ターン24「キサラにプレゼント」

 夜、遅くなって――。


 ぼくは、魔法屋を、こっそりと訪ねた。


 閉まるのが早い店なので、もう、やっていないかと思ったけど……。


 店はまだ開いていて――。

 そして、キサラが、いつものように、頬杖をつきながら、店番をしていた。


 ランプの光で、その横顔が照らされている。


「ああ……、あんたなの」


 ぼくが光のなかに入ってゆくと、キサラは、めんどうくさげに、ぼくを見た。


「え? ずいぶん遅くまで、店を開いているって? ……ああ。単なる気分よ、気分。深い意味なんて、べつにないんだからね」


 そして大きなため息をついて――。


「ったく、遅かったじゃない。……あ、いや、べつにあんたを待っていたわけじゃないから。今日が終わるまで待っていようなんて、もっと、思ってないから」


 頬杖をはずして、キサラはそう言った。


「まったく。あんたは気軽でいいわよね。ここ何日か忙しそうにしていて。遊び回っているんだか、なんなんだか、しらないけど。……ぜんぜん、知らないで、好き放題遊んでて……。ほんと。ばか。お子ちゃま。しんじゃえ」


 また頬杖にもどって、醒めた目で言う。

 ああ。うん。いつものキサラだ。

 なんか雰囲気ちがう? と思ったが、いつものキサラだ。


 ぼくはここ数日。森に通っていたんだ。

 371G集めてたから。


「だいたい、家に、訪ねていっても、いないし」


 あ。来てたんだ。

 ごめんね。留守で。


「ま。あんたには、遊びのほうが大事なのよね。なにしろ、お子ちゃまだからね。ザリガニでもなんでも、そんなくだらないもの、いっぱい捕まえていればいいでしょ」


 ザリガニはくだらなくないと思うけど。すごいし。楽しいし。

 キサラだって昔は一緒に捕まえに行ってたし。女の子のなかじゃ珍しく、カエルとか苦手じゃないから、ぼくたちと一緒によく遊んでいたけど。最近なんでか来てくれないけど。

 でもやっていたのは、ザリガニ獲りじゃないよ。


 トレント狩りで、お金集めで――。


 道具屋さんは、旅の人のために、遅くまでやっている。

 ぼくはそこで、あれを買ってきていた。

 380Gのあれ。


「だいたいね。あんた。コドモのときから、無愛想すぎるのよ。なに考えてるのかわかんない。いまだって。こんな時間にやってくるし。非常識にっ。――もしあたしが、店、開いてなかったら、どーすんのよ? ま……、開けてたけどさ。――って! だから待ってたわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよね!」


 テンション低く、ぼそぼそ喋っていたはずのキサラが、急にいっぱい喋ったかと思うと、カウンターをばしっと叩いて、中腰で立ち上がると、怒鳴ってきた。


 キサラには、こういうところがある。急にテンションが変わる。

 面倒くさそうにしているところから、急に慌ててみたり、怒ってみたり。

 キサラはそういう子だとわかっているから、ぼくは不思議には思わない。


 あと、なにを勘違いしちゃいけないのか、よくわかんないんだけど……。

 とりあえず、キサラが立ってくれたから、ちょうどいいかな。

 首飾りなんだし。


「ま、まあ……、わかれば……、い、いいのよっ」


 防止を脱いで、髪をなでつけながら、キサラは言った。


「――で? うちには、なに買いにきたの? あんた最近、お金集めてたんでしょ。なにを買うの? 魔女の薬? フェニックスの尾? ビンボー薪割りのあんたなんかに、買える値段じゃないんだけど……。まあ……、特別に、まけてあげてもいいわ。……ババアには、内緒だからね?」


 キサラは、ごにょごにょと、はっきりしない物言いで言っている。

 右足に体重をかけ、左足に体重を移し、手をもにょもにょと揉んで、手の甲をぐーっとやったりと、ぜんぜん、落ち着きがない。


 動きを止めてくれない。


 だから、ぼくは、言った。

 キサラ。止まって。


「え? なに? なんなのっ?」


 いいから。止まって。

 …………。


 ――止まれ。


 キサラは、びくりと、身動きを止めた。

 ぼくは、後ろ手に持っていた首飾りを出して、それを、前にだした。


 おたんじょうび。おめでとう。

 たんじょうびっていうのは、キサラが生まれてきたことを、喜ぶ日。

 生まれてきてくれて、ありがとう。

 ぼくと出会ってくれて、ありがとう。

 きみがいてくれて、ぼくはうれしい。


 380Gの首飾りで、それ、高いのか安いのか、よくわかんないんだけど。

 もし安いものだったら、ごめんね。

 ぼくはビンボー薪割りだから、いまはこれが、せいいっぱいのプレゼント。


 首飾りを――。

 キサラの首に――。

 かけてあげた。


「あっ……、あっ、あっ……」


 キサラはなにか言葉を詰まらせている。


 ん?


「あ、あのっ……、き、きょうが……、わたしの誕生日だってこと……、知ってた?」


 ぼくはうなずいた。


 →[はい]


「じゃ、じゃあ……、あのっ……、あんたが、最近……、お金を集めていたの……って?」


 ああ。

 うん。そう。

 首飾りを買うためだけど。


 ぼくはうなずいた。


 →[はい]


「え? あっ……、えっと……、あのね? あ、あたしね……、じつは、オババのとこにさらわ――貰われてきたのが、今日、ってだけでね。べつに本当の誕生日ってわけじゃぁ、ないんだけど……。いいの? ……それでも?」


 ぼくもそうだよ。

 ほんとうの誕生日でなくたってもいいんだよ。


 きみがここにいてくれる。

 それをお祝いする日なんだから。


 ああそうか。答えないとだめだよね。

 ぼくはうなずいた。


 →「はい」


「あ、あっ……、あっ……、ありがと」


 とてもとても、小さな声で……、キサラはお礼を言った。


 どういたしまして。


 キサラは、その細い指先で、鎖の先についた石を、もてあそんでいる。


 さて。プレゼントも渡したし……。

 帰ろっかなー。


 そう思って後ろを向いたところで――。


「あっ。ちょっと待って」


 キサラが言ったので、ぼくは待った。


「こっち来て」


 キサラが言うので、ぼくは来た。

 じゃなくて、キサラのところに行った。


「ちょっと目ぇ、つぶってなさい」


 なんで?


「いいから! 目、つぶれって、言ってんの!」


 キサラが怒る。


 どうしようか……?


 目をつぶりますか?[はい/いいえ]


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