第12話 船頭牙



 記憶の中よりも十年分をとった姿の女性……理沙は、走り寄ってきた後大声で話しながら佐座目に詰め寄った。


「もうここには来ないって言ったくせに、アンタ何でここにいるのよ! 生きてたの! 馬鹿じゃないの! ホントに馬鹿!」「それともあたしに文句言いに来たってわけ! いいんじゃない、受けて立つわよ、ほら何とかいいなさいよ、何よ黙ってないで、何とか言ってよ!!」「それとも、何かあったの。アルシェは無事みたいだけど……また誰かが? ねぇちょっと、聞いてるの!?」「美玲はいる、わよね、じゃあ他の誰かがみず……あの子みたいに?」「ねぇってば」


 マシンガントークだ、と思った。

 これは確かに面倒だ。

 勢いよくこうも立て続けに言葉を喋られては相槌も打てない。


「理沙、彼は……」


 美玲が何かを言いかけるが、遮った。

 だが、まあちょうどいい機会だろう。


「久しぶりですね、止芽久理沙とめめりささん。成長して随分可愛くなったんですね」

「へっ……。えっ……、えっ?」


 佐座目の急な言動に目を白黒させる様子は十年前と変わりがないようだった。

 うん、元の世界ではこうやって、彼女を振り回してた。


「それよりさっき、理沙さんは兄さんの名前を呼んだみたいですけど、ディエスってひょっとして船頭牙せんどうきばなのかい?」

「兄さんって、アンタまさか佐座目……?」

 

 彼女が現れたことで、僕の事について隠す必要がなくなったのは幸いだった。


 いくら僕だって、過去から来たなんて言って記憶喪失と共に正気かどうかまで疑われたら、平穏にやっていけない自信がある。


 ともあれ、これで隠し事を一つ減らすことができるのは幸いだ。


 僕は船頭牙せんどうきばという人物の弟である。

 名前はご存知の通り、灯乃佐座目とうのさざめ

 兄と苗字は違うけどそれは家庭の事情だから仕方がない。


 目の前の彼女、理沙は兄さんの友人で、よく一緒に遊んだことがある。

 当然兄さんを挟まずに会話したことも何度もあるから、それがいい証明になるはずだった。

 もっとも僕がそれで証明できるのは船頭牙の弟である事実だけで、過去からやってきた事は証明できないから言わないが。


「生きてたのね……」


 全ての話を聞き終えた理沙は何とも言えない表情を見せる。

 どうやらこの世界の自分について生存が絶望視されていたらしい。

 任務でナイトメアにやられでもしたのだろうか。

 気になるが、尋ねるわけにもいかない。


 そして、もう一つの事実の方は口をつぐんでおく。

 ただでさえ、驚いている彼女だ。これで過去から来たなんてしゃべったら完全にキャパティシーオーバーになるだろう。

 まあ、せっかく知人が生きていたという彼女の喜びを、そのままにしておきたいという気持ちもあった。


「どうして牙の体に入ってるのよ」

「さあ、どうしてでしょうね」

「本当に何も分からないの? あんたが?」

「分からないことの方が多いですよ。人間ですし」


 なんでも分かっているような人間だと思われてるのは心外だ。

 僕だって彼女と変わらない同じ人間なのだから。一応は。


「それで今度はこっちが教えてもらう番なんですが、どうして兄さんはこんなになってるんですか? 随分な変化だ。鏡を見ても分からなかった」


 私室で鏡を見た時は、何となく見覚えのある顔としか思わなかったし。


「水奈が、死んじゃったのよ。それであいつは復讐するためにナイトメアを倒すこばかり考えるようになった……。あたしは、そんなあいつの傍にいるのが辛くて、組織を抜けちゃったわ」


 求めてない説明まで返ってきたが、それだけで大体分かった。というよりそれ以上細かいことを聞くのはさすがに気が引けた。


「理沙さんのせいじゃないですよ。ただ運命の巡りが悪かっただけです」

「……あんた、そういう事言えたのね」

「その評価は心外です」


 弱っている理沙さんにひどい事は言えませんよ。


 言外に人を慰められるような人間ではないといわれているが、実はどうでもいい。

 気にするほど僕は狭量な心の持ち主ではないし。

 それに、そういうこと言ってる理沙の方が、落ち込んでいるよりずっと彼女らしいと思った。


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