変なお客さんを乗せてしまいましたね、船長」
ムーアは少し愉快そうな表情をしている。
「ごめんなさい」
サトルとブンジロウが頭を下げて謝る。
「ワッハッハッハッハ!ワッハッハッハッハ!」
ミクーダは豪快に笑う。つられてキーンとムーアも笑い始める。
「あまりのショックにいかれちまったか…」
ヒロシが心配するが、ミクーダはテーブルをドンと叩き、
「こうでなくちゃ冒険はつまらない!!予定調和なんてクソ喰らえだ!!なあ!!」
と子供のような笑顔を浮かべる。
「そうだな…」
「退屈しなくて済みそうですね」
キーンとムーアもこの状況を受け入れる。
サトルは退屈という言葉を聞いてハッとした。不殺生国で気が狂いそうなくらい退屈していた日々を思い出した。それに比べたら、この状況は天国だと思えた。
「アカネ、よくやったね」
とサトルはアカネの頭をなでて褒める。
「おいおい、食料もなくてピンチなんだぞ…」
ヒロシが現実的な話をすると、気絶しているタロー以外の全員が引いた表情を見せる。
「わかったよ。なるようになれだ!」
ヒロシもこの状況を楽しむことに決める。
「大丈夫。いざとなったらペロッツを喰えばいいさ」
とキーンが笑いながら言うと、
「逆です。キーンさんにペロッツの餌になってもらいます」
とサトルが真顔で言い、
「それはいい考えだ!この贅肉を減らせるぞ!」
ミクーダがキーンのお腹を叩いて笑う。
「でも、どうして火事が起きたの?」
ムーアが尋ねると、
「確かに…」
ヒロシも首を傾げる。
「これは私のわがままだから、せめて皆のご飯をつくってから、グンジョウに起こしてもらうつもりだったんだけど…」
「それで火事になったというわけか…わがままは自覚しているんだな。ワハハッ」
キーンがそう言うと、アカネは恥ずかしそうに顔を赤くする。
「マモナク、アルテコッタニトウチャクシマス。チャクリクタイセイヲ、トッテクダサイ」
スピーカーから、先ほどより大きなグンジョウの声が聞こえる。
「おっ、張りきっているな。いいぞ、グンジョウ!」
ミクーダはすっかりグンジョウを気に入っている。
サトルたちはコックピットの後ろの席に座り、ベルトを着ける。アカネはアームを合わせて祈っている。
「大丈夫。きっとグンジョウのお母さんは無事だよ」
サトルがそう励ます。
「ありがとう…」
アカネが心からの感謝を伝えると、グンジョウは大気圏に突入して行く。
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