38 自由とは 後編
レイラは続けた。
「自由を与えることを拒否しているわけじゃない。自由が欲しければ“自分は自由を与えられるのにふさわしい存在だ”ということを示せばいい。自ら証明してみせればいい。なのにレジスタンスのやつらは自分たちが気に入らないというだけでこの社会を壊そうとしている。それは“自分は自由を与えられるのにふさわしい存在だ”ということを示す行為にはならない。むしろその逆だ。やつらは必死になって“自分は自由を与えられるのにふさわしくない存在だ”ということを示そうとしている。そんな連中に自由を与えたらどうなると思う? それはかつての犯罪や戦争にまみれた社会への逆行だ。絶対に許すことはできない」
レイラは高々と言い放った。その絶対的な信念の前に哲也はただただ圧倒されていた。彼は反論しようとしたが言葉が出なかった。
苦悩する哲也の表情を見たレイラは微笑んだ。今回もまた自身の信じる道が邪説を打ち砕いたのだと彼女は思った。そうだ、社会全体の幸せのためにはこの道しかないのだ。この道が正しい道なのだから賢明なテツヤなら理解できるはず。そしてその結果テツヤはこちらに戻ることになるだろう。そして約束通りテツヤがこのミオという女と一緒に暮らすようになったとしても問題はない。チップを埋め込まれたテツヤの意思などその後どうにでもできるのだ。
「さあテツヤ」
レイラは穏やかな声で言った。
「わかったらこっちに戻ってくるんだ」
数秒の間があった。
「違う……」
「なんだと」
「違う、間違っている。レイラ、君の言うことは間違っている」
レイラは信じられないといった顔になった。自分が信じるこの“正しい道”に彼が本気で反旗を翻そうとしていることが理解できなかった。
「どこが間違っているっていうの!」
思わずレイラは叫んでいた。その声の調子は常に冷静沈着な彼女らしからぬ多少の悲鳴が混じっていた。
自身の思考をまとめ上げようとするかのように、ゆっくりと哲也は語り始めた。
「うまく言葉に出来ないが聞いてくれ、レイラ。君の言うことを聞いていると、まるで自由が特権か何かのように聞こえる。特別に認められた人間だけに与えられる特別な何かというように。でもそうだろうか。自由ってもっと普遍的なものじゃないのか。
昔何かで読んだ本にこんなことが書いてあった、『すべての人は仏になる素質を持っている』と。自由もこれと似てるんじゃないのか。確かに君の言うようにすべての人は元々自由なわけではないのかもしれない。でもすべての人は自由を得る素質なら元々持っているんじゃないだろうか。
君は『自由にふさわしい存在であると認められた人間だけが自由を与えられる』と言う。でも『認める』って誰が? 『与える』って誰が? まるで一人ひとりを超越した偉い“何か”がこの世にあって、そいつが自由を人間に下し与えているようじゃないか。もしかしたらその“何か”を君は“政府”だと言うのかもしれない。それがどういう存在だとしても自由というのは認められて初めて行使できると君は言う。でもそれは絶対に違う」
そう語る哲也の顔からは先ほどまでの苦悩の色がゆっくりと消えていった。代わってその目には揺るぎない決意の炎が燃え上がろうとしていた。レイラは思わず息を呑んだ。
哲也は続けた。
「かつての絶対王政の王や貴族たちは言った、『民衆に自由を与えたら社会が混乱する』と、『だから民衆に自由は与えられない』と。これはすなわち今の君たちと同じ考え方だ。それに対して民衆は革命を起こした。最初にまず自由を手にしたんだ。そしてその後に混乱など起きないことを示した。ここには自由を上から『認める』『与える』存在などない。一人ひとりを超越した偉い“何か”などない。あるのは自分たちだけ。すべてを自分たちで選び取り、その結果がいかなるものであろうとも自分たちで受ける。これこそが真の自由だ。
その結果不幸になる人が出るかもしれない。いや出るだろう。人間は全知全能じゃないからな。でもそれを恐れて上が決めたたったひとつの価値観を押しつけるのが人が幸せになるための本当の道なのか。俺はそうじゃないと思う。幸せの価値観は一人ひとり違う。だから幸せは一人ひとりが別個に追求する。そしてうまくいかなかった人に対しては社会全体でしっかりフォローする。社会や政府ってそういうためにあるんじゃないのか。まず個人があってそれをサポートするために社会や政府があるんだ。逆じゃない」
レイラは黙ったまま微動だにせず哲也の言葉を聞いていた。
「そりゃ他人の敷いたレールの上を走っていれば安心だし安全だろう。人生がうまくいっていればそれを幸せだと感じる人もいるだろう。でもそれって本当に『自分の人生』なんだろうか。人生の幕を下ろすときになって『自分の人生を思いっきり生きた』って感じるのは、やたら壁にぶつかりながら試行錯誤して手探りで進んだ人生のほうじゃないのかな。たとえそれが君たちの基準でいう『幸福でない人生』であったとしても。
確かに俺の元いた時代には犯罪やいざこざ、果ては紛争なんかが絶えなかった。社会的に少数派の人たちの権利や自由がないがしろにされている事例に事欠かなかった。だからといって人間から自由を取り上げるのが解決策だなんて間違っている。エリカ司令や航路のみんなは人が自由を取り戻しかつかつての失敗を繰り返さない道を必死に考えている。自由の旗のマサトシさんなんかもそうだ。あの人たちは自分たちが気に入らないとかいうそんな理由でこの社会を壊そうとしているわけじゃないんだ。俺はあの人たちを信じる。一人ひとりの自由や価値観を尊重する社会の可能性を信じる」
ここまで言い切って哲也はいったん言葉を止めた。そして真っ直ぐにレイラの目を見返した。その強さはさすがのレイラをもたじろがせるほどだった。
哲也の目の力が一段と強まった。
「だから俺はそっちへは戻らない」
力強く哲也は言った。
「レイラ、ミオを解放しろ。俺はそのためには君を撃つこともいとわない」
哲也は銃を持った手を再びレイラへとしっかりと向けた。
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