【ボーナストラック】君の知らない物語②
私は眠り続けるルベリウスの顔に視線を落としたまま考える。
自分は失敗した。
あの日、己の不甲斐なさに深く絶望し、打ちひしがれた。
あれだけ大掛かりな準備をして呼び出せたのは――村人。
今までの自分の努力は何だったのか。
自信があった。始祖も従えていたという大いなる天使を呼び出して、その力によって明るい未来が得られる結果を疑っていなかった。自分の作った術式を大々的に発表し、賛辞の荒らしに包まれるはずだった。自分はこんなにも頑張ってきたと成果を誇れるはずだった。
だというのに。
現実はこの体たらく。
呼び出した守護天使は言うことを聞かない。
制御術による命令を受け付けない。
やせっぽっちのもやしみたいな姿をした、どこからどう見てもただの村人だというのに。偉そうな物言いをして、年下のくせに年寄りを自称し、年寄りじみたことを言う不快な存在。
それだけではない。大きな態度で上から目線で周りに悪い印象を与えるばかりか実際に大ごとを起こした。だというのに反省の色も改善の努力も全く見られず、働きもしないでのうのうと図書館通いの読書三昧な日々を過ごす。贔屓目に見ても救いようのない不良品と言わざるを得ない。
こんなもの、切り捨てたい。
だが――捨てられない。
あれだけの大仕掛けで呼び出した守護天使を帰還させる方法なんてわからない。
召喚物の面倒は召喚者が見なければならない。送還するにしても殺すにしても召喚者が責任を持たなければならない。
あの村人を呼び出したのは自分。想定した天使ではなかったが、召喚自体は事故ではなく、意図して、任意で呼び出したもの。
その事実が嫌で嫌で仕方がない。
消せるなら消してしまいたい。
すべてを無かったことにしたい。
送還できないなら殺して晶石にすればよいのだが、それも失敗した。
自分で計画したことではない。王太子の企画を後から聞かされて追認を迫られた時、自分は答えに窮しはしたが、強く拒否はしなかった。
心のどこかで、アレを消せるなら消したいと思っていたのは確かな事。隠し持っていた転移魔法を封じ込めた晶石は、私が怪我を負う事で発動する。多少のリスクはあるが、命を失う事は絶対にないと言われていた。私自身も、自分の失敗の尻拭いをしてくれるのだから多少のリスクは負わなければと覚悟していた。
だのに。
――私は、何もわかっていなかった。
怖かった。
私は甘かった。
覚悟ってなんだろう。私は自分で思っているほど賢い存在ではなかった。命を懸けるという言葉は、とても重いものだった。そんな事も知らない、世間知らずな子供、それが私だった。
逆に今回の事で、私はその、消すべき村人の、強さを見せつけられた。
今までこの村人の面倒を見ていたのは監視の為だ。野放しにしておくにはあまりに危険すぎる存在であったから。
それに守護天使は学園卒業までは少なくとも必要だ。守護天使の無い状態では三年の昇級試験を受けられない。入れ替えられるならそれが最上だが、それができない状況であったのでやむを得ない措置だった。業腹だが仕方がなかった。
もうその時点で私は、自分は奢っていたと反省していたのに。身の程もわきまえず人型なんかを設定した自分が愚かだったのだと。もしもう一度やり直せるなら、今度はスタンダードな精霊獣型を選びたいと。
ずっとずっと、そう思っていた。
命の危険のないチャンスにすがったのも当然の事。選択肢など初めから無かったのだ。
『叔父上が言うには、守護天使が死んだ時に発生する膨大な聖粒輝を隠れ蓑にし、【
その発言から、王太子に企画を持ち込ませたのはドルニエ閣下に違いないと私は考えた。王国最強であり魔術機関の長の発案ならきっとうまくいくと。
守護天使を生贄にして逃げればよい。私はその言葉に救いすら感じた。
だから計画通り適当に相手をして、威嚇して、弱そうなもやし男に虎をけしかけようと考え行動した。
けれど虎は想像以上に手ごわかった。魔道具の攻撃が効かなかった事で焦ってしまった私は、殺意という圧力を直視してしまった。生物が生物を殺そうとする気迫があんなにも恐ろしいものだとは。私はパニックを起こした。
逆に虎たちは冷静だった。アレらはルベリウスの見た目に騙されなかった。
彼らが弱者と認識したのは弱そうな村人ではなく、武器を構え火の一撃を放った自分だった。
その事実に愕然とした。虎を甘く見積もったことを後悔した。
これは怪我では済まない。一撃で命を刈り取られると、本能で思った。計算を誤ったことに気が付いたのと死を覚悟したのは同時だった。
自分があの時目を閉じて、襲い来るだろう痛みを想像し、その場に縮こまり震えたあの時。己の浅慮によって引き起こされた愚行の代償を支払わされんとしたその瞬間。
恐る恐る目を開けた先に――彼がいた。
「私は君を守り切る。それは絶対にだ」
「ッ……」
肌を撫でた衝撃波による風。
宙を舞う頭のひしゃげた虎。
常人を凌ぐその圧倒的な所作。怒涛の攻撃をしようとしていた虎たちが、ルベリウスに睨まれただけでぶるりと震え、後方に大きく飛び退き距離を取っていた。
あの一瞬で、自分は恐怖を忘れた。
だからか。
自分を守らんと本気を出した守護天使のセリフに、冷静になった頭が思考した。
あんな扱いをしてきた自分を、この男が守る理由などないのでは、と。
自分が死ねばルベリウスは呪縛から完全に解き放たれる。それは彼にとって千載一遇の好機だったはずだ。その場から去るという選択肢こそ最良であったはずだ。
にもかかわらず、彼は何故踏みとどまったのか。どうして自分を助けたのか。
わからない。
守護天使だから、とでもいうのか。
それを散々否定してきたあの存在が。ひどい扱いを受け続けてきた、あの男が。
従者を餌にして逃げようと考えていた主人と、主人を庇う行動を当たり前としてとった従者。
私欲に目がくらみ馬鹿な考えを起こした自分と、私欲に流されず真摯に召喚者としての責任を果たした村人。
頭が真っ白になる。
わからない。
わからないが、そこに恥辱が残ったのは事実であり、それは受け入れなければならない現実だ。今はそう理解している。
ひとまずは。
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