天上界編
目が覚めたら驚いた
「うわああああああ~っ!」
ガバッっと勢いよく目覚めると、またしてもそこは別の世界だった。それに、間違いなくそこは現実の世界ではなかった。もう、いい加減にしてくれよ……。アイドルがやっと面白くなって来たのに、またきゅうりのせいで……。
理不尽なのが夢だって分かってはいるけれど、ここまで中途半端な状態で別の夢に変わってしまうとちょっと切り替えも難しい……。
「で? ここはどこなん……」
言葉を最後まで言い切らない内に僕はこの世界が普通の世界じゃない事が分かった。普通の世界どころの話じゃない――見た限りここは地球上のどこでもなかった。
「ここは……何……? まさか……」
僕の目に映るのは見渡す限りの雲海。そして巨大で立派な山々……後は遠くに建ち並ぶ神殿っぽい建物。空は黄金色の光に満ち溢れていて、その光を浴びているだけで心が安らいでいく……。
まるで――まるでここは――。
「僕は……あのきゅうりだらけの部屋を見て倒れて……死んでしまった?」
そう、僕の目の前に広がる世界はどう見ても天国でイメージする風景そのものだった。夢の中で死んでしまう事は今までにも何度か体験した事があったけど、そのまま天国に来たのは初めてだ。
僕がそう自分に都合良く思い込もうとした時、背後から聞き慣れた懐かしい声が聞こえて来た。
「違うわ!」
「うぉっ! マロ! お前も死んでしまったのか?」
「だから違うって言ってるだろ! ここは天国じゃない! 天上界だ!」
背後から突然現れたマロはいきなり僕にこの場所の説明をしてくれた。何もそんな叫ばなくてもちゃんと聞こえるって言うね……。
って言うか、そもそも天国と天上界って同じ世界の事じゃないの? 僕はこう言う話にはとことん疎い。
「え? 天国と天上界って違うの?」
「天国は死者が死後に暮らす国! 天上界はそこよりもうひとつ上でその天国を管理する世界なんだよ!」
「……えっと、じゃあもしかして僕は死んだ訳じゃない?」
「死んでないよ! お前も俺と同じ天使だろ! しっかり自覚を持ってくれよ!」
何て事だ……てっきりここは前の夢の続きかと思ったら全く別の夢だった。で、今度の夢の舞台は天上界だって? 一体この世界で僕は何をすればいいって言うんだ……。
ここでの僕はどうやら天使らしいけど――このいきなりの超展開に僕は頭を抱えてしまっていた。
「落ち着けよ、いきなりだから混乱するのも分かるけど……」
まだしっかり状況を把握出来ていない僕をマロが慰める。よく見ると目の前のマロもまた天使っぽい姿をしていた。頭の上の輪っかに背中の羽にまるで少年合唱団みたいな服装……うん、実にテンプレ通りだね。
最初にヤツの格好を見た時は死者の姿だと思っていたのに、認識が変わると全然違って見える。不思議。
マロがそう言うって事は、きっと僕も似たような格好をしているんだろう。しばらくして落ち着いた僕は、取り敢えずこの世界を色々知っているっぽい目の前の犬天使に質問をする。
「ごめん、落ち着いた。で、僕はここで何をすればいい?」
「俺達はまだ天使になったばかりだ。まずは天使長の所に行って挨拶をしよう」
「うん、分かった。行こう」
思うんだけど、僕は新しい夢になる度に何も知らないまま目覚めるのに、何でマロはいつも詳しく知っているんだろう。それについては色々想像もつくけど、たまにはヤツも同じ条件で一緒に考えたりする事があったっていいのになぁ。
で、得意げに先導するマロに僕は素直に従う。何だかんだ言ったって答えが分かってるのなら、それに付いて行くのが一番楽だしね。
でも何故かこの判断をヤツはちょっと気味悪がっていた。
「お、おう……今日のお前はやけに素直だな……」
「そりゃ……。だって僕も天使ですから」
僕はそう軽口を叩いて……それから少し先を飛んでいるマロにホイホイと付いていく。背中の羽の使い方もすぐには分からなかったけど、少し練習したらそれなりに飛べるようになっていた。
「天使になったばかりって言うけどさ……。具体的にどうやったら天使になれるものなのかな?」
「お前なぁ……天使は天使だろうが……。生まれつきだよ」
「じゃあ天使が天使になるってどう言う意味?」
僕は素直にその疑問を口にする。マロはその疑問に対して調子よく答えた。
「こうやって羽で飛べるようになったり、輪っかが出来たりして、一人前になった事をそう言ったんだよ」
「ああ、つまり大人になったって言う意味だったんだ」
この会話で天使の事が少しだけ分かってきた。多分この夢の中だけの設定なんだろうけど、つまり僕らは大人になったばかりの天使って事なんだな。なるほどね~。
さて、ひとつ疑問が解決されたと言う事で質問の続きをしよう。
「天使長って、あの一番目立つ神殿にいるのかな?」
「当たり前だろ……お前本当に何も知らないんだな」
「って言うかマロが詳し過ぎるんだよ」
「いや、天使ならこのくらい常識だぞ……」
マロはやたら偉そうに上から目線でそう言った。じゃあそんな常識を全然知らない僕は一体何者なんだろう? このまま天使稼業(?)を続けて良いんだろうか?
色んな疑問が頭の中をぐるぐる回って、僕はその答えを出せないままでいた。
マロとやり取りしている内に、やがて僕らは話に出てきた大神殿に辿り付く。近くで見るとさらに立派なその建物は、まさに神殿の中の神殿と言う言葉がぴったりと当てはまった。見た目こそギリシャ神殿みたいな感じだけど、大きさはそれの何倍もあるみたいだ。神殿をテレビで見た事があると言うだけで実際に行った事はないから、言ってもただの想像なんだけど。
この大神殿は神殿自体がまぶしいくらいに輝いていて、きっと心に闇を持つ者はこの場所にすら入り込めないような雰囲気を醸し出していた。そして質素だけれど洗練された装飾が神殿内にさりげなくあしらわれていて、見る者の美的感覚をくすぐらせる。
僕はこの筆舌に尽くしがたい神殿内を歩きながら思わず感嘆の声を漏らしていた。
「すごいね……。美しいとか荘厳とかそんな言葉しか出てこないよ……」
「何てったって天使長様がいらっしゃる大神殿だからな……」
神殿内はやたら大きくて、目的の場所まではかなり長く感じる。内部の間取り自体はとてもシンプルで迷う事は一切なかったんだけど、天使長のいる王座はこの神殿の一番奥。もうそこに辿り着くまでが本当に遠くて足が棒になるんじゃないかさえと思えてしまった。個人的な感覚だけど、入り口から王座までで軽く10kmくらいはあるんじゃないかなぁ。
「これ、飛んでいった方が早くない?」
「神殿内で飛行は禁止だ。それも常識だろ」
「えぇぇ……初めて知ったよ」
実際、空を飛んでも体力は消耗する訳で、歩きより楽かと言えば、そこまで楽と言う訳でもない。ただ、飛ぶ感覚が新鮮で面白くて、どうせ同じ距離を移動するなら歩きより空を飛びたいってそう思っただけだったりする。
しかし今までの夢はサキちゃんとの思い出がベースにあったんだけど、今回のこれは特に思い当たる節がない。なのに何で今こんな天上界なんて設定の夢を見ているんだろう? うーん、分からない。
流石に大神殿は特別な場所なのか、あのマロでも緊張しているっぽい。神殿に入って以降奴の方から口を開く事はなかった。
そりゃこんな特別で神聖な建物だものね――僕だって無口になるよ。
そうして長い長い廊下を抜けて、ついに天使長のいる王座の間までやって来た。全ての天使の長である天使長、一体どんなお方なんだ……。
お付の天使がうやうやしく扉を明けると、そこに光り輝く高貴な天使の姿が目に入って来た。
「うぉっまぶしっ!」
そのあまりの神々しさに僕は思わず声を上げていた。これが天使長の輝きかぁ~っ!
でも肝心の天使長の姿は自身の発する光で逆光になって、シルエットしか分からなかった。話によると、天使レベルを上げて天使長と同じくらいの格になると、そんなにまぶしさを感じる事もなく普通に接する事も出来るらしい。
でも僕らはまだなりたての新米天使……偉大なる天使長の姿をこの目でハッキリ視認出来ないのもまた、当然と言えば当然の話だった。
そんな偉大な天使長が新米の僕らを前に優しく語り始める。
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