FILE-13 Card Magic
この時、学院全域にけたたましい警報が鳴り響いた。
一体どこから侵入してきたのか、確認されているだけで五体の下級悪魔が無差別に人を襲い始めたのだ。悪魔の出現地点は総合魔術学区の、主に新入生の教室となる学棟が林立している区画だった。
下級とはいえ悪魔。ろくに魔術の使えない新入生はもちろん、並の魔術師でも手に負える相手ではない。午後からの講義は中止となり、生徒たちは教師の指示に従って避難していく。
しかし、一見無差別に人を襲っているように見える悪魔だが、実際は違った。
悪魔たちは特定の範囲内にいる『力の強い魔術師』を優先的に狙っていたのだ。
「ヒャハハハハハハ! 惑え! 狂え! 踊れ!」
そんな慌ただしくなった学院の様子を近くで最も高い学棟の屋根から見下ろし、幽崎は大仰に両腕を広げていた。
「さあ、楽しい楽しいダンスパーティの始まりだ!」
☆★☆
球体状の黒い塊に、ギョロリとした大きな一つ眼が開いた。
血走った眼球が動き、身構える恭弥とレティシアを交互に見る。そして獲物でも見つけたかのように、丸い体のあちこちから無数の触手を伸ばしてきた。
「避けろ!」
恭弥はレティシアを突き飛ばし、自分も後ろに跳んで触手の一撃を回避した。
「なによ……なんなのよこいつ!? きもい!?」
再び伸ばしてきた触手をレティシアはタロットカードを投擲して切断する。しかし触手はすぐに再生し、本棚に巻きつけて投げ飛ばしてきた。
「おい!」
「大丈夫!」
指を向けようとした恭弥をレティシアは制し、一枚のカードを取り出して目の前の空中に置いた。
ガシャアアアン!! と。
カードから射出された魔力の光線が本棚を破壊し、その向こうの怪物の体をも焼いた。
だが――
ゔぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!
黒い塊の怪物なので焦げ跡はわからないが、少なくとも効いている様子ではない。怒りだけを買ってしまったようで、精神を抉るような怨嗟の叫びを上げている。
「だったらもっと増やすまでよ!」
レティシアは合計五枚のカードを自分の周囲に設置した。全て同じ絵柄――砲台の取りつけられた豪奢な馬車が描かれている。
「『THE CHARIOT』――『戦車』の正位置。不屈の意志。敵の征服。前進し、勝利をもたらす一撃を放つ!」
唱えるように叫ぶ。五枚のカードから強烈な魔力光が時間差で射出され、怪物の体を容赦なく穿つ。
タロットに込められた意味を抽出し、そこに新たな解釈や法則を付与することで固有の魔術に昇華させるカードマジック。レティシア・ファーレンホルストは『運命の人』とか言っちゃうただの脳内お花畑な占術師というわけではないらしい。
「昨日の占いに出た『思いがけない災難』ってこれのことね。誰だか知らないけど面倒なことやってくれるわ」
ガトリングガンのごとく魔力光を連射させながらレティシアは少し乱れた金髪を掻き上げる。単眼の怪物に対し確かな手応えを感じているのか、彼女は薄い胸を張って余裕の笑みさえ浮かべている。
だから、気づいていない。
彼女の攻撃は――少なくともあの光線では、単眼の怪物には決して致命傷を与えられないことに。
「レティシア! 攻撃をやめて早くそこから離れろ!」
「は? なに言ってんのよ恭弥? もう少しで倒せ――」
言いかけた次の瞬間、レティシアは足に絡みついた触手によって逆さに吊るされていた。
「きゃあああああああっ!? ちょっとやめなさいよパンツが!? パンツが見えちゃうじゃないの!?」
「レティシア!」
――〈フィンの一撃〉を……ダメだ。レティシアも巻き込んでしまう。
宙吊りにされたまま必死にスカートを抑えるレティシアに、怪物はさらに触手を絡ませていく。
「ちょっ」
足から股に、腕から肩に、腰から腹に、首から顔に。
怪物の黒い触手は遠慮なしに彼女の体に巻きついていく。
「やっ……そこは……んんっ……ダメ……」
艶めかしく息を荒げるレティシア。その制服の内側にも触手は侵入し、胸の辺りをまさぐった。
「ひゃん!? こんのエロ化け物、ダメだって言って――」
しゅるるるぅ。
「――ってなんで残念そうに触手引っ込めるのよ!? あたしだって寄せて上げればB、いえCくらいにはなるんだからぁあっ!?」
一応助かった(?)のになぜか涙目で猛抗議するレティシアだった。
が、すぐに怪物の触手が掴んでいたカードの束を見て顔面を蒼白させる。
「しまった!? あたしのカード!?」
怪物の狙いは最初からカード――レティシアの武器を奪取することだったらしい。カードはその辺に捨てられることなく、怪物の下まで引き寄せられる。
そこを――
斬ッ!
と。
疾風のごとく駆け抜けた恭弥が、レティシアとカードを掴んでいた触手を微塵に切り裂いた。
「――ぎゃん!? た、助けるならもっと早く助けなさいよ!?」
落下して尻餅をつくレティシアが文句を飛ばしてきた。頭から落ちなかったことは幸いだろう。
「少し離れていろ。後は俺がやる」
そう言って構えた恭弥は、先ほどまでとは明らかに違う状態だった。
「あんた、それ……」
レティシアには恭弥の周囲が陽炎のように歪んで見えるだろう。ガンド魔術は自身の魂を外部の精霊と合体させることで動物に変身したり、または超人的な力を得る。
恭弥のそれは一種のオーラを纏っているようでもあり、その形は――
「熊?」
だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます