第6話 卵
2016年10月6日ー
優子さんにかつ日和に呼び出され、伺ってみると、2杯目のかつ丼が優子さんに運ばれて来たところだった。
「モデルガンにすり替わっていたんですか?」
「そうよ」
優子さんは不機嫌そうにそう言うと、かつ丼を口いっぱいに頬張る。
もしかしたら3杯目のかつ丼かもしれない。
「あれは本物だったって上司に食い下がったら、『疲れているんだろう。しばらく休みをとれ』ですって」
「ひどい上司ですね」
と言いながら、僕は優子さんの休暇中にデートできるかもしれないと喜んだ。
「僕のほうは、LINEに1ヶ月間、銃器の販売を停止することと、今度通報したら、即座に死刑が執行されるというメッセージが届きました」
「そう…。で、住むところは見つかったの?」
僕は首を横に振った。
昨夜、優子さんとラブホテルで銃器見学を終えると、僕は新宿まで送ってもらい、ビジネスホテルに泊まることにした。
本当は渋谷にしたかったけれど、優子さんの自宅から気持ち悪がれない程度に近い新宿を選んだのだ。
寝る前にまともな食事を取りたかったので、回転寿司屋でお寿司をテイクアウトした。ホテルの部屋で誰の視線も気にすることなく、お寿司を味わおうとしたのだが、醤油が入っていない。回転寿司屋に醤油を取りに行こうかと思ったが、僕が連続殺人の容疑者だったことを知っていて、わざと醤油を入れなかったかもしれない。
僕は少し離れたコンビニまで醤油を買いに行った。ホテルに戻ると、フタをすることを忘れていたので、お寿司は乾燥していた。もう食べる気がしなかったので、シャワーを浴びて寝ることにした。
誰も起こしてくれないので、起きた時にはチェックアウト時間を過ぎていた。追加料金を払いホテルを出ると、ビジネス街から離れた北新宿で住む家を探したが、仕事もなく、保証人もいないので、部屋を借りることができなかった。どうしたものかと思案していたところ、優子さんから電話がかかってきた。
少し落ち込んでいたけど、優子さんの声を聞くと、元気が出てきた。あのタイミングで電話がかかってくるなんて、優子さんは運命の人かもしれない。
かつ丼をがつがつ食べる優子さんを見ていると、どんどん好きになってしまう。
「連続殺人なんかするから自業自得だわ」
下手になぐさめたりしないところも優子さんらしい。
「しばらくは、ホテルに泊まります」
「…遅いわね」
優子さんは腕時計を見て、苛立った表情を見せる。
すると、がっしりとした男が店に入って来て、優子さんの隣に座る。
「悪い、悪い。調査が長引いちゃって」
「ちょっと、あっちに座ってよ」
優子さんは露骨に嫌な顔をして、箸で僕の隣を指した。仕方なさそうに、がっしりとした男が席を移動する。
「この方は…」
優子さんは僕の質問を無視する。
「優子の夫の聡だ。三浦聡」
エッ、優子さんの夫?僕の優子さんが結婚していたなんて!
「何が夫よ。もうすぐ別れるでしょ。職場では旧姓のままにしていて正解だったわ」
「なんの、まだ半年チャンスがある。すみません、かつ丼の卵なしをひとつ!」
体だけでなく声もデカイ男だ。
「この人、卵が好き過ぎて毎日食べてたら、半年前に急に食べられなくなったのよ。こんなバカと一緒に暮らすなんて私にはムリ」
「でも、1年以内に食べられるようになったら、戻って来てくれるんだろ」
「どうでしょうね」
「おいおい、約束は約束だろ」
そこに卵でとじられたかつ丼を店主が持ってくる。
「卵なしのかつ丼なんてウチにはない」
聡さんの反応など気にせず、店主は厨房に戻る。
「よし、見てろよ。こうなれば食ってやる」
聡さんは意を決して、勢いよくかつ丼をかっ食らった。
そして今、公園のベンチで僕は優子さんと並んで座っている。とてもキレイな満月が出ていて、いい雰囲気だ。あの人がいなければいいのに…。
青白い顔をした聡さんが公園のトイレから出て来る。
「もうちょっと猶予をくれないかな?」
「嫌よ。約束は約束でしょ」
さすが優子さん、見事な一刀両断だ。
「それで俺に頼みって何なんだよ」
「高杉くんを、あなたの部屋に住ませてあげて」
「エッ?」
僕と聡さんは同時に反応した。
「あなたの部屋って、お前の部屋でもあるだろ。それに彼は、あれだろ…」
「そうよ。連続殺人犯よ」
「俺が殺されたらどうなるんだよ」
「ふふっ」
優子さんが愉快そうに笑う。
「お前、まさかそれが目的なんじゃ…」
「違うわよ。高杉くんが逃げないように見張っていてほしいのよ」
これはウソだ。僕は6人の死の清算者に命を狙われているかもしれない。優子さんは、僕と聡さんがいっぺんに殺されたらいいと思っているに違いない。
計算高い優子さんがますます魅力的に見える。半年後にこの大声野郎から、優子さんを救ってみせるのだ。優子さん、それまでどうかこいつを殺さないように耐えてください。そして僕も、こいつを殺さないように我慢しなければ。
しかし、一緒に暮らして、殺意を抑えることができるだろうか。こいつが優子さんとセックスしていたと思うだけで、動機は十分過ぎてほどある。
「じゃ、頼んだわよ」
優子さんは返事も聞かないで去っていく。
「お互い、やっかいな女を好きになってしまったもんだな」
「僕は別に…」
「照れるなって」
聡さんがバシッと僕の背中を叩く。
「さぁ帰ろう」
僕はやはりこの人が苦手だ。
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