FILE-18 部活動結成

 悪魔の生贄にされた二人の男子生徒をレティシアが呼んだ救護隊に任せた後、恭弥たちは旧学棟の新聞部部室へと戻った。

 めちゃくちゃに荒らされた部室で、恭弥はなにも知らない土御門と白愛に大まかな事情を説明した。


 エルナ・ヴァナディースのこと。

 今回の事件の発生原因である幽崎・F・クリストファーのこと。

 奴が狙っている、世界を引っ繰り返し兼ねない知識が詰まっている魔導書のこと。

 そして、同じくその魔導書を恭弥とレティシアも探っていること。


「『全知の公文書アカシック・アーカイブ』……おいおい大将、ホントにそんな凄えもんがこの学院に眠ってんのかよ?」

「過去だけじゃなくて、未来についてもわかるんですよね?」


 それらを一通り聞いた二人は、とてもじゃないが信じられないといった顔をしていた。


「ええ、そうよ。宇宙を含めた世界の誕生から終焉、永久機関の製造法、不治の病の治療法、一人の人間が一生で行った瞬きの回数とか恭弥が将来誰と結婚するとか、そんなやばいことからどうでもいいことまでありとあらゆる記録・知識を参照できる魔導書。知を求める魔術師にとっては、いえ、魔術師じゃない人間だって人生かけてでも見つけ出したい代物ね」


 レティシアが改めて具体例を出して説明した。その具体例の中になんか変なものが混じっていた気もするがスルーしておく。

 土御門が鼻息を荒くする。


「マジか……そんなものがあったらヤバいだろ! 今日の白愛ちゃんやレティシアちゃんが履いてる下着の色まで一瞬でわかっちまうんだよな!」

「……」

「……」


 うひょひょーっ! とテンションを上げる土御門を見る女子たちの視線は太平洋すら凍りつかせそうだった。


「九条さん、塩撒いてー」

「わかりましたー」

「うぴゃっ!? ぺっ!? しょっぱいって白愛ちゃん!? オレ塩漬けに――ってこれなんかデジャブ!?」


 塩まみれになる土御門には一部学習能力が欠如している疑いがあった。


(恭弥、本当に説明してよかったの? なんか不安になってきたわ)

「……俺も正直失敗した気がする」


 土御門だけでも救護隊に無理やり預けてしまってもよかったのではないかと真剣に後悔する恭弥だった。


「んで、大将たちはなんでそれを狙ってんだ?」

「それは詮索しない約束よ」


 何気ない調子で訊いた土御門にレティシアがハッキリと告げる。


「なんでだよ? 協力してやって行くんだろ。だったら素性はハッキリさせといた方が信頼できるってもんだ」

「信頼する必要がないの。魔導書が見つかるまでの協力なんだからその後は敵同士よ。不利になるかもしれない情報をお互い口にできるわけないじゃない」


 だから最初から詮索しないことを明言して協定とする。探り合いなんかを始めていたら協力なんてできないし、なにより時間の無駄だ。

 一般の学生には危な過ぎる案件だろう。

 恭弥はその一般の学生である二人を見た。


「土御門、九条、さっきは説明を聞いたら拒否できないと言ったが、協力するとなると当然危険が伴う。それはさっきの悪魔の件でもわかると思うが、やめておくなら今のうちだ。だが――」


 すっと恭弥は片手で土御門と白愛を


「やめるのなら俺たちに関する記憶を全部消さしてもらう」


「「……ッ」」


 恭弥の本気の目に二人は息を呑んだ。相手の精神に呪いを撃ち込むガンド魔術。恭弥には冗談抜きで記憶の一部を消すことが可能なのだ。


 先に土御門が口を開く。


「へっ、危険が怖くて大将のダチが務まるかってんだい。オレは乗るぜ。学院都市に眠るお宝を探すなんて考えただけでもワクワクするってもんだろ」


 強がりではない。心の底から彼の魔導書を探すことに、いや、恭弥たちとそれをすることに楽しみを見出している目だった。


「私は……正直、『全知の公文書アカシック・アーカイブ』なんてものにはあまり興味がありません」


 白愛は胸の前で手を組んで祈るように言葉を、想いを紡ぐ。


「ですが、拒否できないって脅されていても、黒羽くんたちがやろうとしていることを知りたいって思ったのは本心です。だから、自分なんかが黒羽くんたちの役に立てるなら協力したい、です」


 まだ少し怯えているところもあるが、彼女の黒い瞳に宿す光は決心がついているようだった。


「それに、黒羽くんたちのこと忘れちゃったら……私、また一人になってしまいます。それは寂しいので」


 儚げに微笑む白愛。どうやら、そちらの気持ちの方が強いらしい。


「決まりね」


 レティシアがパチンと指を鳴らす。それからなにを思っているのか腰に手をあててむふん! と残念な胸を張った。


「これからはこの四人と一羽で活動するわけだから、どこか拠点が必要よね」

「必要か?」

「必要なの!」

(私も人の方にカウントしてほしいわね)

「うっさいわね話の腰折らないでよ! カラスなんだから一羽でいいでしょうが!」


 揃って首を傾げる黒い羽コンビに叫び散らし、レティシアは「おほん!」と咳払いをして話の本筋を語る。


「えーと、とにかく拠点よ拠点! でさ、そこで思ったんだけど、みんなもうなんかの部活に入る予定があったりする?」

「部活?」


 この新聞部が存在していたように、総合魔術学院にも一般の学校と同じように部活動がある。対外試合やコンクールなんてものはないが、息抜きや趣味の感覚で入部している生徒は多い。


「いんや、オレは帰宅部のつもりだったけど」

「私も特には」

「俺もない」


 ここは魔術師の学校だ。部活動目当てでやって来ている者は皆無だと断言できる。昨日入学したばかりの恭弥たちが部活のことまで考えているわけがない。


「だったらさ、あたしたちで新しい部を作っちゃえばいいと思わない? 部費は出ないけど、部室は割り当てられるから」


 つまりその部室を拠点にしようという腹積もりなのだろう。


(それ、私は蚊帳の外よね)

「生徒でやることだからな」

(まあいいけど)


 エルナはぷいっとカラスの首をそっぽに曲げた。既にペット扱いされつつあるためどこかご機嫌斜めな様子だった。

 白愛が控え目に挙手する。


「えっと、どんな部にするんですか?」

「そうね。できれば調査がやり易い部がいいわ」

「なるほどなるほど、確かこの部屋は新聞部だったよな。だったら新聞部でいいんじゃないか? 今は他にないんだろ?」

「探偵部にしましょう!」

「オレに発言権はないのかな!?」


 土御門は泣きそうだった。


「馬鹿ね。新聞部がなんで潰れたのかわからないの? なにかヤバげなことに深入りしたのよきっと。だから潰れた後ずっと再興してないんだと思うわ」

「いやいやレティシアちゃん、だったら探偵部とか直球過ぎてもっとヤバい気もするんだが?」

「はん、直球だからいいんじゃない。ていうか表向きの活動もするんだから、新聞部なんかになったらいちいち新聞作んないといけないでしょ? そんな面倒なの嫌よ」


 本音が聞こえた。


「まあ見てなさい。教師陣がどんなに頭が固くても、あたしにかかれば明日には承認させてやるんだから」


 さっそく申請書を貰って来なくちゃ! と言ってレティシアは慌ただしく部屋を出て行った。その自信が一体どこから来ているのか恭弥にはさっぱりわからなかった。


 レティシアが旧学棟から去っていくのを窓から確認すると、恭弥は元々感情の薄い表情をより引き締めて土御門と白愛に向き直った。


「協力してくれるとなった以上、二人には俺たちのことを話しておこうと思う」

(恭弥!?)


 エルナが悲鳴じみた声を上げた。念話だけでなく実際にカラスの声でも鳴いていた。


「本来無関係な者を巻き込むんだ。いや、もう既に巻き込んでしまっている。ならば俺たちは正体を明かすのが誠意だろう? 二人には得体の知れない奴のために危険を冒してほしくない」

(それは、そうだけど……)


 渋るエルナだが、それ以上は否定も止めようともしなかった。恭弥はそれを許可されたと受け取っておくことにする。


「黒羽くんとエルナさんの正体……?」

「ハハッ、大将のバックにどんなヤバイ組織がついてるのか明かしてくれるってわけか」


 土御門と白愛も緊張の面持ちになる。恭弥の正体が知られれば考えが変わってしまうかもしれない。だが、それを理由に降りるなら宣言通り記憶を消させてもらうだけである。

 恭弥は全員が聞く体勢になったことを認め、一拍置いてから口を開いた。


「俺とエルナはBMA――魔術管理局の特殊諜報員(エージェント)だ」


「「――ッ!?」」


 明らかな驚きと動揺。

 恭弥は構わず言葉を続けた。


「土御門清正、九条白愛。改めて管理局から正式に要請する。『全知の公文書アカシック・アーカイブ』の発見または確保のため、俺たちに協力してもらいたい」 

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