5-2 メンバーズカード

 俺の知る「港町アザミ」から「竜宮城」までのメインシナリオは次のとおりだ。


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≪ 攻略に関する記録 ≫

メイン4 港町アザミ

■総督ナイラ・ベルゼブルから海賊船の討伐依頼を受ける。

■海賊船に乗りこむと、この船がじつは人魚たちの船であることが判明する。そして、総督ナイラこそ人魚たちを連れさり監禁している悪玉であることが明かされる。

■総督府でナイラ・ベルゼブルが「深きもの」に変身。これを討伐する。


メイン5 竜宮城

■人魚たちの案内で竜宮城に行く。

■水の大精霊「青龍」から「水の精霊石」を譲りうける。

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 竜宮城ではグノスン師匠をパーティーメンバーに加えることによってサブシナリオ「乙姫の涙」が発生するものの、基本的な展開は一本調子。港町アザミの総督ナイラ・ベルゼブルとも「深きもの」に変身するまで表立って敵対することはなく、最初から魔物と入れ替わっていたのか、あるいは途中で本人が魔物と化したのか、真相が語られることもない。

 それが今回はアザミにたどりつく前からきな臭さがただよっている。いままでの周回の知識と経験が当てはまると楽観していたら、間違いなく大怪我をすることになるだろう。


「師匠は、ナイラ・ベルゼブルが人魚マーメイドたちの入国を禁止した理由に心当たりはありますか?」


 まずは情報収集から。自分のもっている過去の周回の知識との答え合わせを兼ねて質問を投げかけてみた。

 師匠は無精ひげのはえた顎をザラリと撫でると、


「人魚たちにバレると困る秘密がある、ということだろうな。入国禁止という穏当でない手段をとったからには関係悪化は織りこみ済み。それでも守りたい秘密となれば己の首にかかわる重大なもの、てことだろう。

 わしのなかでの最悪のシナリオは、竜宮城への侵攻、人魚族との戦争だ」


 正解、と俺は心のなかでつぶやく。

 メインシナリオであきらかとなる人魚監禁の動機は、人魚族から先に手を出させるためのエサ。勇者である俺に「海賊船」を討伐させて海賊の正体が人魚たちだと暴き、人魚族が危険な存在だと喧伝することで竜宮城侵攻の大義名分を得る。というのが、ナイラ・ベルゼブルが仕組んだ筋書きだ。結局、勇者である俺が人魚にくみすることで破綻するのだから、ずさんな計画と言わざるを得ないが。

 メインシナリオがおおきくブレていないことを確認したところで、もう一歩踏みこんでみる。


「なぜ今なんですか? 魔王軍との戦いでリンカーン王国は存亡の危機。人魚族に勝っても魔王軍に負ければ共倒れになりますよ」


 ナイラ・ベルゼブルがすでに魔物と入れ替わっているのであれば、この問いの答えは明白である。魔王軍の一員として、聖王側の人魚族を壊乱させるため。聖典教がどこまで情報をつかんでいるのか。もしもナイラが魔物にすり替わっていることを疑っているのなら、本物のナイラの救出または死亡の確認が任務のひとつとなる。

 グノスン師匠は「うーん」とうなると、コツコツと頭をたたいた。つるつる頭で考えこむ仕草は一休さんを彷彿とさせる。


「わからん。わからんが、これはあくまで、わしの勘だ。やつは今が好機ととらえているのではないかとおもう」

「自分の国の危機が?」

「そうだ。聖王様が万全の状態であれば、聖円の盟約に背くような動きは即座につぶされる。魔王軍に圧迫されて王都が身動きできない今を逃せば、竜宮城へ侵攻する機会など二度とないからな。

 そうして東の海の制海権を握り、聖王様にも魔王軍にも干渉されない独自の支配圏を確立する」

「狙いはリンカーン王国からの独立ですか」


 ナイラ・ベルゼブルが魔物と入れ替わっているという想定はなし、と。グランイマジニカに広く深く根をはる聖典教の情報網から導きだされた推論がこれだとすると、もともとナイラ・ベルゼブルという貴族に反体制派の兆候があり、急に言動がおかしくなったわけではないということか。

 最終的にナイラが変化することになる「深きもの」も耐久力はあるものの、そこまで知恵がまわるタイプではない。やはり、途中までは人間のままで、何らかの要因で魔物に変貌するというシナリオが有力なのかもしれない。ならば、俺も必要以上に先回りすることなく、これまで同様まずは港町アザミの総督府を訪ねることにしよう。

 師匠はふたたび頭をコツコツとすると、目をつむって眉根を寄せ、


「いや、いったん忘れてくれ。いまの話は勘に憶測を積みあげたものだ。先入観を持ちすぎると、かえって真実から遠ざかる。疑心暗鬼に陥れば、無用の敵を増やすことにつながるからな。

 カガト、わしはお前の目を信じている。なにが真実か、港町アザミにおもむき、総督ナイラ・ベルゼブルの意図をさぐってほしい。そして、もしもナイラが聖円の盟約に背き、人魚マーメイド族に害意をもっているなら、暴挙を阻止してほしい」


 俺はすぐさま胸をトンとたたいた。


「師匠、万事任せてください。

 勇者は聖王陛下より魔王討伐の任をさずかった、いわば王国の最終兵器。魔物に脅かされる人々の希望の拠りどころでもあるわけですから、総督ナイラ・ベルゼブルといえど、おおっぴらには俺の行動を邪魔できないはず。きっと真実を探りあてます」


 ピロピロリン♪ と鳴り響き、グノスン師匠にようやくいつもの快活な笑みがもどった。


「さすがカガトだ。期待している。

 わしも大神官ホーリィ様の特使として港町アザミにおもむき、教会を拠点に調査してみるつもりだ。定期的に知り得た情報を交換したいが、わしにもカガトにも十中八九ナイトクラーケンの監視がはりつくだろう。下手に接触して聖典教への圧力が強まる事態も避けたい。

 だから、お前にこのカードを渡しておく」


 胴着の胸もとから無造作に名刺よりもひとまわり大きなカードを取りだして俺に手渡した。ひんやりとした感触は金属だからか。


「秘密の店『ティル・ナ・ノーグ』?」


 サーモンピンクのにぶい光沢をはなつカードには店名とおぼしき名前が流麗な文字で彫りこまれていた。師匠は口に手を添え、声をひそめて、


「本物の紳士淑女だけが通う会員制の店だ。場所はアザミの第3倉庫街のちょうど真ん中に並びたつ最も巨大な2つの倉庫の隙間にある細い路地の先。だが、このメンバーズカードを所持していなければ、見つけることも入ることもできない強力な結界で守られている」

「そこで師匠とおちあうと? けれど、それほど厳重なセキュリティ、いったい何を売っている店なのですか」


 俺もつられて小声で聞きかえした。いままでの周回では噂すら聞いたことのない。「秘密の店」といえば強力なアイテムを売っているものと相場が決まっているが。

 俺の問いかけに、師匠は意味深な笑みを浮かべ、


「あらゆる大人が満足する雑貨、服飾品を取りそろえた店だ」

「大人が満足する雑貨や服」


 その言葉の響きに想像の翼がひろがり、俺はゴクリとのどを鳴らした。


「そうだ。秘密を漏らさぬよう、紹介がなければ入店を許されず、もしも紹介されたものが不適格であれば、紹介した側も資格を剝奪される」

「師匠は俺をそこまで買ってくれていたのですね」

「もちろんだ。わしはいままでこの店を紹介したことなど無かったが、カガト、お前ならばすべてを託せる」


 ガシッと抱きあう師匠と俺。

 信頼が心にずしりと響く。


「わしが知り得た情報は店主に伝えておく。カガトも店主にことづてを頼む」

「わかりました!」


 身を離してから、グノスン師匠は真剣な表情で、


「店主は大人の趣向について一格言ある御人だ。カガトならば不適格とはならないと信じているが、ひとつ試しておこう」

「お願いします!」


 グノスン師匠はしばし目を閉じて瞑想し、禅宗の高僧ごとく静かな威厳をたたえて問いを発した。


「大人の嗜みのひとつとして、たとえば先ほどの裸エプロンが挙げられるが、なぜ裸ではなく、エプロンが必要なのか。こたえられるか」


 厳寒の湖面のように清澄な光をたたえる灰色の瞳に、エロの深淵がのぞく。

 ここは俺も覚悟をもってこたえなければなるまい。


「裸エプロンとは」


 おおきく息を吸いこみ、気合をこめて想いを吐きだした。


「夜の闇に隠された激しく官能的な抱擁の余韻を『裸』としてとどめつつも、その情熱と幻想が明るい朝の光によって霧散しないよう『エプロン』をまとうことで、淫靡な夜と健全な朝の二律背反を見事に止揚させ、渾然一体となった新たなエロの境地を切りひらいた芸術です!」


 師匠の目から涙がこぼれおちた。


「さすがはカガトだ。エプロンをつけて朝食の支度をするという日常、エプロンの下は素肌という非日常。その境界にこそ万感のエロスが秘められている」


 「メンバーズカード」をアイテムボックスにおさめた俺は、しっかりと師匠と両手を握りあった。


「形だけでは不十分ということですね」

「ああ、色即是空、空即是色。わしらは裸エプロンという形而下だけに興奮するのではない。朝という時間に夜の営みとのつながりを見いだし、エプロンという様式に日常の幸せを嚙みしめるのだ」

「俺はまだまだです! セシアたちの裸エプロンは未完成だとわかっていながら、勃起するのを抑えきれませんでした!」

「いや、エロには正直になることが重要だ。絶え間ない愛の先に、ふと、倦怠の足音を聞いたとき、この朝と夜、日常と非日常の境界にひそむエロを思いだしてほしい」


 師匠の心遣いに自然と頭が下がる。


「そのカードは、わしからの今回の一件の報酬だとおもってくれ。カガトなら真の意味で使いこなせるはずだ」

「師匠! 家宝にします!」


 グノスン師匠とのやりとりが一段落するのを見計らっていたように、寝室の扉がゆっくりと開いた。聖典教の修道士たちが着る白いガウンと水色の貫頭衣に着替えたスクルドがうつむき加減におずおずと廊下に出てくる。


「お父ちゃん。カガト兄ちゃんは悪くないんよ。さっきのは、うちが勝手に――」


 師匠はひらひらと手を振った。


「わかっている。カガトがエロいのは疑いようのない事実だが、子どものお前にあんな格好をさせる奴じゃない。話していたのは、お前たちの次の目的地、港町アザミのことだ」

「……水の精霊石。竜宮城に行くための港町」


 黒ローブにもどったネネが、スクルドの後ろから顔をのぞかせている。


「ああ。そういうことだ。皆にも協力してもらいたいことがある。詳細を話しておきたいから、いっしょに食堂まで来てくれないか」


 グノスン師匠の提案に、緊張の解けたスクルドがおおきくうなずいた。

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