25 捕らえられたふたり
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哲也とミオはレジスタンス組織の支部に連行された。ふたりはそこで別々にされ、その日のうちに個別に尋問された。
「貴様っ、あそこでどんな情報を政府に流していた。言えっ!」
「だから俺たちは政府の人間じゃないって言ってるでしょ」
「嘘をつけ! 政府の人間でもないやつがどうしてあんな特殊通信機を持っているんだ。あれで我々の動きを探っていたんだろう。違うか!」
「なぜ俺たちがあれを持っていたのかは言えない。でも断じて俺たちは政府の人間なんかじゃない」
「こいつ、ガキのくせにしぶといやつだ。おい、もう少し痛めつけてやれ」
ふたりは航路で事前に様々な状況を想定した対応方法を学んでいた。例えば「政府側に捕らえられて尋問された場合」とかだ。しかしさすがにその中に「ほかのレジスタンス組織に捕らえられて尋問された場合」というのは存在しなかった。
この当時、数多くのレジスタンス組織が存在していた。しかしそれらの組織の間に情報のやりとりは存在しないと言ってよかった。情報のやり取りがないというだけではない。どこにどんな組織があってどういった活動をしているのか、それさえもほとんどわかっていなかった。報道機関が彼らの活動について伝えることはまずなかったし、もし彼らに関する情報をネットなどに流そうなどと考える人間がいたなら、チップシステムにより早ければ十数分後には“そのような人間は元々存在しなかった”ことにされてしまうからだ。
そんな中にあっても航路を含むごく少数の組織の活動については比較的ほかのレジスタンス組織にも知られているほうだった。なので「自分は政府側の人間ではなく航路に属する人間である」と訴えれば解放してくれるかも知れなかった。なんと言っても彼らは航路と同じく政府に抵抗する組織なのだから。
しかし相手は逆にそれを利用して航路になんらかの要求、例えば身代金とか、をしてこないという保証もなかった。レジスタンス組織の多くはたいてい資金不足にあえいでいた。またレジスタンスを名乗りながら山賊まがいの行為を行うような組織があるとも聞いていた。
なので哲也とミオは尋問では自分の名前、年齢などのほかは「自分は政府の人間ではない」ことだけを繰り返した。通信機をどこで手に入れたかを聞かれても「言えない」とだけしか答えなかった。たとえそれで自分に対する尋問が熾烈さを強めようともそれだけは変わらなかった。
“ミオは無事でいるだろうか”
独房の中で哲也は思った。過酷な尋問による疲弊で彼の頭はひとつのことしか考える余裕がなくなっていた。そしてそれは自身の痛みのことでも相手に対する憎しみでもなく、ただミオのことだけだった。
ふたりは尋問も別々であれば入れられた独房のフロアも別々であった。互いの様子をうかがい知る方法は存在しなかった。ただ尋問役の言動からどうやら相手が生きているらしいことが推し量れるだけだった。
「ミオ……。くそっ、すぐ近くにいるはずなのに俺には何もできないなんて」
哲也は自身の無力さを憎んだ。彼は握り拳で壁を殴った。拳に血がにじんだ。しかし彼は拳の痛みなんか、ミオが今もしかしたら受けているかもしれない痛みなんかに比べたら、どうってことはないって思った。
“航路のみんなは心配してるだろうな”
哲也は思った。エリカやマナカの顔が浮かんだ。ようやく作戦の一端を任されるまでになれたのに迷惑ばかりかけてすまないなと思った。
「航路は自分たちを探してくれているだろうか」
ふと哲也はつぶやいた。ミオのことはきっと探すだろう、たとえ危険を冒してでも。哲也はそう思った。ミオにはそれだけの価値がある。心臓に不安を抱えているので激しいことはできないが、頭もいいし何より明るい。ミオといるとお日様に当たっているようなあったかい気分になる。ミオには無事でいてほしい、航路のみんなにあの笑顔をぜひまた見せてあげてほしい。哲也は本気でそう思った。
一方で自分はどうだろうかとも思った。自分は航路のみんなに探してもらえるような存在だろうか。最初の作戦見学の時から迷惑をかけっぱなしじゃないか。ミオとのデートを命じられたのも元はといえば自分がしっかりしていなかったからじゃないのか。そして今回の事態だ。自分はみんなから探してもらえるようなことを何もできていない。みんなの力になれていない。いや、“みんな”どころじゃない。ミオひとりの力にさえなれていないじゃないか。そんな自分のふがいなさが哲也は悔しかった。
「俺は航路で何もしてない、何もできていない。何のために俺はあそこにいるんだ。体力だってまわりの訓練生に劣るし、銃火器の扱いだってまだまだへたくそだ。俺の存在価値ってなんだ。大体俺はあそこにいていいのか。俺はレジスタンスの一員だと胸を張って言えるのか。それともいずれ自分にとっての“やるべきこと”が見つかるとでもいうのか。その前にここでくたばっちまうんじゃねえのか。畜生、情けねえ」
哲也は心が折れかかっていた。自分のような人間を助けるために航路のみんなに危険が及ぶくらいならいっそ死んでしまったほうが、とまで思い詰めた。
しかしそんな彼を救ったのはまたしてもミオだった。彼の目にミオの幻影が浮かんだ。その顔は少し拗ねているようだった。声が聞こえるような気がした。
「男だったらキスした以上、責任とんなさいよね」
“そうだ、自分はまだここでくたばるわけにはいかない”
哲也は思った。
確かに自分は航路のためにこれまで何もできていないしこれからも望み薄かもしれない。でもミオになら。ミオひとりのためになら自分にもまだ可能性はある。大体自分はミオのパートナーじゃないか。でもそのためにはふたり揃ってここから脱出しなければならない。ミオは無事だろうか。哲也の思考は結局そこへたどり着くのだった。
彼の脳裏にミオとの思い出が次から次へとよみがえってきた。背中合わせで会話した日、アジトで初めて会った日、「ミッション」という名目でデートした日々、そして思いがけない形ではあったがキスしたあの日……。
「ミオ……」
そして目に涙をいっぱいに溜めながら、彼はゆっくりと膝から崩れ落ちた。
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