第5話 対コンプレックス (4)

 亮人は見事人型の魔物を一刀両断してしまった凜に対して驚愕以外の何ものも感想が浮かばなかった。

 凄い、凄すぎる。あの佐久間が一方的にやられた相手に、途中システムの関係上押されはしたが、それ以外終始圧倒していたと言っても間違いない。実際、魔物はなす術なく倒され、無傷で今凜は平然と立っている。いや、平然を装っているのか? どちらにしても自分がいくらこのシステムを使おうと敵う人じゃない。


「凛、やったな」

 右手を上げて凜に声を掛ける。すると笑みを浮かべた凜は悠々と亮人の下に歩いてきた。

「ああ、言っただろ、あたしは最強だと。泉とは違うからな」

「う~ん。出来れば否定したいけど今は言葉も浮かばねえな……、ハハ……」

 近くで見た感じ少し疲労を感じてはいるようだけれど。

「大丈夫なのか?」

「勿論平気だ。特に問題は無い。ま、後始末は泉らボーダーラックに任せるよ。さて……、帰るとするか」

 亮人も凜の言葉にうなずく。そして凛の小柄な体の中にある小さな顔から出てくる笑顔とその言葉に「ああ、」と相槌をうとうとした。


 けれども、それは凜の後ろにある光景にのまれて言葉のすべて失ってしまった。

「凛……、後ろ……!!」

 凜もとっさに振り返る。そこにいるのは倒れたはずの魔物。ゆっくり膝を立てながらたちあがりはじめていた。

「クソッ、とどめを刺しきれなかったか」


『サモン・デバイス』

 武装解除により強制転送されたデバイスが凜の手元に戻る。

『プリーズ・セットゥ・ア・デバイス』

 魔物は槍を杖代わりにしておぼつかない足取りでこちらに向かって歩いてくる。もう、消滅しかけていると思ったのだが……、いや、既に消滅し始めている。体のあちこちが透明になり始めている。けれども、動いてくるのだ。

『アーマーシステム・スタンバイ』

「泉、下がっていろ。すぐに決着を付ける」

 凜は亮人を後ろに下がらせ、アーマー装着の準備に入ったのだが、

『システム・レッド・エラー』

「「なっ!?」」

『アーマーシステム・キャンセレイション』

 そんな音声の元、居の抜ける機械音と共にデバイスの光が消えていく。凜は慌てて再びデバイスに触れたのだが、同じく『システム・レッド・エラー』が冷徹になるだけ。やがて、再びデバイスは強制的に手元から転送、消えていく。


「なんだよ、凛! どうしたんだよ!?」

 ゆっくり果実に一歩ずつ迫ってくる魔物に目を向けたまま凜らしくない細々とした声で言った。

「長時間の使用……、バーサークシステムの……連続使用で……システムの方が……いかれた…………」

「……、マジかよ……」

 まさか凜より先にシステムがくたばるとは……。その間にも魔物は刻一刻と迫ってくる。どうしたらいい? こいつに対抗するには……、どうすればいい?


「泉!」

「はい!?」

「逃げろ!」

「え?」


 余りに突然の事で困惑どころか思考が停止してしまった。逃げろ? 逃げろって逃げるってことか? いや、当たり前か……、じゃなくて、逃げろ、逃げろって。

「ちょ、逃げろって!?」

「早く、あたしが何とかするから泉は逃げろ!」


 すると凜は亮人の前に立ち、拳法やらなんやらの構えを始めたのだ。魔物に対して生身でもなお引こうとはせず立ち向かっている。でも……、なんで、なんで、女の子にこんなことさせなくちゃいけないのだ!? 男だったら普通守る側だろ! 今までそうだ。凜は強いといって凜の戦う姿を横から傍観しているだけ。


 亮人、見ろ! 自分の目で見ろ。凜は堂々としているように見えるけど構えを取るあの手、足。震えているじゃないか! いくら強いとっても凜は女の子、そこらにいる女子高校生の一人。そんな子に守られる年上男子ほど情けない、ヘタレな奴はいないだろう! だったら男やめちまえ!


 自分の武器、ブレードを取り出すと凜を押しのけ前に出た。その時、魔物は既にこちらまで来ており槍が一気に振り下ろされ始めている。だけれども突きが来なかっただけまだましだ。これならば、対処できる。

 ブレードで魔物の槍を受け止めた。そのまま鍔迫り合いに持ち込もうとしたが、やはり相手は強かった。消滅しかかっているとはいえ、それでも亮人が押し込むには明らかに力が足りなすぎる。一気に押され、このままじゃ耐えられそうもない。


「凜の方こそ逃げろ! 早く!」

「待て、お前じゃ無理だ!」

「いいから、逃げろって!」

 思わず啖呵を切るような口調で言ってしまった。それにより凜は少し後ろに下がってはくれたが、とても体育館から出ようとする雰囲気じゃなかった。どうしたものか……、このままじゃ二人とも殺されてしまう。


 と、そんな事に気を取られていたら、一気に力を押し込まれた。腕を始め体中の骨が悲鳴を上げ始めている。押し返せない!?

「ウァァア!?」

 そのまま押し切られ吹き飛ばされてしまった。そしてブレードを床に転がしながら凜の足元にまで飛ばされ床に倒れ込み、腰を床に打ち付ける。衝撃と痛みで立ち上がれない。でも、とにかく必死で凜の足首を掴んだ。

「凛……、いいから逃げろ……」

 突如、後ろから何かが迫る気配がした。咄嗟に動かないはずの腰に鞭をうち、体を立たせると凜を覆う。そのまま再び床に転がった。刹那、亮人の背中、そして床を渡り発してくる電気と炎の塊。とにかく小さな凛を包み込むように体を丸めこんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る