【01-07】寮

 僕たち四人は校舎を出た後、寮に向かって歩いていた。


 四月のはじめ。外は流石にまだ少し肌寒い。

 僕たちは主要施設を頂点にする三角形の広場の中を通っていた。この広場はグラウンドとしても利用する予定だったため、人口の芝生の部分と砂地の部分がある。この広場はとてつもなく広い。まあ、一辺が歩いて数十分かかる距離なわけだからその分広くなっているのも当然だ。正三角形の広場の中に正三角形を四つ書いて、大きい方の正三角形の頂点に接する三角は芝生、真ん中の三角は砂地、と分かれているようだ。

 今、僕たちは砂地を歩いている。校舎から寮までの距離の半分近くを歩いたということだ。しかしそれは、結構歩いたけどまだ校舎から寮までの距離の半分近くが残っているということでもある。

 入学式の朝には車がたくさん止まっていた広場だが、今では車輪の跡がいくつかあるだけだ。

 最初の方はみんなで仲良く話しながら歩いていたが、今はみんな口を閉ざしている。

 今日の僕たちは、今校舎から僕たちが歩いてきた距離の四倍近くをすでに歩いていることになる。さらに設置型ヘッドマウントデバイスの負担も自分たちが思っている以上にあるようだ。僕の田舎で培った体力でもしんどく感じる。他の三人がどんな環境で育ったかわからないけど疲れがないということはないはず。最初は運動のためという理由からこの距離にしたようだが、長すぎる。会議室だけで決めないで現場も見て欲しかった。

 そんな愚痴を心の中でお偉いさん方に言う。

 キャラメイクと夕飯で上がっていたテンションはすでに尽き果てている。惰性のみで歩く。今は何よりも椅子が恋しい。


「やっと半分だな。毎朝この距離歩くのも大変だな」


 拓郎が言った。


「はぁはぁ、もう疲れたのか、拓郎。私はまだ全然大丈夫だぞ。はぁ」

「息切らしながらじゃ全然説得力ないよ。智也」


 息を切らしながら強がる智也に、僕は突っ込みを入れた。


「そうだね。疲れたなら少し休んでいく?」


 勇人が智也を気遣ってそう言うが、


「いや、いい! 私は疲れてなどいない」


 智也は強がる。


「じゃあ、このままでいいか。まあ、来月あたりには慣れてるだろう」


 そう言って、拓郎が締める。


「そ、そうだな」


 ほんとに大丈夫かな。智也。




−−−−−−−




 僕は今、寮の前に立っている。いや、つらかった。智也はすでに寮の前に置かれている椅子に座っている。


 この寮は学年別ではない。クラス別で分かれている。そのため、効率組の寮がマンション群のようになっているのに対してうちの寮は高級マンションのような佇まいをした一棟のマンションだ。この建物はもともと寮ではなく生徒以外の人が訓練をしに来た時の宿泊施設として使う予定だったそうだ。

 そもそも、最初この学校は生産職とそれ以外という区分だったそうだ。しかし、生徒にキャラメイクをさせた後に戦うどころか動くことにすら苦戦する人や極端にバランスの悪いビルドの人たちが徐々に区別されるようになり、開校から一年後、二期生の入学に合わせてクラスを三つにしたそうだ。この寮もその時に改装したらしい。


 休憩の終わった僕たちは玄関の自動ドアをくぐろうとして、昨日入った時と違うことに気が付く。


「うん? 開かないぞ」


 先頭の拓郎がドアに当たりそうになりながら言った。


「ほんとだ。なんでだろう」


 僕も近づいてみるが反応しない。

 この寮は、玄関を抜けると大きなエントランスになっていて、椅子やテーブルがいくつも置いてある。昨日は寮に入って荷ほどきをしただけだったのでよく見てないが、それだけは覚えていた。


「誰かエントランスにいないかな」


 僕はエントランスの方を見ながら期待感を込めて言う。


「あ、誰かこっちに来てるよ」


 勇人がエントランスの方を見ながら言う。

 勇人が見ている方を向くと、一人の大柄な人がこっちの方に歩いてきていた。おそらくだが先輩だろう。今日、教室で見た記憶がない。その大柄な人は玄関の自動ドアの前に立って、指で僕たちの右側を指しながら言う。


「生徒証をかざさないと開かないぞ」


 僕たちは、一緒になって右を向く。ガラス越しで少しぼやけたその声の言うようにインターホンのようなものがあって、その横に認証器のようなものがあった。すると、さっきまで疲れた様子からは想像できないような速さで哲也が生徒証をかざす。すると認証器は「ピッ」と音を立てた。そのあと、自動ドアが開く。僕たちがみんなで中に入ろうとすると大柄の人が手を前に出して止めた。


「全員かざしてくれ。これで誰がどこにいるかの確認がされている。初日のおまえたちはわからなかったかもしれないが教室の入り口なんかにもついているはずだ。普段は別にしなくてもいいが、今日は初日だから全員にしてもらっている」


 全員が寮にいるか確認するってことかな。しなくてもいいのならしなくなると思うんだけど。


「本来はだれがどこの施設を使っているか記憶するためのもので、これは宿泊施設だった時の名残だな」


 大柄な人はそう言って中に入るように勧める。僕たちもそれについていく。玄関から少し離れエントランスの中心付近に着くと、彼は僕たちの方を向いて自己紹介した。


「俺は、田村タムラ一徳カズノリ。三年だ。みんなからは『いっとく』って呼ばれたりしている。一応、寮長になる」


 先輩だった。しかも寮長。どう挨拶するべきなんだろうか。取り敢えずは、名前だけでいいのだろうか。少し考えていると。


「初めまして。米田拓郎です。よろしくお願いします」


 拓郎が自己紹介したので、三人で便乗する。


「堤瑠太です。よろしくお願いします」

「望月智也です。よろしくお願いします」

「原田勇人です。よろしくお願いします」

 

「おう。よろしくな! 寮のことで何かあったら取り敢えず俺に言え。学校生活のことでも相談に乗るぞ!」


 一徳先輩はそう言って自分の胸をたたいてから、続けた。


「おまえたち疲れただろう。俺も経験したことだからな。取り敢えず風呂にでも入ってのんびりしてろ。夕飯は七時からだ。場所は一階の食堂。普段はバラバラだが、今日みたいな学期の始まりとか何かあるときはみんなで集まることが多い。参加は自由だが、顔合わせも兼ねてるから来た方がいいぞ。全体に向けた連絡もあるからな。じゃあ、俺はまだここに残るから。また後でな」


 一徳先輩はそう言って近くにあるソファーの方に行った。


 一徳先輩と話し終えた僕たちはエレベーターに乗る。この寮の階の移動は基本エレベーターを使う。ちなみに、効率組の寮だけエレベーターがついていない。

 エレベーターの階を選ぶボタンの横にも認証器がついていた。拓郎が認証器をかざしてからボタンを押す。横から智也もボタンを押していた。この認証機で男女を判断しているのだろう。

 この寮は男女兼用。下が男で、上が女になっている。それぞれの共用の施設はすべて一階にある。認証器が判断した情報をもとに行ける階層をロックするのだろう。


 僕たちは先輩に言われた通り七時に食堂に行くことを決めてから、智也と勇人は階が違うようなのでそこで別れた。僕と拓郎の部屋は二階で智也と勇人は三階だった。一期生が抜けたところに入るとなると低階層が多くなるんだろう。

 寮の部屋は簡単に移動することができるし、ルームメイトも変えることができる。智也と勇人は別の部屋だが、このまま四人で一緒にいるようになるようなら近くにした方が楽かもしれない。


 別れた僕たちは、部屋へと向かう。僕たちの部屋は比較的エレベーターの近くにある。


「風呂は共有で部屋はシャワーのみらしいけど。瑠太、どうする?」


 拓郎が聞いてきた。


「僕はシャワーを浴びるよ。時間もあまりないし」

 

 生徒証で時間を確認しながらそう言った。七時まで二十分もない。遅れたくない僕はシャワーを選んだ。

 

「そうか。俺は湯船につかりたい派だから風呂に行くことにするよ」


 そう言って部屋に鍵が掛かっていることに気づいた拓郎は生徒証で部屋の鍵を開けた。昨日は鍵がかかっていなかった。


 寮の部屋は結構広い。中に入ると、六畳ぐらいの部屋になる。その部屋の左の方にドアが一つあり、正面に二つ離して設置されている。この部屋にはテーブル、椅子、本棚、ほかには冷蔵庫とかも置いてある。ここが共有であとは個室になる。正面にあるドアのうち、左が僕、右が拓郎になる。


「じゃあ、僕はシャワー浴びるから」


 僕はそう言って自室に入る。


 中には、大きめのクローゼットとシングルベッドだけ。僕はクローゼットから、替えの下着と部屋着を出してから、制服のブレザーを脱いでハンガーに丁寧にかける。

 この学校はブレザーを普段は着なくていいことになっていて、ワイシャツ、ネクタイ、ズボン、この三つを身につけておけばいい。その三つの上に何か着るのも自由。これはパンフレットにも書いてあった。ただし、風紀を乱さない限りでという注釈は入っていたが。


 僕が自室を出て共有スペースに行くと、拓郎が着替えを持って立っていた。


「じゃあ、俺は風呂に行ってくるから。もし五十五分を過ぎても戻ってこなかったら先に食堂に行ってくれ」


 拓郎はそう言い残して部屋を出ていった。

 僕は着替えをもってシャワールームに行く。この部屋はホテルについているシャワールームと同じ感じになっている。シャンプーやリンスも支給されていて無くなったら交換することになっている。不定期にだが使ってみての感想を求められることがあるらしい。

 僕は着替えを置いてから服を脱ぎ、シャワーを浴びた。


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