第二十七話
「あなたは確か、ザリーヌという名前だったわね。ノゴ地方領主ヒルレーヌの息子の」
ネルゴットの言葉に、拘束され膝を折ったザリーヌは何も答えない。その横にエインが立っている。その周囲では怪我人の治療をしたり捕虜を運ぶ騎士が動き回っていた。
エインに指揮官を奪われ、さらにイヴュル帝国軍が壊走したのを見ると、残ったノゴ地方領騎士たちはザリーヌを見捨てて逃げ去っていた。イヴュル帝国の騎士たちは逃げた者が多いが、魔法で焼かれた騎士のほとんどが捕虜として捕らえられている。
「……ネルゴット様、救援に来た私等を攻撃し、私をこうして縄で拘束する。これは一体どういうことですか? 場合によっては正式に抗議させていただきますが」
自分がやったことなどまるで棚に上げ、ネルゴット達のほうに非があるといった顔で語るザリーヌ。彼を見るネルゴットや、包囲する騎士達の顔が怒りに歪む。口々に罵倒と怒号が飛ぶ。しかしザリーヌは平然とした表情だ。
「ふざけないで! あなた達がイヴュル帝国と共謀して私達を攻撃してきたのは明白だわ! これは立派な反逆罪よ」
「そんな事実はありませんよ。証拠はあるのですか? それより、この少年は誰ですか? 彼は私の部下の騎士を何人も殺しています。あなた方の知り合いとなれば、それも含めて抗議させていただきますよ。それこそ同じ王国の騎士を殺すなど反逆罪です」
周囲の人間の視線がエインへ向けられる。しかしエインは平然としたものだ。
「たしかに彼が誰なのか、ちゃんとした説明は聞いていなかったわね。ネミール」
ネミールが頷いて口を開けようとしたとき、どこからか声が聞こえた。
「それは私がお話いたします」
騎士達の間から出てきたのは、なぜかメイド服のアイリーンだ。
「アイリーン……」
「ネルゴット様。ネミール様をお連れしたお叱りは後でいくらでもお受けいたします。それよりも彼、エインがなぜここにいるのか説明します。まずは……」
アイリーンは騎士に追いかけられ吹雪の中エインの家に助けを求め、それから村へ行くと村人が全員殺されていたこと。そして三人でここまで来る間に起きた出来事を、アイリーンはネルゴット達へ説明した。
「なんてこと……村が……」
一つの村が殺戮され尽したと聞いたネルゴットは唇を戦慄かせた。信じられない気持ちで目を向けるが、アイリーンは沈痛な顔で頷く。重い息が漏れた。
「その村はエインが住む家の近くで、子供のころから村の人々とは家族のようなものだったそうです。なのでその原因を探るため私達と同行していました」
「それでね、村のことをお母様とお父様に調べてもらえるように頼んであげるって、私エインに約束してたの。いいよね、お母様?」
「ええ……もちろんよ」
「いえ。村の人々を殺害したのは誰なのかもうわかっています。そうですね、エイン」
「……途中の村で一人傭兵を尋問したんだ。傭兵が言ったのは、村の人たちを殺したのはグイル傭兵団で、それを騎士たちは止めなかったって……」
ネルゴット達の目が一斉にザリーヌへ向けられた。それに鼻をふんと鳴らす。
「知らないな。一体何のことだか……」
エインが音も無くザリーヌの目の前にナイフを差し出し、誰もが驚きで目を大きくする。
「……どうして村のみんなを殺したんだ」
ザリーヌが抗議しようと口を開けた瞬間、エインの手から銀光が閃いた。開いた口から絶叫がほとばしる。鮮血とともにザリーヌの耳が雪の上へ落ちた。
「エイン!」
ネミールが悲鳴をあげるが、エインの目はザリーヌの顔しか見ていない。
「村のみんなは、僕の家族だった。じいちゃんとばあちゃんが死んでから、一人になった僕を心配してくれて……」
再びナイフを持つ手が動き、ザリーヌの腕へ突き刺さる。激痛に叫びながら逃げようともがくが、縄で拘束されているため奇妙に体をうねらせるだけだ。
「トスーヤとロファは、僕を本当の子供みたいに優しくしてくれて……やっと子供ができて、それで僕はお兄ちゃんだよって笑って……それなのに、どうして殺されるんだっ!」
腕に刺さったナイフを捻り、傷がえぐられる、甲高い悲鳴がザリーヌからあがる。
「言うんだ。言わないと……殺す」
燃えるような殺意を宿す瞳に心を飲み込まれ、ザリーヌは語りだす。
狂った計画を修正するため、ザリーヌ率いる騎士団と傭兵団は急いでいた。計画ではネルゴット達と同じイヴュル帝国討伐部隊として同行するはずだったのだ。しかしまさか先に行ってしまうとは全く思っていなかった。領主城に到着してみれば誰もいなかったときの衝撃は計り知れないものだった。
早く追いつかなければならない。これに失敗すればヒルレーヌに叱責され放逐されるだけでなく、このような企みが王に伝われば身の破滅だ。成功させなければならない。運がいいことにこの近道を知っている傭兵がいた。おかげで何とかなりそうだ。
日が落ちきる前に小さな村へ到着できた。ほっとしていると傭兵達の親玉でもあるグイルがザリーヌへ近づいてきた。
「なあ。俺がどうしてこんなキツイ目にあってんだ」
苛立ちを隠そうともせず貴族であるザリーヌに文句を言う。腹立たしいが傭兵達の機嫌を損ねれば計画に支障をきたすため、ザリーヌは落ち着いた様子で応える。
「仕方が無い。討伐部隊が先日に出発していたんだ。急がなければ追いつけない」
「そりゃあ、俺はわかってる。でもな、他のやつらはどうか知らねえ」
絶対に理解していない様子でグイルはアゴを振る。その先では傭兵達が見るからに不満げな様子でたむろしていた。その様子を不安な表情の村人達が遠巻きに見ている。
「いいか。あいつらはこの作戦のためにずっと待機してた。酒も女もやらずにな」
「嘘をつくな。お前達にはそれなりの金を渡しているだろう」
「あんなもんすぐに無くなった。でだ、その不満は爆発寸前ってわけだ。あと何日こんな移動をするのか知らねえが、今のうちに発散させとかねえとマズイぜ。こんなしけた村には酒場も娼館も無いからな」
ザリーヌは頭を悩ませる。今回雇った傭兵は、グイル傭兵団をはじめ悪名高い人間しかいない。もし本当に不満があふれ出せばどうなるかわからなかった。
「……わかった。ただし全員殺せ。証拠を残すな」
「さすがだぜ指揮官様。お前ら! 許しが出たぞ、気のすむまで暴れろっ!」
歓声をあげた荒くれ者どもは、村人達を襲い殺害し、家に押し入っては金や酒に食い物を略奪する。悲鳴が村中であがり、阿鼻叫喚の地獄だ。
「まったく、これだから下劣な傭兵どもは。騎士を数名村の入り口に立たせろ。万が一逃げ出したものがいたらまずいからな」
この見張りがネミールとアイリーンの馬車を見つけることになる。その報告を受けたザリーヌは騎兵二人に追わせた。その夜吹雪で見失ったと言って戻ってきた部下に、必ず見つけ出して殺すまでは戻ってくるなと、彼は厳命した。
騎士が去っていくと、ザリーヌは聞こえてくる傭兵達のばか騒ぎに顔をしかめた。
「のんきなものだ。こっちはお前らの後始末をしているというのに……」
「ザリーヌ様。村人の死体は全て集め終わりました」
報告をしてきた騎士をぞんざいに手で追い払う。こうして一つの村が滅びた。
血を流しながら泣き声で村が滅びるまでの一連をザリーヌは語った。そのあまりに身勝手で慈悲の無い真実に、誰もが顔から色を失っている。
「……そんなことのために、罪も無い村人達を虐殺するなんて……」
ネルゴットの口から震える声が漏れる。握られた拳は白くなっていた。
「仕方が無かったのだ! 傭兵がいなければ計画通りにはいかない!」
「ふざけないで! そんなの自分の保身のためでしょうが! 人の命を何だと思って!」
エインはナイフをザリーヌの首元へ近付ける。その瞳からは光が消えていた。あるのは明確な殺意だけ。押し付けられたナイフが首から一筋の血を流させた。
「そんな理由で……みんなが……そんな……」
「待ちなさいエイン! その男を殺しては駄目よ。死んだら証言ができなくなる!」
エインは何も反応しない。じっと震えるザリーヌを睨み、首へナイフを押し付けていた。
「村の人たちを殺したのはその男たちだけれど、その原因は他にいるわ。今回の計画の首謀者、ヒルレーヌよ! その男の証言があれば、ヒルレーヌを裁くことができる!」
息もできない沈黙の時間が続いた。
「……そのヒルレーヌは、死ぬのか」
抑揚の無い言葉は虚無そのもの。まるで氷に背中を撫でられたように震える。暗い目を見据えながら、ネルゴットは声を絞り出すように言った。
「ええ。村の住民を殺し、仲間である騎士を襲い、さらに敵国であるイヴュル帝国と共謀する。これだけの罪が重なれば、極刑は免れない。間違いなく処刑されるわ」
エインとネルゴットの視線が絡み合う。そして、ナイフが首から離れる。安堵したザリーヌは崩れ落ち、その身柄を騎士たちに確保され連れて行かれた。
「エイン……」
ネミールは言葉無く俯くエインへ近づき、その体を抱きしめた。
「……みんなの仇、これでとれたかな……」
「きっと……村の人たちは喜んでくれてるとおもうよ」
声も無くエインは涙を流す。ネミールはさらに力を込めて震える体を抱きしめた。
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