第15話 草上ノキアの誘い


 その後、まだシオンに余力があったので、もう一戦だけレーティング戦を行うことにした。


 予選終了も今日を含めて三日となると、対戦を続ける人も少なくなる。

 期間中に同じプレイヤーと戦えるのも一回までなので、結果的に、対戦相手を募集して回ることになる。


 運良く、まだ戦ったことのない一年生バディと勝負することが出来た。

 蔵前ユイチという名の一年実技A科の生徒で、本日付の順位は三十二位。場合によっては番狂わせで十五位に駆け上がれる順位だ。


 このレーティング戦期間で、シオンは校内中の有名人となっていた。

 元神童であるが、今の魔法の実力は最低値。しかし、何故か勝ち続けているといった点が、多くの生徒から色眼鏡で見られる理由である。

 だからこそ、舐めてかかってくる生徒も多い。

 そうした相手に対して、いつもの調子を出させる前に不意をつくというのが、シオンとミラのいつもの勝ち筋だった。


 実際に、本気でかかってこられたらシオンに勝ち目など無いのだが、だからこそ、相手が実力を発揮する前に、勝負を決めることになる。



 蔵前ユイチは、スピードに特化した魔法士だった。

 爆発系の魔法を推進力として、フィールドを縦横無尽に駆け巡り、相手を翻弄するスタイルを得意としている。その突進力はまともに目で追うのも難しく、少しでも気を抜いたら、一瞬で引きずり回されることになる。

 また、彼のバディは鷲をモチーフとした鳥人のファントムで、飛行による行動を得意としていた。両腕を翼にかえて上空から一気に迫りくる一撃は、生半な反応では会費も難しい。このバディによる猛攻をさばき続けるのは、非常に難易度の高い防戦だった。


 そんな二人の猛攻を、シオンとミラは最低限の動きで回避し続けていた。


 爆発魔法を連続で繰り出す蔵前に対して、シオンは黒焦げになりながらもフィールドを逃げ回る。

 圧倒的不利かと思われたその戦いだったが、敵がとどめを刺そうと手を出した所で、ミラが間に割って入り、その攻撃を直に受ける。


「ぐ、ぁああああああ!!」


 全身を熱と衝撃に砕かれながら、ミラは鏡の因子を最大に発揮する。


「『合わせ鏡のあなたはわたしで――入れ替わりわたしはあなた』!」


 消滅の間際、ミラはアクティブスキルを発動させ、それを敵のファントムに向ける。


 そのスキルは、またの名を『反射同調ミラーシンクロ』。


 自身と相手の状態を全て同じにするというスキルである。それは今のような、『死の間際』にこそ大きな意味を持つ。

 それまで無傷で空中を旋回していた鳥人のファントムは、ミラのアクティブスキルを避けることができず、全身を炎に焼かれて墜落した。

 その様子を見届けたミラは、満足したように笑みを浮かべて消滅する。互いのファントムが同士討ちになるという結果だった。



 残るは魔法士同士。

 もはや霊子体を保っているのが不思議なくらいのシオンと、まだ余力を残しているユイチとでは、勝負になるはずもなかった。


「これで、終わりだ!」


 突撃してきたユイチが、空中で爆発を起こして無理やり方向転換してくる。予想外の方角から襲ってくるユイチに対して、シオンは必死に体をよじって回避する。無理な体勢からの回避により、シオンはその場に思いっきり倒れ込む。


 突撃に失敗したユイチは、そのまま数メートル先に着地する。そして、すぐさま身を翻して、追撃を仕掛けようとした。


 その時だった。


「――は、ぁ。『セット』」


 地面に転がり込んでいたシオンが、立ち上がりながら地面に線を引いていた。

 ロッド型のデバイスを乱暴にこすりつけるようにして、シオンの目の前に一メートル程度の線が引かれていた。


「っ……!?」


 その意味深な仕草に、蔵前は一瞬、突撃するのをためらう。


 ――その僅かな時間で、シオンは魔力の出力を完了させていた。


 しかし、ユイチにはそれを判断するだけの情報がなかった。彼からすると、ただ意味深に地面に線を引き、気合を入れてみせただけだったので、時間稼ぎのようにしか思えなかった。


(ブラフか!? やられた!)


 すぐにためらいを振り払い、ユイチは持ち前の爆発魔法を利用して、最後の突撃を仕掛けようとする。

 周囲には風力操作の魔法で空気の流れを作り、真空刃を作っている。風の刃と爆発による突撃の双方を前に、満身創痍のシオンが避けられるはずもない。


 ユイチが一歩を踏み出そうとした、そのときだった。


「――――え?」


 足元で発動した爆発魔法が、爆裂となって彼の霊子体を粉々に吹き飛ばした。


「が、――ぁあ!!」


 何が起こったかわからないまま消滅していくユイチを、シオンは半ば消滅し始めている霊子体を必死で保ちながら、膝をついて見守っていた。



※ ※ ※


 紙一重の勝利だった。

 生身に戻ったシオンは、必死に息を整えながら、魔力が尽きた肉体を休ませる。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 やったことは簡単だ。

 逃げ回っている間に、簡易魔法陣をいくつも設置し、そこに魔力を送り込むことで、ユイチの魔法を暴走させた。ユイチが足元を爆発させるという魔法を得意としていたので、その爆発を少しばかり後押ししたのだ。


 地面に線を引いたのは、その魔力を送り込む僅かな時間をかせぐためのブラフである。


「くそ、やられすぎた」


 勝利はしたものの、ダメージは大きかった。

 霊子体においては、瞬間的なダメージよりも継続的なダメージの方が、現実に影響が残りやすい。霊子体がほぼ半壊していたために、残った魔力の回収もできなかったので、完全にすっからかんになっていた。

 ふらつく体を必死で支えながら、シオンはトレーニングルームの端へと移動する。


 久能シオンの試合は、殆どがこんな調子だ。


 危なげない試合ばかりで、見るものからすれば、なぜ勝ち続けられるのかがわからないくらいだろう。

 毎度神経をすり減らす様な試合を、シオンは続けている。


 疲れきった彼に、ふいに気軽な声がかけられる。


「よー、シオン。おつかれ」

「……ああ。おつかれ」


 気が抜けるような葉隠レオの出迎えに、神経を張り詰めていたシオンは、ようやく肩の力を抜くことが出来た。

 近くのベンチでへたり込んだシオンに向けて、レオがペットボトルを差し出してくる。


「もう下校時刻だから、片付け始めろってよ。ほら、ドリンク」

「ありがと。助かる」

「しっかし、お前ほんとすげぇな」


 片付け準備を始めている他の生徒達を眺めながら、レオはしみじみという。


「最初はまぐれ勝ちだなんだって言われてたけど、戦績見ればほとんど連勝だろ。落とした試合って二つくらいか? よくあんなギリギリの勝負、毎回できるよ」

「そうでもしないと、追いつけないからな。自分でも、よく続くと思うよ」

「そういや、聞いたか? 明星が久我に負けたって」

「…………」


 どうやら、もうかなり噂になっているらしい。


 明星タイガも、現在ではトップテンに名前を連ねる実力者として有名人だった。そんな彼を倒したとなれば、アヤネの順位はほぼ不動のものになったと言っても過言ではないだろう。


「記録取ってた奴が居たらしくて、動画がもうアップされてるよ。俺も見たけど、とんでもない勝負だった。何をやれば、あんな魔法の使い方できるんかね」

「明星もすごいが、アヤは頭一つ飛び抜けている。あいつは、昔から頭の回転が異常だった。魔法を精神じゃなくて理屈で制御しきっているから、少しのミスもない」


 今のアヤネは、痛覚障害があるので前ほど完全制御できなくなっているが、それでもどんな戦い方をしたのかは、映像を見なくても察することができる。


 久我アヤネこそ、本当の意味で才能の塊だった。

 彼女のそばで共に活動をしていれば、嫌でもわかる。この才女を前にすれば、半端な才能など、霞んでしまうものだと。


 自分のように、ハッタリでごまかさなければいけないまがい物とは、格が違うのだ。


「んー。まあ、他ならぬシオンが言うんなら、そうなんだろうな」


 何か言いたそうにしながらも、レオはシオンの言葉に頷くだけに留めた。


「それより、早く帰ろうぜ。ミラちゃんも疲れたのか、全然出てこないし」

「そうだな」


 試合が終わった直後から、ミラはデバイスの中で睡眠を取っている。活動による魔力消費をできるだけおさえ、大部分を因子の成長に向けようとしているのだ。


 けれど、そんなその場しのぎでは、失敗するときが必ず来る。

 そうなるまでに、どこまで挑戦できるか。

 この気持ちが、ミラの意志を尊重したものなのか、それとも自分自身の意地なのか、シオンには少しだけわからなくなってきていた。



※ ※ ※



 一休みして、シオンとレオは連れ立って帰り支度を始めた。


 競技場を出て、ロッカーに荷物を取りに行こうとしたところで、二人は声をかけられた。


「あ、葉隠くん、久能くん。今帰り?」


 クラスメイトの姫宮ハルノ。

 ノキアの親友であり、シオンとレオの二人とも交流の多い女子生徒であった。


「よぉ、姫宮。遅くまでおつかれさん。随分大荷物だな」

「うん、ちょっと先生に、ゲームの記録編集を頼まれて。機材運んでるの」


 そう答えるハルノは、両手に段ボール箱を抱えていた。中には、再生機のような機材がいくつか入っているようだった。

 おそらく、今日行われた模擬戦の記録映像を届けているのだろう。


 ゲームの結果は、勝敗と簡単なポイント集計は行われているのだが、記録映像を元にした加点もレーティングに含まれる。一日の予選時間が終わったこれからが、レーティング担当の教師にとっては仕事の始まりである。


 ハルノの話を聞いて、レオが顔をしかめる。


「円居ちゃん、また姫宮を付き合わせてんのか」


 二学期からクラス委員を努めるようになったハルノは、こうしてよく教師から雑用を任されているのを見る。気弱で人の良いハルノは、頼み事をされたら断れないことを知っているレオは、憤慨したように言う。

 それに対して、慌てて取り繕うようにハルノが言う。


「でも、これもクラス委員の仕事だから。それに、本当に大変なのは、これから採点しなきゃいけない先生たちだし」

「姫宮は優しすぎんだよ。重たいだろ、それ。貸せよ」

「あ、大丈夫だよ。見た目ほど重くないし……」

「だからって、女子にこんなの持たせて、知らん顔できないって。ほら、良いから貸せって」


 言いながら、レオは強引にハルノの手からダンボールを奪い取る。

 申し訳無さそうな顔をしつつ、ハルノは「ご、ごめんね」と頭を下げる。


「そんじゃ、俺はこれ持っていくけど、シオンはどうする? 待ってるか?」

「いや。邪魔しちゃ悪いし、先帰るよ」

「ん? 何が邪魔なんだ」

「……いや、こっちの話」


 ちらりと視線をレオの後ろに移すと、顔を真っ赤にしたハルノが、両手を横に振って否定していた。鈍感な方だと自覚しているシオンですら、わかりやすいと思うほどだった。

 最後まで不思議そうな顔をしていたレオと、赤面して顔をうつむかせていたハルノは、友人の贔屓目ではあるが、お似合いだと思った。


 二人に別れを告げたシオンは、校門に向けて歩き始める。

 レオとハルノの姿が見えなくなったところで、横合いから声がかけられる。


「やー、なんか甘酸っぱいよね。思わず隠れちゃった」

「……覗き見とは趣味が悪いな、草上」


 物陰から、罰が悪そうな顔をした草上ノキアが出てきた。そばには控えるようにしてトゥルクの姿もある。

 どことなく緊張した面持ちの彼女は、気を紛らわすかのようにスキップで近づいてくる。


「出てくればよかったじゃないか。何隠れてんだよ」

「最近四人で集まることって少なくなったからね。一応私なりに、気を使ってるんだよ。その、ほら、私達もこういう関係になったわけだしさ」


 ポリポリと頬をかいてみせる仕草は、どこか気恥ずかしそうだった。僅かに顔を赤くしているのがわかりやすいものだと、シオンは思わず笑みをこぼす。

 その様子にムッとしたノキアは、憤然とした様子で顔を近づけてくる。


「シオンくんこそ、随分と物分りが良くなったじゃないか。ちょっと前の君なら、ハルちゃんの気持ちなんて全く考えなかったくせに」

「そんなことはない。僕だって友達のことを応援したい気持ちはある。今までは、ただ気づいてなかっただけだ」


 それはそれで情けなくないかと思いはしたものの、事実なので仕方ない。

 つまり、現状ハルノの気持ちに気づいていないのは、当事者のレオだけというわけだ。


「レオくん、お調子者に見えて、かなり鈍くて驚くよね。それが彼なりの誠実さなのかもしれないけれど。君から見て、そのあたりどうだい?」

「あいつは欲望に忠実に見えて、これと言った執着を持てないことを気にしてる。それを自覚しているから、なかなか一線を踏み込んでこようとしないんだ」

「おや、随分的確な分析だね」


 ノキアは何故か不機嫌そうな表情をすると、文句を言うようにじろりと睨む。


「でも、人の内面を分かった風に言うのは、あまり印象がよろしくないと思うけど?」

「今更隠す間柄じゃないだろう。それに、僕から見たあいつを聞きたくて、そんな話を振ってきたんじゃないのか?」

「……なんていうか、君に対して迂闊なことは言えないって思わされるね」


 疲れたため息とともに、ノキアはそんなことをつぶやく。

 ひらひらと手を振りながら、ノキアは一歩距離を取ると、シオンの前を先導するように歩き始める。そして、ちらりとこちらを振り返りながら言った。


「ところで、提案があるんだけれど」

「なんだよ、改まって」

「土曜は、暇かい?」

「暇なわけ無いだろ。レーティング戦最終日だぞ」


 土曜日は授業こそないものの、施設は開放されていて、午前中までレーティング戦を行うことができる。最後の追い上げにもなるため、大事なときだ。

 何言っているんだと怪訝な顔をするシオンに、ノキアはひょうひょうと答える。


「もちろんわかってるさ。そのあとだよ。まあ、最終日だし余力は残ってないか……それなら、日曜日で良い。ちょっと買い物に付き合ってほしいんだけれど」


 先を歩くノキアを追いかけながら、シオンは問い返す。


「それはかまわないけど、買い物って、何か急ぎで必要なものがあるのか」

「ううん。別に」

「はぁ?」


 あっけらかんと返すノキアに、シオンは思わず呆れた声を出す。

 そんなシオンを見て、ノキアは微かに顔を赤らめて、早口で言う。


「そんな顔しないでくれよ。用がないわけじゃないんだ。ちょっとデバイスを新調しようかなっては考えてるんだけど、別に急を要するわけじゃなくて……ああ、もう。鈍いな君は」


 くるりとその場で身を翻して、彼女は言った。


「恋人とデートするのに、理由が必要かい?」

「…………」


 ふいにそんなことを言われると、さすがのシオンも言葉をなくすのだった。




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