FILE-10 神道

「幽体離脱してただぁ?」


 どうにかこうにか騒ぎが収まったところで、恭弥は土御門と白愛に事情を説明した。

 無論、余計なことまで話してしまわない範囲で。


「講義が退屈だったからって幽体離脱して学院を探検て……いいなそれ! 今度オレにも教えてくれよ大将!」


 山積みされていた焼きそばパンを粗方平らげた土御門が興味津々な様子でくらいついてきた。


「霊体化すりゃ誰にも見られないし壁とか抜けられるんだろ? うっひょ、じゃあ女子更衣室とか覗き放題じゃねえかよ! いやそれだけじゃない。あんなことやこんなムフフなことまでやりたい放題じゅるり」

「……」

「……」


 だらしなく鼻の下を伸ばしてヨダレを拭く土御門。その様子を見る恭弥と白愛の視線は真っ白だった。


「九条、塩撒いとけ」

「そうですね。――えいっ」

「うわっぺっ!? しょっぱ!? ちょ、やめやめ白愛ちゃんオレ塩漬けになっちゃうから!? 長期保存に適した状態になっちゃうから!?」


 土御門は噎せ返りながらもどことなく嫌そうには見えなかった。清めの塩をぶっかけられたところでこいつの煩悩は消えそうにないから困る。


「九条は除霊師なのか?」


 なんとなく気になったので、恭弥は床にばら撒いた塩を箒と塵取りで律儀に片し始めた白愛に訊ねた。

 白愛は作業を続けながら――


「あ、いえ、除霊とは違います。私のは神道しんとうで、『霊を除く』のではなく『魂の穢れを清める』『荒ぶる霊を鎮める』といった術になります。実家は小さな神社なんですけど、神道についてはそれなりの名家らしくて、幼い頃から厳しく教わりました」


 神道。


 山や川などの自然や自然現象、神話に残る祖霊、怨念を残して死んだ者などを敬い、それらに八百万の神を見出す多神教のことだ。

 神道では御霊をなによりも重要視し敬っている。それがたとえ悪霊と呼ばれる存在であっても、罪穢れを清め鎮めることで良霊に変えて祀り、成仏またはそれ以上の災厄を引き起こさないようにする。


「本来は、霊に直接ダメージを与えるなんて以ての外なんですけど……」

「だいぶ効いた」

「はうっ! す、すみませんでした。まだ、未熟で……」


 白愛が未熟ではなかったら恭弥は本当に天に召されていた可能性があったわけだ。


「でもま、白愛ちゃんは未熟でも術は扱えるんだろ? オレらの世代じゃ優秀だと思うぜ?」


 制服についた塩を払った土御門が自分の席にどさりと座って白愛をフォローした。その点については恭弥も頷けるところがある。


「そうだな。ここにいる連中のほとんどは基礎中の基礎が使えればいい方だ」

「そ、そそそそんなことないですよ! 私なんかより、黒羽くんや土御門くんの方がずっとすごいです!」


 誉められ慣れてないのか白愛は蒸気が出るほど顔を真っ赤にしてあたふたと手を振っていた。


 その時――ガラッ! 誰もが注目してしまうほど勢いよく教室のドアがスライドした。


「やっと見つけたわ!」


 ドアの向こうに立っていたのは、輝くような金髪をセミロングに整えた少女だった。彼女は無遠慮にずかずかと教室に入ってくると、恭弥たちの前で立ち止まり――


「ちょっとそこのあんた、話があるからあたしと一緒に来てもらうわよ!」


 偉そうな態度で慎ましい胸を張り、空色の瞳に自信に満ち満ちた光を宿して言い放った。

 その視線はまっすぐ恭弥を向いていたが、気づかないフリをしておく。


「やったな土御門、美少女からのお誘いだ」

「マジで! ひゃっほーい!」

「ひゃああああっ!? なによあんた寄るな変態!?」

「あぶしっ!?」


 飛び跳ねるように立ち上がった土御門に金髪少女は悲鳴を上げて容赦なく平手をくらわすのだった。


「こんなチャラ男に用なんてないわよ! あんたよ! そこの黒髪の男子!」


 ビシッと恭弥を指差す。


「おい、他人を指で差すな」

「あら失礼。ガンドの使い手にこれは愚行だったわね」

「!」


 恭弥が睨みつけると金髪少女は一歩下がり、胸ポケットから学生証を取り出した。色はブロンズ。恭弥と同じ特待生ジェレーターである。


「あたしはレティシア・ファーレンホルスト。改めて言うわ。黒髪のあんたに話があるの。あたしと一緒に来てもらうわよ」


 そう言うや、金髪少女――レティシアは有無を言わさず恭弥の手を掴んで強制的に連れ出そうとする。


「待て、俺になんの用だ?」

「占いに出たのよ。あんたがあたしの『運命の人』だってね」


 意味がわからなかった。後ろで白愛が「運命!?」と叫んでよろめいているが、彼女には意味がわかったのだろうか?

 教室を出たところで恭弥は強引にレティシアの手を払った。


「話なら今ここでしろ」

「それはお互いに不利益にしかならないわね」


 溜息混じりにそう言うと、レティシアは恭弥の耳に顔を近づけ――。


「(『全知の公文書アカシック・アーカイブ』って聞いたことあるでしょ?)」


 小声で囁かれたそのたった一言で、恭弥にとっては無視できない案件となってしまった。

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