引っ越した村の話
「この集落にいた人達は東に3日3晩歩いた川の側に引っ越したって話だけど、どうする?」
「もう少し調べて何も得られなかったらそこに行ってみましょう。その当時の話を聞けば何か分かるかも知れない」
「あ、それ僕も賛成です」
「じゃ、そうしようか……」
考えがまとまった僕らはその後、この捨てられた集落を隅から隅まで念入りに丹念に調べてみた。
けれど結局草が全然生えてこないって事以外は、特に何の成果も得られなかった。そんな訳で僕らはさっきの相談で決めた、ここに住んでいた人達が新しく作った集落にまで足を伸ばす事にする。
「また同じくらいの距離を歩くのかぁ」
「ユウキ君、弱音を吐かない」
「はい、隊長」
この時、ユウキ君は僕の事を隊長って呼んだ。自分で自分の言葉に驚いた彼は、すぐにさっきの自分の言葉に疑問を覚えていた。
「え? あれ? 何で僕フクさんの事を隊長って言ったんだろう?」
もしかしてユウキ君にも前の夢の記憶が残っているんだろうか? その後のユウキ君の言動は特におかしな事はなく、さっきの言葉は何かの間違いって言う事になった。
本当に夢の中とは言え、次から次に色んな事が起こり過ぎて僕は頭が変になりそうだよ。
そうして歩きに歩いて僕らはついにその集落へと辿り着く。集落に着いた僕らは歓迎されて、その夜の宴の時に色々と当時の話を聞く事が出来た。
「あの犬が来て我々も相当焦ったんだ……」
話を聞くと、当時、今の自分達の集落と全く同じ事が起こったようだった。違うとすれば、この集落はマロの言葉を素直に信じてすぐに全員でこの場所に引っ越したと言う事くらい。
捨てられた集落跡の惨状を見る限り、その決断はきっと正解だったんだと思う。集落全員で引っ越したお陰で、謎の日食の被害を受けた人はこの集落においてひとりも出てはいなかった。
「実際に太陽は食われてしまったんですか」
「ああ、アレはとんでもない光景だった……。見上げたお日様に染みの様な黒い点々が出来たかと思うと、あっと言う間にその黒い色にお日様は侵食されてしまったんだ」
え? それ僕の知っている日食と違う――夢の中だから何から何まで現実と一緒でなくてもいいけど、この話の通りの事が起きたとするなら、もしかしたら事態はそんなに単純な話ではないのかも知れない。
「マロはその時どうしていたんですか?」
「あの犬は我々が村を出た後も村に残っておったよ。最後まで見届ける義務があるとか何とか言ってたかな」
つまり、住人が集落を出て行った後、ヤツがその後どうなったか知る者は誰もいないのか――これはちょっと怪しくなって来たぞ。
その後も色々聞き込みをして問題点を整理していった。流石に去年の出来事だっただけあって、次々に詳しい情報が入ってくる。この時からもうマロはサキちゃんを連れていたらしい。彼女の情報も出来れば集めておきたいな。
この後、僕とユウキ君は集めた情報を元に一旦集落に戻る事にする。コンドーさんには引き続きサキちゃん関係などを調べる為に、僕らと別れてもう少しだけ調査を続けてもらう事にした。
そんなこんながあって、僕らが元の集落に戻って来たのは出発してから2週間が経ったくらいだった。その頃には別働隊である脱出準備班が既に脱出の準備を完璧に済ませていた。
僕らが帰った時、集落の長のシノザキさんが嬉しそうな顔をして出迎えてくれた。
「おお、よく無事に戻ったな。良かった良かった」
「どうも」
「あれ? コンドーさんは? 一緒じゃないのかい?」
「彼にはもう少しだけ調べ物をお願いしました」
僕はシノザキさんにコンドーさんが一緒にいない理由を、何て事ないと言う風な平然とした顔で説明する。
彼は僕のその答えを聞いてしばらく考え事をした後、改めて尋ねた。
「そうなのか。で、成果はあったかい?」
「ええ、まぁ色々と」
「で、結論は出たのかい?」
シノザキさんは出来る人だ。しっかりまず結論から聞いてくる。出来ない人は聞きたい事を思いついた順に次々と質問して結局は結論が後回しになってしまう。そうなっては対策がどんどん遅れてしまう結果になる。それでは効率が悪い。
僕はそんな長の対応に感心しながら、この探索で得た情報を元に自分なりの結論を話した。
「そうですね、最終的判断はコンドーさんが戻って来てからですが、大体は」
「だが余り時間はないぞ? 期限は明々後日までだな」
「分かっています。もしそれまでに彼が戻って来なければ、その日に決断を」
それから僕は集落内を見渡した。周りはまだ何も変わっていないように見える。その中でマロとサキちゃんの存在だけが異彩を放っていた。2人は特に何をするでもなく、集落の広場の真ん中辺りでずっと座り込んでいた。
そこで集落の子供に僕らが出て行ってからのマロの様子を聞いてみる。昼間は狩りやら食料の採取に出かける大人達と違って、子供なら長い間彼らを目にしているはずだ。
「2人はいつもああなのかい?」
「そうだよ。僕何だかちょっと怖くて」
案の定、子供達はマロ達の様子をしっかりと観察していた。僕は質問に答えてくれた子供を労ってその後に彼の不安を取り除いた。
「そっか、有難う。大丈夫、あの2人は僕らには何もしないよ」
「フクがそう言うなら信じる!じゃあまたね!」
子供達はそう言うと楽しそうに笑いながらまらどこかに走っていった。きっと走った先に遊び場所があるのだろう。僕はその様子を微笑ましく見送っていた。
さて、これからどうするかな。期限の日までにコンドーさんが帰って来なかったら……考えはもう固まってはいるけど。
とりあえず戻って何もしないと言う訳にも行かないので、僕らも集落の仕事に復帰する事にした。
それから期限の日まではあっと言う間に過ぎ去っていく。その間、集落に何か問題が起こると言う事はなかった。期限当日の朝も何事もなく夜が明けて――僕はコンドーさんが帰ってくる前に結論を出さなくてはいけなくなってしまった。
朝食を食べ終わった頃、シノザキさんが家までやって来て神妙な顔つきで僕に結論を迫ってきた。
「で、どうするんだ? 我々は……」
「何かあってからでは遅いのでここは脱出しましょう。それと……」
結論を急かされた僕はシノザキさんに出発するように伝える。備えあれば憂いなし、危険が迫っている可能性がある以上、意地を張って無理に抗う事はない。それが僕の出した結論だった。
ただ、そこで何か言いかけてしまった為、長には少し心配をさせてしまう。
「何か問題があるのか?」
「ええあの……少し気にかかる事があるんです。それを確かめる為に僕はここに残ります」
僕の言葉を聞いてシノザキさんは複雑な顔になった。優しい彼の事だから脱出するなら全員でと、そんな事をきっと考えていたんだと思う。
でも僕はどうしてもこの事態に納得出来ない部分があって、素直にマロの言葉に従う気にはどうしてもなれなかった。
シノザキさんはしばらく考え事をした後、僕に向かって真剣な顔で語りかける。
「お前さんひとりだけが残るって訳にもいかんだろう? 誰かよこそう……希望はあるか?」
「そうですね……もし良かったらいなくなっても構わない人材を……」
「馬鹿言っちゃいかん! この村に不必要な者なぞひとりもおらんよ! あんたも含めてな!」
優しいよ! シノザキさん優し過ぎるよ! それだけ僕を必要としてくれたなんて……。きっと集落全員を平等に愛している彼だからこそ長を任されたんだろうな。
僕はシノザキさんの言葉にじいんと胸を熱くしていていた。それで彼の想いに応えるようと自分の考えを口にする。
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