第1章 5節
音が、聞こえる。
先ず聞こえるのは頭部センサーカメラ全損を告げる警告音。
最後に見た真っ白なモニターの視界から模擬戦用に出力を下げた光学兵器だったと予測、センサーカメラが全損するのも無理は無いだろう。
未だ肉眼の視界が完全には回復していないが問題無い。
ある程度の予想外はあったものの、戦況は想定の範囲内。
本来ならば胴部にサブカメラが存在するプロトヘリアルではあるが、彼女の乗機では重量削減の為にオミットされている。
その代わりにエレナが用意したのは自動追従型偵察戦用のドローンであった。
ドローンを自機の後方に追従させ、そのドローンの視界映像を直接ディスプレイに出力する。
そうする事で三人称視点で自機を操る事が出来る。
後方に敵機体が存在しない事はドローンが撃墜されない事で証明している為、敵機体群の射線上から退避する為バックステップ、その後更に間髪を容れずサイドステップ。
やっと最低限回復し切った視力をモニターに向け、ドローンが送る視界から先程此方の頭部を持って行った敵狙撃機体の射角に左手前の敵機を挟む様に機体を疾駆させる。
そもそも狙撃装備の最大の弱点は基本的に、味方に当てない射線を通せなければ必殺であろうともその一撃を放てない事である。
故に。
射線上に敵僚機を挟めば高精度の狙撃を主力とする機体は大半の機能の一時的な無力化が可能なのだ。
問題としては射線上の敵機を倒した時点で狙撃機の射線が通る事だが、包囲された状態でも無いなら既に気付いた狙撃機からの痛撃を食らう事は先ず無い。
真正面に捉えた敵機に対し、射程範囲外を承知でハンドガンで威嚇射撃。
此方へと機銃を構えた敵機を確認した後。
逃走を開始した。
少し時間は先へ進む。
制圧仕様のプロトヘリアルから逃げ続ける中、通信機が一言で僚機からの伝言を告げる。
その一言を聞き、エレナはこれ以上に欲張っても仕方無いと自戒した。
欲を言えば後二機は引き摺り出しておきたかったが、別段作戦上に問題は無い。
寧ろ当初は偽装敗走以上に自分で手を出すつもりは無かったのだから。
ドローンの本来の使い道、高精細全方位カメラによる解析を利用した少々特殊な釣り出し戦術。
軽装の斥候が攻撃を引きつけ偽装敗走、残りの全部隊を砲撃に回して罠とする事を基本とした応用の効く戦術だ。
先程来た通信は、解析に専念していたチームメンバーからの半数の敵配置について、現状の解析終了の報せ。
返信は一言。
『撃て。』
通信機から流れるチームリーダーの伝言。
発砲許可のタイミング以外、砲撃時間も、一切を語らないそれは、しかしてチームメンバーに対しては明確に状況を知らせた。
事前に通知された作戦の第一段階の終了。
ならば次の目的は同時に着弾する一撃による敵チーム半数の撃墜である。
ある方角からよく響く、それでいて間の抜けた炸裂音。
だがその実態はARMS用迫撃砲の発砲音である。
単機で携行、組立、発射まで熟せるこの臼砲はアリン共和国軍の制式装備であり、弾数が少ないとはいえ艦砲射撃クラスの火力を持ち運び可能にした傑作であった。
勿論模擬戦の為持ち込まれた弾薬は全て近接信管のペイント弾ではあるが戦力としては十分。
5機による砲撃を偽装敗走していたエレナ機のドローンが観測し、データをフィードバックする。
初弾は5発中3発が敵機四機に命中、撃墜判定。
偵察機の近くに隠れていた敵機体も巻き添えを食らい、偵察機二機と共に更に二機沈黙した。
残り幼年学校チーム、六機。
残り士官学校チーム、七機。
士官学校チームのリーダーは焦っていた。
元の戦力差を考えれば二対一の数的優位、訓練に費やした時間の練度的優位、更に言えば何度か使った事のある演習場、それが生み出す地形的優位。
突撃しか指示しない無能な指揮官でも勝利は容易い状況。
それを。
突出した単騎に釣り出された前衛、前衛の援護で居場所を割り出された中衛、釣り出しを見抜いたもののその対策を実行に移せなかった後衛。
前衛は全機沈黙、中衛もおよそ半数が戦闘不能という現状は完全にその結果として顕れたのだ。
5機を戦力として失い、敵損害は偵察に来たエース機のメインカメラとその周辺装甲のみ。
戦力の逐次投入程愚かなものは無い。
砲撃音の方角を特定して反撃する前に幼年学校チームの砲撃担当者は移動を開始する筈だ。
その上現状中衛の残存機体の内一機は遠距離火力の試作光学武装を持っているが既に捕捉されている上、装填に時間がかかり過ぎる。
先程の会敵報告から戦闘不能判定までの時間が有れば中衛の残り四機も直ぐに撃墜判定が下るだろう。
もう一度迫撃砲を撃たれたら中衛は崩壊する。
だが中衛を援護した場合、後衛も発見される可能性が高い。
中衛を見棄てなければ一網打尽にされ、中衛を見捨てれば数的不利に落とされる。
先程の戦術データリンクからの共有データ。
あの突撃仕様を屠った機動がもう一度可能ならば、今の自分達程度の技量による遠距離砲撃では無駄撃ちになった上に大きな隙を晒すのだ。
戦場ではあり得ない事は無い。
その理屈で考えればあのリーダー機はもう一度可能と考えるべきであり、、、
そこまで考えた士官学校チームのリーダーは望遠カメラに映る歪なARMSの後背にホバリングするドローンを発見。
そのカメラが此方を向いているのを確認し、現状での詰みを理解した。
『皆、スマン。俺達の負けらしい。』
晴れ渡る空の下、降伏を意味する信号弾を撃ち上げると同時に教官への報告を纏め始める。
悔しかった。
多くの訓練を受け、知識を蓄え、強くなった積りだった。
だが負けた。
それも凡そ全て有利な条件で。
この後の訓練は厳しさを増すだろう。
心折れ、腐る者も居るかも知れない。
それでも。
得たものもあった。
弱点を晒される事で今後に対する教訓を得、対策が終われば挑みたい相手も出来た。
単騎での技量では敵いようがないが、集団戦というカタチであればまだ勝機は有ると思えた。
何より。
今この時通信機の向こうから聞こえる仲間の悔しがる声に、この模擬戦以前よりも一体感を感じるのは希望的観測だろうか?
その自問自答に答えは無かった。
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