守護天使①-1-2
声は様子を遠巻きに見ていた子供達の中から上がった。
そしてその一言をきっかけに、子供達が一斉に笑い出す。
「そ、そんなのわかんないでしょ!」
目の前の少女が子供ら側を向いて慌てて叫んだ。
「大口叩いておいてこのザマか? もうずっと引きこもってろよぉ!」
「落第待った無し!」
「流石落子! 期待を裏切らないな!」
続いて別の子供らが声を上げると、笑いはどっと加速した。先ほどまでそわそわしながら、しかし期待と興奮が綯い交ぜになった様子でこちらを窺っていた少年少女たちの変化に私は少々驚かされる。
――やはり学童か。それにしてもこの有様はなんなのだ。何の行事だ?
宗教が運営する学園など珍しくはない。しかし目の前に広がる光景が授業の一環の中でのことというのはなかなかに稀有なことではなかろうか。
――祭壇に人を乗せる……生贄を象徴する儀式なのか?
帝国圏外の文明度の低い惑星ではそういった風習のある宗教が存在するという話は聞いたことがある。いや、学校に生贄の儀式祭壇施設があるなど帝国圏外の惑星でも聞いたことはないが、子供たちの持つ雰囲気だけで判断するなら随分と知能が低そうだし、ここはそういう文化圏なのかもしれない。
――とはいえ、衣装が統一されている様子からIQ50未満の文化圏という事はなさそうだが……。
目の前の少女に投げかけられる言動には、わかりやすい悪意が混じっている。
どう見てもいじめの類だ。だのに警備ボットの類が動いている気配がない。つまりそれは秩序維持機構が働いていないということだ。それはここが文明後進国であるということの裏付けと言える。
――使われている言葉は少し古い帝国語。にもかかわらず機械化が徹底されていない場所。
帝国圏に近い辺境惑星なのか?
それにしては子供らの着ている服を含め、この空間を構成する空気にはどことなくフォークロア的なものを感じる。宗教ファンタジーと形容すべきだろうか。
――ギリギリ帝国の影響を受けている低文明地域だとしても、そんな星があっただろうか。
考察は尽きないが、それよりも私は見ていて不愉快ないじめ行為を先に止めさせるべく、この施設の指導的役割の人間を目で探す。子供しかいないという事はあるまい。やはり話すなら大人でなければ。
「アンジェリカ=リモージュ君」
などと思っていると、子供らが騒ぐ声の向こうから男性の声がした。
野太い声に名前を呼ばれて目の前の少女の背筋がピクンと跳ねるように伸びる。声のした方へ視線を投げれば、そこには紺のローブを着た中肉中背の中年の男性がいた。
――なんだあの格好は……。
管理者と思われる人間の姿を見て私は半ば反射的に目を細める。童話の魔法使いが持つような大きな木の杖を持つその男は、一見まったく管理者らしくなかったからだ。
頭は七分ハゲ。ひげを生やしており冴えない印象を与える風貌をしている。あれでは指導者というよりファンタジー映画のわき役にしか見えない。
「お願いします! もう一度だけ召喚させてください!」
ゆっくりとこちらへ歩いてくるそんな中年男性に対して、目の前の少女が急に弁明を始める。
「それは許可できない。進級試験にやり直しはない。これは絶対だリモージュ君」
「今すぐにとは言いません! 次の機会に、欠員が出た時に」
「無理を言うのはやめたまえ。例外規定が適用されるべき事象は確認出来なかった。という事は、これが君の結果だという事だ。君は【守護天使】を召喚した。二年に進級は確定だ。それでいいじゃないか」
「でも! これじゃあ――」
「くどい! 召喚した守護天使は君の【
「そんな……村人が守護天使なんて――」
「呼び出した守護天使の変更は有り得ない。それは自分自身を否定する事と同義だ。嫌なら退学したまえアンジェリカ=リモージュ君」
身振り手振りを大きく使いながら必死に機会を与えて欲しい旨を繰り返す少女。彼女は懸命に中年男性に向かってまくし立てていたが、その主張はあっさりと却下された。
――守護天使? 何の話だ?
唐突に出てきた耳慣れない言葉に意表を突かれた。天使――天使とは、あの天使のことか。宗教によく出てくるというあの。
――ということは、彼らが着ているのは学生服ではなく宗教団体の正装なのか? 彼らは信徒ということ……。
そう考えかけ、私はそれを否定する。その理由は、彼が「進級」と言っていたからだ。
進級するということならば、そこには採点という行為があり、そこから守護天使という言葉が神学などの学問上の言葉、ないしはそれに類する比喩的表現のたぐいだと推察できる。つまり教師たる彼の言葉は、少女が学問上の課題において成果を上げたから進級が確定したという文脈によるものであろう。
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