第19話 2001年(2)

2001年8月12日(日)  天気:晴れのち雨 最高気温:32.8℃


昼過ぎに父に蹴られて目を覚ますと、そこは沖縄の実家だった。至極当然な話ではあるが、実家に帰って来ていることを思い出すためには十数秒の時間を要した。

タバコを吸いたいが、母と兄に見つかると露骨に嫌な顔をされる。父は自分も吸っているので何も言わない。女だからタバコを吸うな、と言わない点には好感を抱いている。


そして、私は今、タバコを吸いながら防波堤で釣りをしている。一匹くらい釣らないと、恥ずかしくて東京に戻れない。佐藤くんにも釣りは上手なほうだと自慢してきた。

佐藤くんがいなかったら、私はとっくに『アイキャッチ』を辞めていただろうな。或いは、辞めさせられていただろうな。

浮きが沈んだが、竿を上げるのが遅れたために、逃げられてしまう。まあ、あの浮きの沈み方は、エサ取りだろう。いつでも大物がヒットしてもいいように集中しなければ。


私はくわえていたタバコの火を消して、オリオンビールの缶に捨てる。その拍子で缶が転がって、海に落ちてしまう。

「やーよ、海に謝れ」

俊が邪魔しにやって来た。今日は手ぶらだった。

「ワッター(俺たち)の大事な海だばーよ」

私から釣竿を奪うと、俊は海に落ちた缶に引っかけようとする。


ザブン。私は海に飛び込むと、缶を拾って俊に投げる。もう、釣りはいいや。私は、プカーッと海に浮かぶ。

ザブン。俊も海に飛び込んでくる。

「帰ってこいよ」

「帰れないよ」

「そうか」

「そうよ」

「勝負するか?」

「よーい、スタート」

私と俊は海中に潜って、息止めの勝負をする。色とりどりの魚たちが泳いでいる。私は何色をしているのだろう。何色になっていくのだろう。


変な感じだ。家族四人で夕食を食べる。くすぐったい感じがする。学生の頃は、帰省した時にすんなり輪に入ることができていたのに…。

昨日は朝まで俊たちと飲んでしまったので、今日は家族と夕食を食べようと思ったのだけれど、やっぱり今日も遊びに行けばよかった。

「と、東京で何かあったのか?」

兄が聞きづらそうに尋ねてきた。

「何もないよ」

私がそう答えると、また沈黙が訪れる。

「町子、お父さんもお母さんも怒らないから、何があったか話しなさい」

母が茶碗を置いて、やや強張った表情で聞いてくる。

「だから何もないってば」

私がちょっと苛立って答えると、

「あんなにお喋りだったのに、さっきから黙って食べて、町子らしくないさー」

と母に言われる。兄も心配そうに私を見ている。父は黙って、泡盛を飲んでいる。

父は私と目が合うと、台所からグラスを持って来て、私の前に置くと、泡盛をなみなみと注いだ。私は口を近づけて、泡盛をすすり飲んだ。

「こら、町子、はしたない」

母には怒られたが、父は一瞬だけ笑った。

「フハハハハッ」

私が声を出して笑うと、

「ククククッ」

と父も我慢できずに笑い出す。

「何がおかしいの?」

母は訝しげに私と父を見る。兄は、オリオンビールを飲み干すと、グラスを持って来て、一緒に泡盛を飲み始める。

「町子、大人になったんだな」

兄はそう言って、タバコに火をつける。自分はタバコを吸う癖に、私がタバコを吸うと文句を言ってくる。

構うものかと、私もタバコを取り出し、口にくわえる。兄が火をつけてくれる。父もタバコに火をつける。

「あんたたちよ、食事中になんねー」

母は私に狙いを定めて、扇風機の首振り機能を停止する。

「ゴホッ、ゴホッ。痛い…」

タバコの煙をもろに受けて、私は咳き込み、目が痛くなる。

「ダハハハハッ」

それを見て、怒っていた母も、父と兄と一緒になって笑う。

兄が、強風にする。私の顔にタバコの灰がかかる。また、笑いが起こる。ただいま、お母さん。ただいま、お父さん。ただいま、お兄ちゃん。

「お帰り、町子」

父はそう言うと、私と乾杯して、泡盛をゆっくりと味わいながら飲んだ。

「お母さん、グルクンのから揚げデージおいしい!」

「ほら、いっぱい食べなさい。東京では食べられないからねー」

母は自分の分のグルクンの唐揚げを私にくれた。やっと、普段通りに夕食を食べることができた。

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