chapter 17 転生-2

2  9月2日 偽り②




 9月。

 残暑のあるはずなのに、寒々しい夕焼けが校門から出てきた陽太と霧島を覆った。

 3年1組はしばらく、とはいっても2日間ほどだが閉鎖という形で収まった。生徒たちへのメンタルケアに休暇を与えて努めるというわけだ。

 霧島が過去に挙げていた『審判』の法則性すら無視した『審判』が繰り広げられている。

 なんとしても、今すぐにでも食い止めなければならない。

 そう思っていた矢先の出来事だった。浮かない顔をして歩く陽太の前を横切っていく生徒が見えた。陽太は顔を上げ、声をかけた。


「御影、零……」


 御影零は立ち止まると、ゆっくり陽太と霧島のほうを振り向いた。


「なにかしら。神谷陽太」


 機械的で感情を抑えたような声。


「お前、今日の審判で、俺たちを……俺と桜を助けてくれたのか?」


 御影零は陽太から視線を外した。霧島はその動きをじっと眺めている。


「一応礼を言う」

「私は……別に貴方たちを助けたかったわけじゃない」


 御影零はなびく髪を耳にかけながら言った。陽太は御影零をしっかり見据えていった。


「だが平森君は死んだ」

「ええ。そうね」

「……」


 御影零は陽太の目を見て続けた。


「でも死んで当然の人間だったとは思わない?」

「! お前――」


 霧島が陽太を止めた。


「神谷君。落ち着いて」

「彼は兄さんの審判を自分のために利用して、その欲望を満たそうとしていただけ。無様で、お似合いの末路でしょ」

「……絶対に俺たちが審判を止める」


 鼻で笑うようにして御影零は続けた。


「どうやって? 充兄さんを供養でもする気? 無理に決まってるでしょ。呪いは止められない、これからも加速する」


 陽太は苛立つように眉間に皺を寄せ、拳を固めた。


「ここでお前を殺せば、審判を止められるんじゃねえか?」

「なんですって?」


 陽太と御影零が睨みあった。


「お前が審判を起こしている……諸悪の根源かもしれない」


 御影零は再び鼻で笑った。


「さあ? 証拠はどうかしら? 邪推で人を殺せるの? 貴方にはできないわ。神谷陽太」


 御影零は道の端に寄り、自動販売機の前で財布を取り出した。

 ボタンを押し、出てきた缶ジュースを取り出し飲み始めた。


「私は、本当はあの教師を裁きたかった」

「!」


 陽太と霧島に動揺がはしった。


「なんだと」


 思わず霧島は声をあげた。


「あの教師だって一応は3年1組のメンバーのはずでしょ。だったら、どうにか投票を募って審判で殺せるかもしれなかったのに」

「だから静間先生を教室に留まらせたのか?」

「そうよ」


 御影零は再びジュースを一口飲んだ。


「アイツは充兄さんを救わなかった。アイツこそ死ぬべき人間」


 陽太の脳裏に静間の姿が思い浮かんだ。

 悲しそうに、悔しそうに俯き涙を流す姿が。

 陽太は以前まで、確かに静間のことが嫌いだった。だが、今の静間は変わろうとしている。

 昔の、御影充に教師として手を差し伸べてあげることができなかった過ちを償おうとしている。

 それなのに『死』だけでしか償えないことはないはずだ。

 いや『死』こそ償いにはならない。

 御影零を陽太は鋭く睨みつけた。ふっと笑い、御影零はまだジュースの残る缶を地面に落とした。そして、勢いづけて缶を踏み潰した。


「次の審判で必ずあの教師を殺す」


 そういうと振り向き陽太たちに背を向け、去っていこうとした。


「静間先生は殺させねえ」


 その背中に陽太は告げた。


「神谷陽太。貴方、変わったわね。あの教師のこと、嫌いだったはずじゃない」

「もう昔の話だ。よく知ってるな」

「ふん。推測よ。私は貴方のことなんて何も知らないわ、『神谷陽太』」


 激しい怒りの形相の陽太を御影零は横目で見た。


「今の貴方の顔を見たら、貴方の母親はどう思うでしょうね」

「……なんだと」

「どうも思わないのが、御影浪子……あの女よ」


 そう言い残し御影零は去っていった。

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