第二十四話

「ウオオオオ!」

 雄叫びを上げだ傭兵グイルは馬を走らせ、騎士の横を通り過ぎながら切りつける。斬られた騎士は血を噴き出して死亡した。続けて二人、三人と剣を振るい殺していく。

「ガハハハ! 弱い、弱すぎるぜ!」

 すでに騎士団の左翼部隊はザリーヌたちノゴ地方領騎士団と、グイルを含めた傭兵団によって壊滅的な打撃を受けていた。三百もいた数は、もう残り数十人まで減ってしまっている。残った者も全身傷だらけで、体力も残っていない。

「まだ残ってるみてえだが、まあ楽勝だ。んー? 向こうの傭兵どもは手こずってるな。ヘヘ、さっさと片付けて手伝いに行ってやるか」

 そう鼻歌交じりに剣を肩へ担いだ瞬間、頭上が突然暗くなった。グイルは何気なく頭上を見て、口をあんぐりと馬鹿のように開けた。

「なんだこりゃ?」

 そこで彼の意識は途絶えた。


「今のところ順調だな」

 ザリーヌは戦況を見て小さな笑みを浮かべた。

 周囲は自分の率いる騎士団が相手を圧倒していた。しかし本当に圧倒しているのは彼ら騎士団ではなく、数だけは多い傭兵達だった。ザリーヌが率いる騎士はすべて騎兵で、数は二百。そして傭兵は八百。そのうち騎兵は百だ。

 まず騎士たちと馬に乗った傭兵が背後からエル地方領騎士団左翼に、後方から突撃。そのまま弧を描くように騎士達を蹂躙しながら通り抜けると、混乱した彼らへ走ってきた傭兵達が次々と襲いかかった。歩兵の傭兵達だけでも左翼の二倍も数が多い。そこに騎兵も加わるのだから、左翼が持ち堪えることなどできなかった。

 ザリーヌは宙を羽ばたく炎の巨鳥へ目をやる。あれがいつこちらへ来るか、その口から火炎弾が飛んでくるか不安で仕方がなかったが、その様子は無い。こちらではなくイヴュル帝国側を目標にしたようだ。

 ザリーヌはほくそ笑む。今は協力しているとはいえ、イヴュル帝国は味方などではない。彼らの命でネルゴットが消耗してくれるなら、それは幸運なことだった。

「勝利の女神は私に微笑んだ」

 そう笑っていると、頭上を大きな影が通り過ぎていった。不思議に思い目線を上に向けると、彼は自分の目を疑う光景を目撃した。

「何だこれは!」


 雪を蹴り上げ、一頭の馬が疾走していた。力強く動く四本の脚がえぐる雪の跡は、まるで夜空を切り裂く流星の軌跡のように見える。

「まだ遠いの! もっと近くに!」

「わかった」

 馬の鞍には二人の人間が乗っていた。エミールとエインだ。エミールは体を小さくして強く鞍を掴んでいる。馬のスピードが速いため顔へ当たる風圧が強く、目を閉じていた。だが彼女にとって今目が閉じている事はどうでもいいことだった。なぜなら彼女が意識を集中していたのは、自分の魔法で作った小鳥の視界だったからだ。

「もう少し!」

 ネミールの視線はいつもと違い、かなり高い場所からだった。それは人の身長の二倍よりも高い場所。飛ぶ鳥の位置だ。その位置からは戦場の全体を俯瞰して見る事ができた。そしてその位置は、ネミールがいる場所より前方だった。

 馬を駆るエインからはその光景は見えない。視線の先には殺戮をくり返す男達の姿が見えるだけだった。口元に笑みを浮かべ、多人数で一人の騎士を襲う。まだ遠い位置だったが、鍛えられたエインの目はその光景を鮮明に捉える。その姿に村人達を殺す傭兵達の幻を見て、奥歯を強く噛む。

「見えた!」

 ネミールは小鳥を操り高度を下げると傭兵達の頭上から、大量の火炎弾を発射した。一つ一つは小さな火種だが、それが何百、何千とも集まれば、ネルゴットの火炎弾と勝るとも劣らないほどの威力を見せる。

 爆発音とともに大きな火柱と煙があがる。そこには傭兵達がいたはずだが、何十人分もの穴がぽっかりと空いていた。

「やった!」

 ネルゴットの喜びを表すかのように、炎の体を持つ小鳥の大軍は渦を巻くように戦場の上空を飛び回る。その羽ばたきが空気を震わせ、ぶうん、という低い音を響かせた。

「まだできる?」

「全然大丈夫だよ!」

 再び小鳥の群れを動かしたネミールは、一斉にその口から火炎弾を発射させた。小さな火が集まり、それは巨大な火の玉と変化する。逃げることもできなかった傭兵達は、爆発に巻き込まれて炭となり、吹き飛ばされて運のいいものは気絶と数箇所の骨折、悪い者は内臓破裂や地面と激突して首の骨を折って死んだ。

 頭上を何千羽という鳥に埋め尽くされる。しかもそれが全て炎の体を持ち、その口から放たれた炎が自分達を焼き尽くす。そんな異常事態に、傭兵達は浮き足立った。

「な、なんなんだこりゃあ?」

「聞いてねえぞ! 魔法使いは一人だけじゃなかったのかよ!」

 悲鳴混じりの悪態をつく傭兵達。その頭上を今も鳥の群れが埋め尽くし、異様な羽ばたく音を響かせている。そして、三度その口を開いた。

「に、逃げろおおおおおお!」

 また聞こえた爆発音にザリーヌは顔を歪めた。空を飛ぶ炎の小鳥の大群を殺意を込めて睨みつける。

「アレは何だ! ネルゴットは複数の魔法が使えるとでもいうのか!」

 離れた場所に浮かぶ炎の巨鳥へ目を向ける。事前情報であの鳥はあまり離れた場所へ移動させることはできなかったはずだ。つまり彼女はあの場所にいる。では、この鳥の大群は一体何なのか。

 ザリーヌは周囲を見渡し、後方に一頭の馬が走っているのを発見した。その馬に騎乗している人間を見て眉をひそめる。二人の子供だったからだ。目を細めて誰なのか顔を確認する。一人の顔は全く知らない顔だった。そしてもう一人の顔を確認したところで、ザリーヌは驚愕に目を開く。見た事があった顔だったからだ。

「あれは、ネルゴットの娘! そういうことかっ!」

 ザリーヌはその両目に殺意を光らせた。


「いいですか、お嬢様。無理はしないでくださいね」

「大丈夫。やってみる」

 ネミールは目を閉じて精神を集中させる。一羽の小鳥が出現した。

「やっぱり無茶なんです。そんないくつも鳥を出すなんて……」

 アイリーンがそう言った瞬間、二羽目の小鳥が現れた。そして次々と小鳥は増え続け、ネミールの姿を多い尽くした。さらに数は増え続け、ネミールの周囲だけでなく、アイリーンやエインも覆い隠すほどの大群となる。

「これでどう……って、わあっ!」

 目を開けたネミールは視界を埋め尽くす炎の小鳥に驚く。

「アイリーン、エイン、どこー?」

「ここですお嬢様」

「この鳥達を動かしてよ」

 ネミールが小鳥達を操ろうとした瞬間、頭痛と眩暈を感じた。一気に何千羽という鳥達の視界が流れ込んできたからだ。頭を誰かに高速で振り回されているかのような感覚に苦しみながらも、鳥の群れを頭上に集めることに成功した。

「やったね」

「すごいです、お嬢様! おや? なんだか顔色がすぐれませんが?」

「うん……こんな魔法使うの初めてだから、ちょっと慣れなくて……」

 頭を押さえながら笑うネミール。

「これなら大丈夫そうだね」

「いいえ。本当にこの魔法が強いのか確認しなくては」 

 そしてネミールは鳥達に一斉に火炎弾を発射させ、その威力に三人とも言葉を失う。

「こ、これなら大丈夫……だよ、ね?」

「は、はい……そうですね、お嬢様……」


 ネミールの魔法で攻撃され、逃げ出した傭兵達をエインは鋭い目で見ていた。

 アイリーンの姿は無い。彼女を乗せた馬を引いていてはこんなふうに走れないため、彼女は泣く泣くその場にとどまる選択をした。

 最初に左側の傭兵達を攻撃するように言ったのはアイリーンだった。背後を襲われていたらネルゴット様は逃げることもできない。なのでまず背後の敵を一掃するべきだと。

 右側の傭兵達は数も多くなく、騎士たちでなんとか対処できるはず。だから数が多い左側の傭兵達をまず魔法で攻撃する。彼らは勢いがあるときは強いが、一度恐慌に陥ると訓練を受けた騎士とは違って簡単に逃げ出す。うまくいけば魔法で脅すだけでそうなるだろう。その説明どおりの出来事が目の前で起こっていた。

 頭上を覆う鳥から逃げるため、傭兵達はてんでばらばらの方向へ逃げていた。

「これであとはネルゴットさまのところへ行けばいいのかな」

 前方から騎兵がこちらへ駆けてくるのが見えた。エインの表情が鋭いものに変化する。

「あの馬に乗っているのはネルゴットの娘だ! あれを殺せばこの魔法も消える!」

 ザリーヌは騎兵を二十、ネミールへと差し向けた。相手はたった一騎だ。乗っているのも子供だけ。しかし強力な魔法使いであろう彼女相手には、これでも不安だった。

 武器を構えて殺意に光る両目で突進してくる二十もの騎兵。それは普通の人間なら恐怖に慄いて逃げ出すような光景だが、エインは静かに騎兵を見据える。

「どうしたの?」

 目を閉じているネミールには近づいてくる馬の足音しか聞こえない。不安そうな彼女に、エインはいつもと同じ様子で言う。

「大丈夫。僕を信じて。鞍にしっかりつかまっていてね」

 エインは速度を緩めない。両者の距離が接近する。先頭を走っていた騎兵が剣を振り上げた瞬間、エインは手綱から片手を離し、腰に隠しているナイフを取り出して投げた。それは騎士の首に精確に突き刺さり、その体は力を失って落馬した。

 驚いたのは他の騎兵達だ。彼らにはエインの腕の動きが見えなかった。急に前を走る騎士が突然落馬したようにしか見えなかったからだ。

 次に襲い掛かってきたのは二人の騎士だ。一人は剣を構え、もう一人は槍を突き出している。二人を相手にするのは不可能化と思えるが、エインは動揺もせず今度は両手を手綱から離す。走る馬の上で姿勢を崩すことなく、その両手が同時に動く。その瞬間、二人の騎士が首にナイフを生やした。彼らも同じ様に馬から落ちる。

 騎士達の顔色が変わった。信じられないが、あの少年は化け物級の技量の持ち主だ。高速で移動し安定もしない馬上で投げたナイフを命中させるなどありえない。

 騎士たちはエインを包囲することにした。半円状に陣形を組みなおし、押しつぶすのだ。その動きを察したエインは、さらに馬の速度を上げた。まだ陣形を動かし始めたばかりの騎士たちは焦る。すでに距離が近すぎるため、包囲することは諦めて迎え撃つ。

 雄叫びをあげて騎士達も速度を上げた。武器を振り上げ肉薄するが、その手の剣が届く前に首にナイフが突き刺さる。一瞬で五人の命が失われた。

「おおおおお!」

 正面の騎士が落馬して主を失った馬が横へ逃げると、その後ろにもう一人騎士がいた。ナイフを投げる余裕は無い。エインは小さな投げナイフではなく、祖父の形見である肉厚で大ぶりなナイフを鞘から抜いて構えた。

 騎士の顔に優越感に満ちた笑みが浮かぶ。そんなナイフで剣を受け止めることなどできない。しかも子供だ。小さな体と細い腕では、馬の速度が乗った攻撃を受ければ簡単に吹き飛ぶことだろう。勝利の確信を持って剣を振り下ろす。

 鉄と鉄が擦りあう耳障りな音がした。騎士の目が驚愕に見開かれた。自分の剣がナイフで防がれたからだ。エインは剣の側面を撫でるように受け、相手の剣線を曲げたのだった。

 悔しさに顔を歪めた騎士がエインの横を通り過ぎて馬を反転させようとした瞬間、手に違和感があった。何だと思い右手を見ると、握っていたはずの剣がなかった。それだけではなく、剣を握るための指が数本無くなっている。絶叫が口から噴出した。

 エインは血に濡れたナイフを片手に握りながら、その手で手綱を操る。空いた手で腰の投げナイフを入れている鞘を探った。残りはもう数本しか無い。エインは眉根を寄せる。家から出た際はこんなことになるとは思っていなかったため、投げナイフを多く携帯していなかった。使い慣れた祖父のナイフをいつも身につけていたことは幸いだった。

 まだ敵騎兵は十以上もいる。このまま戦って全滅させることはできるかもしれないが、さすがに危険なうえ時間も取られてしまう。もし馬がやられてしまえば、移動手段も無くなる。まだネルゴットがいる位置まで距離があるのだ。

「落ちないように気をつけて」

 エインは一声ネミールにそう言うと、接近していた騎兵達の目の前で急激に馬の向きを変えた。その動きについていけず、騎士たちはたたらを踏む。エインはその左側面を猛スピードで駆け抜けて言った。

「エ、エイン! 魔法でやっつけようか?」

「ううん。それより傭兵達を早く追い払って」

 炎の小鳥の群れは、傭兵達を追い散らすために頭上を飛び回っていた。魔法による攻撃を温存するためだ。鳥の大群を作り出したのは初めてで、どれだけの回数あの火炎弾を使えるのかわからない。すでに傭兵達はほとんど逃げ去っていたが、まだそれなりに数が多かった。また、傭兵達がいなくなっても、まだイヴュル帝国の大軍が残っている。

 前方から爆発音が響いた。ネルゴットが魔法を使ったのだ。立ち上る黒煙が見える。

「お母様!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る