28 “やるべきこと”
「知っているのか、ミオ」
「知っているも何も、この人とコウタロウが最初にレジスタンス組織『自由の旗』を創ったのよ」
「えっ。『コウタロウ』って、この前ミオが教えてくれた航路の創設者じゃないか」
「おや、お嬢さんのほうはよくご存じのようだね。テツヤ君のほうは知らないようだから、私のほうから簡単に説明させてもらえるかな」
そしてマサトシはゆっくりと語り出した。
「今の政府の横暴に耐えかねて最初にレジスタンス運動を始めたのがコウタロウだった。彼は私より三つ下だが、正義感が強く、ふたりの娘のよき父親でもあった。当初は誰にも迷惑を掛けたくないとひとりで活動していたコウタロウだったが、次第に個人での活動に限界を感じ、私のほか何人かを誘ってある組織を創った。それが自由の旗の元になったのだ」
マサトシは室内をゆっくりと歩きながら当時を思い出すように語っていた。
「自由の旗ではコウタロウがトップ。私は彼をサポートするナンバー2の地位についた。我々の運動は当初非常にうまくいき、自由の旗に刺激されるかのように各地にレジスタンス組織が次々と創られたのだ。
しかし政府側が対レジスタンス掃討に本腰を入れるようになってくると我々の運動は行き詰まりを見せてくるようになってきた。そしてそのころから、コウタロウとそのほかの幹部とのあいだに運動の進めかたに対する考えの違いがはっきりしていったのだ。
コウタロウはあくまでクリーンな戦いを主張した。非人道的な相手に対するにはこちらは人道的でなければならない。政府側を攻撃する場合でも無関係なほかの人々を傷つけてはいけない。人々の生活に関わるインフラは政府の支配に関わるものでない限り破壊してはいけない。彼はそういう考えだった。
一方の私を含めた彼以外の幹部の多くは政府側との戦いにはどんな手段を使っても構わないという考えだった。我々と政府側のあいだにはにわかには埋めがたい差があり、コウタロウのような考えではとても運動の目的を達することはできない、というのがその理由だった。
互いの対立は次第に抜き差しならないものとなっていった。そしてあるときついに彼はトップの地位を剥奪されたのだ。いわゆるクーデターみたいなものだな。私はそれに直接関わったわけではなかったが、その動きを知っていながら何もしないという形で結局それに協力してしまった。
一方のコウタロウはというと、彼は自分に賛同する者たちとともに自由の旗を飛び出し新組織『航路』を創った。レジスタンスを最初に始めた男としてすでに伝説とまで呼ばれていた人間が創った組織だ。各地から参加する者が続出し、自由の旗からも決して少なくない人数が彼の元へと去って行った。
しかしその結果、ふたつの組織のあいだには深い溝ができてしまった。航路では我々のことを『コウタロウが創った組織を乗っ取ったやつら』と思っているだろうし、自由の旗の中には彼のことを『我々からメンバーを連れ去った裏切り者』と見ている者が少なからずいるのだ」
そこまで話すとマサトシは寂しそうな表情で口をつぐんだ。
今や哲也がマサトシを見るまなざしはすっかり変わってしまっていた。彼にもこの男が何者であるのかがはっきりと理解できた。マサトシはレジスタンス運動における「伝説」とまで呼ばれたコウタロウの第一の側近だったのだ。彼があの時警官に追いかけられていたのもそのためだったのだ。そして彼の頭から顔の一部を覆っている金属板。それは自分に埋め込まれたチップを妨害するための“シールド”に違いなかった。
哲也がマサトシに尋ねた。
「じゃあこの前マサトシさんが言っていた『ケンカ別れ』って、その時のことだったんですね」
「そうだよ。私としては彼とはその後ぜひ会って和解したかった。しかし残念なことにその後彼と会う機会はなく、次に彼の名前を聞いたときは彼が死んだというニュースに接したときだったんだ」
重い沈黙がその場に流れた。空気を変えようと哲也が口を開いた。
「ところでさっきはどうして俺たちにチップがないとわかったんですか」
「簡単なことだよ。君たちは以前、私を助けてくれた。そのときから私は確信していたのだ」
「えっ、そんな前から」
「そうだ。もしチップが埋め込まれていれば警官を襲うなどするはずがない。たとえそのような考えが浮かんだとしても、すかさずチップが介入して実行にまでは至らないはずだ」
「なるほど。言われてみればその通りですね」
哲也は感心した。あのとき自分は「あの人を助けるべきだ」という予感に従ってマサトシを助けた。その結果今回マサトシに助けられることになった。
そして思いもかけずそのマサトシから航路とこの組織「自由の旗」との関係を聞くことができた。レジスタンス組織の中で最大級の構成人員を誇る自由の旗と、伝説の人物コウタロウが創った組織として知られた航路との間には暗い歴史があったのだ。
「じゃあ今でも自由の旗と航路は仲が悪いんですか」
おもむろに哲也が尋ねた。
「残念ながらそうなんだ。その後自由の旗では私がトップになり、私のほうから共闘を呼びかけたりはしていたのだが返事はなかった。自由の旗では数年後に似たような形で私をはじめとする古参の幹部は実権を奪われた。私の今の肩書きは『顧問』だが、はっきりいって名前だけだ。こんな支部に追い出されているのがいい証拠だよ。しかも新たに実権を握った若い連中は当時の内情もよく知らないのにイメージだけで航路を敵視してしまっているのだ」
「なんとか両者を和解させられないものでしょうか」
「確かに我々のあいだには過去に不幸な時期があったことは認めなければならない。しかし大切なことは今の政府を倒すことだ。自由の旗と航路はほかのレジスタンス組織からも一目置かれる存在だ。もし両者が手を取り合うことができれば、それを機に全レジスタンス組織の大同団結も夢ではない」
「全レジスタンス組織の大同団結」、この言葉を聞いて哲也は心が打ち震えるのを感じた。抵抗運動が現在それほど成果を上げられていない要因のひとつに、今存在するレジスタンス組織がそれぞれバラバラに活動しているというのがある。各組織間に連携はない。それがもし統一した意思の元に統一した行動を取れれば……。
「そうだ。それができれば今の政府を倒すことも不可能ではないはずだ」
マサトシは力強く言った。言葉だけでなく、その目にも力がみなぎっていた。
哲也は思わず立ち上がっていた。目の前が大きく開けたような気がした。体力でも銃火器の扱いでも劣る自分にとっての“やるべきこと”が見つかったのだ。
「マサトシさん、それ、俺にやらせてもらえませんか。俺が航路に帰ったらきっとエリカ司令やみんなを説得して、絶対に航路と自由の旗を握手させて見せます」
「なんと。ではやってくれるかね。テツヤ君」
「はい、ぜひやらせてください」
ふたりはがっしりと握手した。
しかし哲也は気づかなかった。彼の傍らでミオが悲しそうな顔をしていることには。
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