2-6


「めぐみん! 分かってるわね!?」


 朝からなぜそんなにテンションが高いのか、今日も教室に着くと同時にゆんゆんに絡まれた。


「分かってますよ、朝ごはんの時間ですね。ついでにこの子の食事もお願いします」


「朝ごはんの時間ってなによ! 毎日、どうして私が負けるのが前提で……。……えっ、この子って、クロちゃんの分? クロちゃんのごはんも私が用意するの!?」


 ゆんゆんが朝からテンション高く叫ぶ中、私は自分の肩にへばりついていたクロを、これ見よがしに抱え上げた。


「嫌なら別に構いませんが。ただ、我が家はあまり裕福な方ではないので、受け入れられないと言うのならばこの子は飢える事に……」


「分かったわ! 分かったわよ、その子の分もごはんをあげればいいんでしょう!? で、でも、それはあくまでめぐみんが勝ってからだからね!? それに、その子の分までごはんを用意しろって言うのなら、今日の勝負内容は私に決めさせてもらうわよ!」


「いいですよ」


「それが嫌だって言うのなら…………えっ? いいの?」


 驚きの表情を浮かべるゆんゆんに、私はもう一度。


「いいですよ。勝負内容はゆんゆんが決めてくれて構いません」


「……ッ!」


 私のその言葉にゆんゆんは、パアッと顔を輝かせて小さくガッツポーズを取る。

 そして、途端にハッと表情を引き締めて。


「勝負は一回こっきりだからね? 勝負内容を決められるのは三回勝負の内の最初の一回だけだとか言い出さないでよね!?」


「言いませんよそんな事、私をなんだと思っているのですか」


 即答する私の言葉に、だがゆんゆんは未だ疑わしそうに。


「今負けたのは本物の我ではない。今のは我の仮の姿。この後の第二形態に勝ってこそ、真にゆんゆんの勝ちと言えるだろう……なんて、もう言わないわよね?」


「あんな昔の事をまだ覚えていたのですか。ちなみに私には第四形態までありますが、今日は一度でも勝てばその場で負けを認めてあげますよ」


 それを聞き、今度こそゆんゆんは、安心したようにホッと息を吐いた。


「じゃっ……、じゃあ! 勝負は腕相撲! これなら貧弱なめぐみんには負けないわ!」


 ゆんゆんは自分の机の上に腕を置き、袖をまくり上げて自信たっぷりな笑みを浮かべた。

 抱えていたクロをゆんゆんの視界に入るように机の隅に置き、私も袖をまくって腕を置いた。

 そのまま、手を合わせてしっかり握ると、そんな騒ぎに興味を持ったのか、眼帯をつけた長身のクラスメイト、あるえが近づいてくる。


「あるえ、ちょうどいいです。審判をお願いします」


「……ふむ、いいだろう。我が魔眼の前には何人たりとも不正は通らず。それでは、両者、構えて……!」


 私の頼みに、あるえは身につけていた眼帯を大仰に外すと床の上に正座する。


「ところでゆんゆん。今回は私が勝ったら、私とクロ吉の分のごはんをもらう訳ですが。今日も私はスキルアップポーションを持っていません。あなたが勝った際には何を要求するのですか?」


「えっ!? わ、私の要求!? そ、そっか、そうよね……。それじゃあその……。い、一緒に……。明日の朝から、私と一緒に、学校へ……!」


 床に正座したまま机の上に顎を乗せ、机の端に両手をかけたあるえが叫んだ。


「ファイッ!」


「そおいっ!」


「えっ? あああああっ! 待って! くうううう!」


 あるえの不意討ちの開始の声と共に一気に勝負を決めに入るが、ゆんゆんはギリギリで持ち堪えた。

 体格的には私よりも上のゆんゆんは、そのままジリジリと押し戻していく。

 不意討ちが効かなかった以上、かくなる上は……!


「くっ……。このままでは、今日の朝はごはんは抜きですか……。ゆんゆんのお弁当は美味しいので、毎日のささやかな楽しみだったのですが……」


「!? そ、そんな事言ってもダメだからね!? 今日こそはめぐみんに勝つの! そして、紅魔族随一の天才の肩書は私がもらうわ! 族長の娘ゆんゆんじゃなく、それ以外の肩書を……!」


 ゆんゆんは、族長の娘ということで特別扱いされている事を気にしていたらしい。

 私に毎日突っかかってくるのは、単に私以外に構ってもらえる相手がいないだけかと思っていた。

 だが、紅魔族随一の天才という肩書きだけは譲れない……!


「くっ、このままでは、私はおろかクロ助までもが食事にありつけなくなります……! 貧しい我が家ではクロ太郎の食事までは手が回らないのです。大切なクロ平のためにも、負けるわけには参りません……!」


「えっ! そ、それは……。ていうか、大切とか言いながらクロちゃんの名前が細かく変わってるじゃない! ダシに使ってるだけなんでしょ!? 私の良心につけ込もうとしているだけなんでしょ!?」


 良心を刺激され、ゆんゆんの力が抜けて膠着状態になる中で、あるえが真剣な表情で。


「膠着状態! 残り制限時間は三十秒! この時間内に決着がつかなければ二人は死ぬ!」


「「ええっ!?」」


 突然そんな自分ルールを追加したあるえに戸惑っていると、クロが机の上を歩き、ゆんゆんの傍に寄る。

 そして、私と拮抗して腕を震わせているゆんゆんの手をクンクン嗅いで甘えだした。


「や、やめてクロちゃん、私が勝ってもクロちゃんのごはんぐらいはあげるから……! そんな仕草を見せないで……!」


「ペットの物は飼い主の物! 私の分のごはんが無ければクロのごはんを取り上げると知るがいいです!」


「卑怯者ー!」


「ウィナー、めぐみん!」


 あるえが私の右腕を上げ宣言した。

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