小話②

【制服の話】





「カルステン、お前に良いものをやろう」

「なんだ突然」


エンゲルハルトに与えられた自室で寛いでいると、唐突に現れたエンゲルハルトがそう言った。咄嗟に疑問を口に出して、それからカルステンは嘆息する。エンゲルハルトのサプライズ好き、演出好きはやはりカルステンには馴染まない。

呆れたような視線を送るカルステンを無視して、エンゲルハルトは後ろ手に隠していたものを差し出した。

「じゃじゃーん」

「……」

「なんだ、反応が薄いなカルステン。僕は寂しいよお前が薄情な奴で」

エンゲルハルトが差し出したのは水色のワイシャツと黒のリボン、生成り色のジャケット。それと同色のスラックスに深緑色のベスト。

「いや、それを見せられてどう反応せよというんだお前は……」

「見せられて、じゃないよ。お前に良いものをやる、と言ったろう」

「これが?」

「これが」

着てごらん、とエンゲルハルトは言ってカルステンに持っていた服一式を手渡した。何処と無く幼子に言い聞かせるような口調なのがカルステンの癇に障ったが、今更といえば今更だった。

着ていたシャツを脱ぎ、水色のワイシャツに袖を通す。丸い襟元には黒いラインが入り、それと同色のリボンを結ぶ。いつだかの人生で見た人形の服に似ているな、とカルステンは思った。深く襟のあいたベストのボタンを三つ全て締める。履いていた膝下までのズボンを、生成り色のスラックスに履き替え、同色のジャケットを着る。

カルステンは肩幅が広く脚が長い割に、胸部が薄く腰が細い。故に既製品を着ると、肩幅に合わせれば胸部の布があまり、胸部に合わせれば肩がキツく、脚の長さに合わせれば腰の周りがたいそうあまり、腰に合わせると丈が足りない。だというのに、この服にはそれがない。つまりカルステンの体に合う様に誂えられている、ということだ。

「これ、」

「そう、わかるかい? オーダーメイドなんだ」

着替えるカルステンを当然の様な顔で隣で見守っていたエンゲルハルトが被せる様に口を開く。

「オーダーメイド……」

皆まで口に出さないまでも、カルステンはげんなりとした視線をエンゲルハルトに送る。身体のサイズを計らせた記憶はカルステンにはない。

(ことごとく気持ち悪いな)

カルステンは素直に引いた。

そんな様子に気づくこともなく__もしくは気づいていて無視しているのか__エンゲルハルトはにこやかに続けた。

「これから三年間通うことになる学園の制服だよ。大事にしなさい、カルステン」

「はん?」

「大事にしなさい、カルステン」

「いや、それはわかったが」

言われなくても服は大切に着るものだ。

「制服?」

「そう」

それを早く言え、とカルステンは心の中で苛立ち、しかし口に出しても意味のないことを既に承知していたから嘆息するに留めた。主従揃って本題に入るのが遅い。

「シャツやジャケット、スラックスは全員統一で、ベストだけは赤青緑の三色で分けられている。

赤はルビウス帝国この国の皇族のみが着用し、青は神聖サフェリア皇国隣国の神官のみが着用。緑が一般生徒用だから、お前が着るのは緑のベストになる」

「成る程、見分けろってことか」

「そう、話が早くて助かるよ」

エンゲルハルトは満足げに頷く。

ルビウス帝国うちの国は皇国と仲が良くないからね、後は後ろ盾のない一般生徒が無駄な喧嘩を売らない為の区分、かな」

そこまで言うと、エンゲルハルトはやることは終わったと言わんばかりにくるりとカルステンに背を向け、部屋から出ていった。


「制服、似合ってるよ」


リボンが少し曲がっているけれど、とエンゲルハルトはにこりと笑う。カルステンは余計なお世話だとこっそり舌を出した。





***

【学寮の話】





エルツ学園の寮は講堂より南西に位置し、女子棟と男子棟にわかれている。部屋は基本二人一部屋で、余程のことがない限り卒業までの三年間それが継続される。

(が、何故か俺は一人部屋なのだよな)

自室に運び込まれていた荷物の整理をしながら、カルステンはぼんやりと思う。特別待遇、というやつだろうか。裏にエンゲルハルトの影響が透けて見えるようでカルステンとしては良い気はしない。だがまぁ、幾らエルツ学園が独立した組織で、ある種の国家のようなものであったとしても__寧ろそうであるならばこそ帝国の第三皇子エンゲルハルトを何処の馬の骨ともしれぬ輩と同じ部屋にする事は憚られたのであろうし、実際に実行されていれば最悪政治問題になりかねない事態ではある。カルステン自身も、流石に寝ても覚めてもエンゲルハルトと一緒というのはぞっとしない話であったし、各位にとってちょうど良い妥協点だったのだろうな、と思う。


寮の部屋は広い。勿論エンゲルハルトの屋敷でカルステンが与えられていた部屋と比べるとだいぶ狭くなるが、それでも充分な広さである(最もカルステンは本来二人部屋として使う部屋を一人で使うことになるのでそう感じるだけかもしれないが)。

勉強机やベッド、クローゼットは備え付けの物があるし、室内には一つ開閉可能の窓があって、開けると風通しも良い。これだけの調度品達は全てエルツ学園の卒業生徒達、ルビウスやサフェリアからの寄付金で賄われているらしい。何故大国が一学園に多額の寄付をするのか、と思うかもしれないが、それはここエルツ学園がこの世界における法術の最高峰機関だからである。そもそもエルツ学園の先駆けたるエルツ研究所は法術の研究を極めた研究者達が作り上げたもので、そこに後に学習機関が付属され、現在の学園、という形に落ち着く、という流れをたどっている。更にエルツ学園は法術の才能を持つ適正年齢の子供が大勢集められ教育されるため、その中には現在の皇帝や教皇も含まれているが故に、両国ともに下手に頭が上がらないこともある。

それだけの影響力を持ちながら、しかし研究・教育の為だけにあるこの学園を、カルステンは不思議に思う。簡単に言えばきっと、変人の集まりだから、で済ませられてしまうのだろうが、何にせよ特殊な空間である事は明白だった。

そんな空間でこの先三年、何処まで学べるのだろうか。繰り返すこの人生を打開する何かが、ここにはあるだろうか。

開けた窓から入る深い緑の匂いを吸い込みながら、カルステンはそっと目を伏せた。

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