★★ Very Good!! (ネタバレ有)いいサンプルになった ~ 『妖精の入った小瓶』より

 面白かった。

 疑問のほとんどは投げっぱなしで全く回答をしていなかったり、批判しようと思えば穴はいくらでもある。

 ただ、価値があるのはそれらに目が行かなくなる面白さがどこからきているかであって、それは「ある仮説」を裏付けてくれたように思える。


 注目の的であったはずのビンの中身は、主人公自身が語った昔話の中に出てくる怪奇と寸分違わぬ存在でしかなかった。

 なぜ予測できたのか?

「この主人公はエスパーかなにかなのだろうか?」

 しかもラストでは、主人公はなにひとつハッピーになってはいない、むしろホラーな経験をさせられただけだ。

 伏線は張るだけ張って、まるっきり回収されていない。

 全く非生産的な流れで、オチも作者自らばらしてしまう。


 自分に自信のある評論家ならこう言うかもしれない、「なにもかもがダメだ、0点じゃないか」と。



 では、この物語はなぜ面白いのか?



 この物語のラストは、中盤で語られた昔話の不幸なオチを回収したものである。

 この物語が後半どこへ行くのか、読者はそれを昔話によって頭の中に刻み込まれてしまった。

 しかし、たとえば「そんな安直な話のはずがない」という期待など、さまざまな理由によって、すぐにそれを過去のものとして記憶の底に封印してしまう。


 さて、ストレスとは、思考が滞ることである。


 たとえば海水浴でサメに襲われて浜まで逃げようとするとき、そこに興奮はあってもストレスはない。なぜなら、それがベストにして唯一の選択であり、迷いがないからだ。

 その一方通行、快速でスムーズな思考、それこそ知的な快感の一種である。


 さて、この昔話を聞いた後に後半の物語を読めば、当然ながら頭の中にちらつく何かがあるはずだ。

 物語の展開に多少無理があったり、ご都合主義だったりしても、まるで「それがベストにして唯一の選択肢であるかのように」理性が批判をするいとまもなく展開がスムーズに頭の中に入ってくる。

 それは、読者が無意識で予測したとおりだからだ。

 なぜ予測できたのか?

「この私はエスパーかなにかなのだろうか?」

 そして、その無意識に刻まれた過去となってしまった不幸な物語を、ラストを入れ替えて幸福な物語(相対的に見て)に塗り替えてしまうのだ。

 その知的な塗り替えによって発生する開放感もまた、知的な快感のうちの一種だ。


 当然、それらは作者が仕組んだ、あるいは無意識のうちに配置した「情報開示」による効果だ。

 逆にこれがあざとすぎたり、不快を伴うものだと頭がその展開を排除する方向へと動いてストレスの原因となってしまう。

 どうも、この「先触れ」とでもいうべき情報は、あまり論理的な内容であると、論理的に処理されて批判の回路に回されてしまうのではなかろうか。むしろ非論理的にさらりと語られた「他の情報との結びつきのない浮いた情報」であったほうが効果が高いように見受けられる。

 そう、なんの情報もなしに答えをあっさりと見抜くエスパー主人公のつぶやきが、物語を面白くしたように。


 つまりだ。

 批判する隙のない完全な物語を目指すくらいなら、「これから書く情報を読者の頭のどの部分にストンと入れることができるか」を究明し、それを操る技術のほうが、面白い物語を作るうえでは遥かに重要で、奥が深いのだろう。


 それを意識せずに操る「習慣」を持った人間を天才と呼ぶのは正しい呼称だろう。

 しかし、これらのテクニックを才能と呼んで片付けて思考停止してしまうのは、あまりにも無謀ではないか。

 その技術に目を向けずにプロ作家を目指そうなどというのは、目を塞いで車を運転するような危険な行為ではないのだろうか。


 ちなみに、私はこれらを「才能」と呼んで思考停止する人間をまったく評価しない。

 その時点で、ただの「偶然プロになった奴」だとか「無能な編集」だとしか思わない。

 だって、世の中にはこういったテクニックの研究を積み重ねて、そのうえでプロになった人間がいて、さらにそのうえで、それでもなお売れない本は売れないという出版業界の現状があるのだから。

(伏線という言葉を始めて作った人間はこれを指した言葉として生み出しており、現代で使われている伏線という言葉は全く別の意味で誤用されて定着したものではないか? とも考えられる。だとすれば、伏線は回収したと読者に悟らせるべきものではないし、本物の伏線を意識から排除して無意識へと送ることを目的とした無数の「複線(誤字じゃないんだからねっ!)」があったとしても、それは作品の完成度を落とすものではない)


 ぜひ、才能の有無だなどといって思考停止せずに、こういった技術を究明していって欲しい。そのためには、カクヨムで高い評価を得たこの作品は重要なサンプルになるものと思う。

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