一章

聖判

1

 赤々と燃え上がる炎に森が爆ぜる。

あちこちで木霊する女の悲鳴、時折赤子の狂ったような鳴き声が鋭く胸を刺す。

物見の塔があえなく崩れ、すぐさまのびあがった紅蓮に飲み込まれた。


――どうして、こんな


シュネーは今にも焼け落ちようとする集落を前に呆然と立ち尽くす。

昨日までは、青々と緑の生い茂る美しい村だったのだ。さやさやと流れる清流は清らかで、木々を吹き渡る風の心地よい、豊かな故郷の姿だったのだ。

それがどうして今、まがまがしい灼熱の炎にあおられる羽目になったのだろう。


「サシェ、スーリャ、ニア!」


こちらに駆け寄ってくる三つの人影を認め、震える声で名前を呼んだ。

真ん中の少女に肩を貸していた右端の少女がはっと顔を上げる。


「一体なにがあったの、どうして、こんなことに!?」


近づいてきた彼女は憔悴しきった表情でがくがくと首を振る。私にもわからないとその目が語っていた。

わけがわからず視線をさまよわせたシュネーだったが、ふと真ん中の少女の背中が真っ赤に染まっているのに気づいて愕然と悲鳴を上げる。


「スーリャ!その傷はどうしたの!?」

「わ、わからないんです!村の端で倒れていたのを見つけて、それで――!」


熱風にあおられる髪をおさえて半泣きのサシェが説明するのを呆然と聞く。炎の赤とは全く別物のその色にシュネーは腹の底が冷えていくのを感じていた。

すっぱりと切り裂かれた服が、彼女の傷が刃物で切りつけられてできた傷だと証明している。嫌味なほど鮮やかな手並みだ。


「この火事とも関係があるんでしょうか?でも一体、なぜ……!」


ぶるぶると全身を震わせながらニアが村を振り返る。すでにすべての家屋に火が乗り移っていることは、まさに火を見るよりも明らかだった。


――いったい誰がこんなことを!


シュネーは村人たちの気質をよく知っていた。温厚で平和的。まちがっても火付けなどする大それた人間は一人もいなかったはずだ。

しかしただのぼやというにしては火の回りが早すぎる。村人が誰も火消しに回らなかったのも不可解だ。


――何が起きているの……


スーニャの応急処置にかかる二人を置いてシュネーは燃え盛る村を見晴るかす。逃げ回る人影さえ今は見えない。不届きものの影を探して目を細めたシュネーの耳に、こらえるようなうめき声が届いた。


「スーニャ!?動いてはだめ!」


慌てるサシェの手を緩慢に振り払って、意識を失っていたスーニャが朦朧とした、けれどどこか強い光を宿した瞳で焼け落ちようとする村を振り返っている。

無いよりはましと急きょあてがった白布ににじんだ新たな朱を見て、彼女をなだめようとかがみこんだシュネーは、次の瞬間彼女がもらした言葉に今度こそ言葉を失った。


「……都人メンシュが、私たちの村を……!」

人間メンシュですって!?」


ニアとサシェも愕然と彼女を見下ろした。

みやこびと。にんげん。彼女たちにとってあまりにも馴染みのある、しかし恐ろしい響きだった。

シュネーも二の句が告げられず立ち尽くす。しかし頭の中では一気に言葉が爆発していた。


――都人メンシュはおそろしい、逃げねば、逃げねば、逃げねば―――


手足が意思に反してがくがくと震え出す。

三人を連れて一刻も早くここから離れなければならないと分かっているのに体が思うように動かない。


――それにしてもまさか本当に攻めてくるなんて!

――逃げなくては。そして、姉さまに、いえ伯母上に知らせて――

――急がないと、もし都人がここに大挙して押し寄せたら私だけじゃかなわない

――ああ、はやく動かないと!


ところが、やっとのことで顔をもたげることに成功したシュネーは見てしまった。

規則正しい歩みで土を踏みしめやってくるその者たちを。

甲冑で武装し、彼らのいただく王の旗を熱風にはためかせ、残酷に、無表情に迫りくる「都」の「人の王」の兵団。

ニアが悲鳴を上げ、サシェが青ざめた唇をかむ。

心臓が張り裂けそうなほど音たてていた。


兵士たちが手に手に持った銀色の鉄。炎に照らされぬらりと鈍く輝く不気味な刀身。


あれは、あの形は、

自分から大切なものを奪ったものだ。


どきどきと鼓動がうるさく高まってゆく。もう何も考えないほどに思考が兵士の剣と過去の記憶に席巻されていった。


「おのれ人間…またしても、奪っていくのか!」


激情に駆られて叫ぶ。

人の王、血塗れた刀を手にした兵士。あの時と同じ。全く何も変わらない。

振り上げられた剣、すべりこむ背中。

二度と、あんな思いは二度と―――


「十二年前のように!」


叫んだ瞬間ひと際強く心臓が脈打ち、少女は勢いよく



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