41 ミオの不安
「俺たちが自由の旗に捕まっていたときに独房で俺が
「……」
「だから俺はわかったんだ。俺が本当に好きなのは、それは……」
「待って」
突然、ミオは走るのをやめた。
「どうしたんだ、ミオ」
「一緒に行けない」
「なぜ」
「だって私の中にはチップがあるのよ。私といたら、テツヤやみんなにまた迷惑掛けちゃう。だから、私……」
ミオの体はわなわなと震えだした。
「大丈夫だ」
哲也はミオの体を優しく抱きしめた。
「えっ」
「それについては俺とエリカ司令とでなんとかする。心配しなくていい」
「本当に?」
「ああ、俺を信じろ。俺たちはパートナーじゃないか」
ふたりは互いに見つめ合った。ミオは哲也の瞳の中に映る自分の姿を認めた。
「うん、信じる」
ミオは力強くうなずいた。その顔に再び笑顔が広がった。
「さあ、もう少しだ」
ふたりは再び前を向いて走り出した。
■「そのとき」から、1時間13分経過
エリカは哲也とミオがやって来たのを見届けた。生き残った者たちはすでに安全な地点まで待避させてあった。哲也とミオが見守る中で彼女は自爆スイッチを押した。轟音とともに建物を含め、すべてが一瞬にして崩れ去った。
「やつらはどうなったんでしょうか」
がれきと化したアジトの跡を見つめながら哲也はエリカに尋ねた。
「待避する時間は十分にあった。おそらく残ったアンドロイド兵の中で爆発に巻き込まれたものはないだろう。もちろん将校も、だ」
「そうですか」
哲也は改めてアジトの跡を眺めた。ほんの短い期間ではあったが、それまでのどの場所よりも大切な場所であったように感じていた。
「さて、次は君たちの番だ」
エリカは哲也とミオに向かって言った。
「はい」
「はい」
エリカはミオを平らな場所に横たわらせると彼女の胸元を開いた。ミオの顔が赤らんだ。彼女は恥ずかしそうに顔を背けた。
エリカは彼女の胸元の一カ所にペンで小さな点を打った。
「ここだ」
エリカが指す先を見つめながら哲也はうなずいた。全神経をそこに集中させていた。
とそのとき、顔を背けたままでミオが言った。
「何じっと見てんのよ。私だって恥ずかしいんだからね」
「あっ、ごめん」
思わず我に返る哲也。
「早くやっちゃってよね。こんなこと、テツヤじゃなきゃ許さないんだから」
「ああ、わかってるって。ただ絶対に失敗できないからな。なんたってミオの命が掛かってるんだもんな」
「『失敗』なんて言葉を言っちゃダメ。『絶対に成功させる』とだけ考えて」
「そうだな、ミオの言うとおりだ。絶対に成功させる。絶対に成功させてみせるさ」
哲也の顔にフッと笑みが浮かんだ。それを横目で見ていたミオの顔がますます赤くなった。
哲也は再びその“点”を見つめた。その下何十ミリかの位置にペースメーカに偽装したチップがある。それを破壊できるチャンスはおそらく一度だけ。その一度に哲也とミオのすべてを賭けるのだ。
「ねえ、テツヤ」
ミオが静かに言った。
「ん? なに」
「私たち、また逢えるよね」
哲也はハッとした。ミオの言葉が静かに発せられたぶん、彼に与えた衝撃は大きかった。
「ミオ……」
「私たち、これが最後だなんてことはないよね」
ミオの不安に震える目を見た哲也は胸が苦しくなるのを感じた。ミオの目はいつの間にか真っ直ぐに哲也を見ていた。その目は哲也にすがりつきたいという想いに満ちあふれていた。
「勘違いしないで。テツヤの腕を疑ってるわけじゃない。私は怖いの。チップが無事破壊されたその後、私が私のままでいられるのかっていうのが。私が『私』としてテツヤと逢うのが、これが最後なんじゃないかってことが……」
そうなのだ。チップ破壊が難しいと言われるのはその埋め込まれた部位のためだけではない。哲也は航路にやって来たときに受けた講義を思い出していた。講師は言っていた。「チップは対象者の神経組織と非常に密に結合されているため、組織と急激に切り離されると対象者の精神や肉体に重大なダメージを及ぼす可能性が高いからです。死ぬことは滅多にないようですが、手足に重篤な障害が残ったり、ひどい場合には記憶を失って人格がまったくの別人に変わってしまった例などが報告されています」と。
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