FILE-21 ルーンの錬金術師
とはいえ、恭弥が真面目に部員探しをすることはなかった。
ディナー代くらいで済むならそちらは土御門たちに任せておけばいい。恭弥は恭弥で『
あまり人が寄りつきそうにない研究棟の屋上に出て階段室の上へと登った恭弥は、講義をサボって昼寝しているように見せかけて幽体離脱を行った。
霊体となった恭弥は自由に飛び回れる。気をつけなければいけないのは白愛のような『見える』人間だ。魔術師ばかりの学院ではその比率も高くはないが決して低くもないだろう。
慎重に空を飛び、壁を抜け、
――ここも外れのようだ。
この三日間、土御門と白愛には
資料庫内の時計を見る。探索を始めて既に三時間が経過していた。
――とりあえず、一旦戻るか。
恭弥が幽体離脱していられる時間は最長で七十二時間だが、そろそろ戻らなければレティシア辺りが文句を言ってきそうだ。
そう考えて捲っていた本を閉じた時、肉体の方に異変を感じた。
――チッ、誰かに見つかったか!
恭弥は資料庫を飛び出し肉体のある研究棟を目指す。探索は遠くから近くへと行うようにしていたため、幸いこの距離からだと戻るのに一分もかからなかった。
やはり傍に誰かいたが、詳しく確認する前に恭弥は肉体と融合した。
「誰だ!?」
「はうあっ!?」
飛び起き様に誰何すると、何者かは驚きのあまり悲鳴を上げて引っ繰り返った。
ふさりと揺れたストロベリーブロンドの髪を白いリボンでツーサイドアップに結っている少女だった。恭弥より一つか二つほど年下だろうか。小柄な輪郭に収まる大空を閉じ込めたような大きな青い瞳。整った鼻梁。ミルク色の健康的な肌。学院の制服の上からもわかる豊満な胸と転んだ拍子に捲れ上がったスカートは目のやり場に大変困るが……そんなことを言っている場合ではない。
「うぅ~、痛いですぅ……」
気づいてないのかスカートを押さえようともせず涙目で打ったらしい頭をさする少女。恨みがましく恭弥を見るが、今回ばかりは手を差し伸べる前に警戒心が立ちはだかった。
ここは普段人など来ることのない屋上だ。鍵こそ開いていたが、この研究棟自体そもそも利用している人が少ないことは三日前から確認している。
無関係な一般生徒の可能性はゼロではないが、それでも問い質さずにはいられない。
「お前は誰だ? なぜこんな場所にいる?」
「それはこっちのセリフですよー」
赤毛の少女は女の子座りになると――ぷくー。フグみたいに頬を膨らませて上目遣いで睨んできた。
「せっかくアレクにバレずに一人でお菓子を食べられるプライベート空間を見つけてたのに、あなたがお昼寝していたせいでいろいろ台無しです」
「おい、他人を軽々しく指差すな」
不愉快そうに指を差す赤毛の少女に恭弥も不愉快に返した。
――ただの一般生徒か……?
この場にいた理由は謎だが、少なくとも恭弥と同じではないことだけは理解した。それならば恭弥はさっさと退散するだけである。
「悪かったな。俺は消えるよ」
「あ、待ってください」
少女は立ち去ろうとする恭弥の制服の裾を掴んできた。
「わたしがここにいること、アレクには黙っていてください」
「アレク?」
「はい、わたしの従者なのですが、口うるさくって好きな時にお菓子が食べられないんですよー」
そんな奴は知らない。知らない奴をいちいち探してチクれるほど恭弥は暇ではないのだ。ここは適当に約束して退散するのが吉である。
「わかった。誰にも言わない」
「むぅ、なんか信用できませんね」
そんなこと言われても困る。
強引に振り払うのは簡単だが、彼女が一般生徒であるならばもし怪我させてしまった時に申し訳ない。そんな感じで恭弥が対応に迷っていると、少女はなにかを思いついたのかぱあぁっと笑顔になった。
「あ、わかりました。あなたもお菓子が欲しいのですね。お菓子が大好きなんですね! だったら早く言ってくれればいいのです」
「いや、嫌いじゃないが別にいらない」
「じゃあ一緒にティータイムにしましょう。これであなたも同罪です♪」
「どうしてそうなった?」
「待っててくださいねー。今テーブルを用意しますから」
「話を聞こうか」
恭弥の言葉などどこ吹く風といった調子で少女は裾を掴んだまま立ち上がると、制服のポケットから小さな金属片を取り出した。
その金属片にはなにか文字のようなものが刻まれている。
見覚えはあった。
「〈ブラクテアート〉――ルーン魔術か」
ルーン魔術。
北欧由来のルーン文字を利用した魔術だ。剣や杖などの道具にルーンを刻むことによりなんらかの効果を付与させたり、黄金製の円盤に刻んで護符を兼ねた装飾品としても扱われたりする。
その黄金製の円盤のことを〈ブラクテアート〉と呼ぶのだが、今彼女が取り出した物のように他の金属で代用される方が一般的だ。
「はい、そうです。よく知ってますねー」
隠すことなく肯定し、少女はその金属片を適当に放り投げた。
刹那、その金属片から強烈な光が放たれた。
いや、魔法陣ではない。
恭弥たちが立っている階段室が金属片を中心に隆起し、コンクリートだったものが見事なガラスのテーブルへと変化した。
物質を他の物質へと変成させる術。
「錬金術だと……」
さっき見た陣は魔法陣に似ているが、物質変換のコードを科学寄りに描いた全く別の陣――錬成陣だ。
「はい!」
少女は置いてあった大きなカバンからティーカップやら魔法瓶やら大量のお菓子を取ってテーブルに並べながら、機嫌がよくなったのか花咲く笑顔で言う。
「わたしはフレリア・ルイ・コンスタンと言います。入学したばかりの一年生ですが、『ルーンの錬金術師』なんて呼ばれているんですよー」
彼女の開いたカバンの中に見えた学生証は――ブロンズカラーだった。
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