第18話 彼が戦うための理由
朝食が終わった後は、慌ただしくなった。
「来い。急ぐぞ、草上」
朝食の間中、ずっと顔を下げていたノキアの腕を引きながら、シオンは自室へと戻る。
その手に逆らわずに、ノキアはしずしずとついていく。
そんな彼らの背後で、大人の姿に回復しているトゥルクが実体化する。
彼女は小走りについてきながら、焦ったように言う。
「久能様! なんということを!」
「話は後だ。文句があるんなら、作戦会議の後で聞きます。今は一分一秒が惜しい」
天知ノリトとの勝負は、昼前、十一時に行われることになった。
その時には、今日行われる会合の参加者たちも揃うためだった。
観客を揃えた上で、覆しようのない既成事実として、この勝負の決着を見届けさせようという魂胆だろう。
何よりも予定外だったのは、八重コトヨと草上ノキアの参戦である。
「草上とトゥルクさんがいるとはいえ、あの女が関わってくるなら、話が変わる」
得体のしれない女だ。
確実に何らかのチャンネルを開いているはずだが、その片鱗を全く感じさせないところが不気味だった。魔力や霊力と言った類のエネルギーを全く感じない。それは、自身の身体の性能を、百パーセントの状態で制御していることと同義である。
あの女は、何をしてくるかわからない。
「唯一の救いとしては、アイツはファントムを連れてこないってことだ」
それは、先刻の取り決めの際、彼女自身が言ったのだった。
『儂は、自身のファントムを持っておらんが、そなたらは好きに参加させて構わんよ』
つまり、シオン側が4、ノリト側が3という条件を、向こうが受け入れたのだ。
実力差がはっきりしている以上、この有利を活かす必要がある。
ノキアを一度自室に戻し、身なりを整えさせる。
その間に、シオンはとある人物にメールを送った。休日の朝なので、反応してくれるかは分からないが、いわゆる保険だった。
そうこうしているうちに、ノキアとトゥルクが身支度を整えて、シオンの部屋を訪ねてきた。
「しかし、久能様。いくらなんでも、この短い時間で対策を立てるのは難しいのではないかと」
開口一番に、トゥルクがそう言う。
対決の開始まで、あと三時間もない。確かに、通常であればまともに対策を立てる時間はなどはない。
シュンとうなだれたトゥルクが、言いづらそうに白状した。
「恥ずかしながら、元の姿を取り戻したとはいえ、わたくしはまだ万全というわけではありません。それに、石鎚ホウキに対しては、現状のわたくしでは、対策しようがありません。あの不気味な使い魔がいる限り、わたくしに勝機はないでしょう」
敗北の苦々しさを噛み締めてか、トゥルクは顔をしかめる。
「……せめて、あの男の原始がわかれば良いのですが」
「それについては、問題ありません。あのファントムについては、大体の予測がついてます」
「え?」
不思議そうに目を丸めるトゥルクに、シオンは言った。
「修験道に精通して、『
「えんの……? あの、その方は、有名なのですか?」
「少なくとも、日本の呪術研究で欠かすことの出来ない名前ではあります」
飛鳥時代から奈良時代にかけて活躍した呪術者であり、修験道の開祖。鬼人を使役するほどの法力を持ち、時には神すらも呪縛して使役したという。魑魅魍魎を超抜し、妖怪・魔魁を使役するその姿から、大天狗としても恐れられている。
実在した人物であるが、その人物像は後世の伝説によるところが多く、複数の逸話が集合したものである可能性も高いとされている。
「さすがに当の本人だったら、あんなステータスじゃ済まないと思うので、逸話の一つを抽出したものか、それに関わった人物ではないかと思います。あの石鎚ホウキという名前も、役小角の大天狗としての名前、『
「なるほど、天狗ですか」
得心言ったように、トゥルクは神妙に頷いた。
「だから、徳を積んでいる割に、あんなにも下品だったのでしょうか」
「いえ。あれは単にあの男の気質ではないかと」
苦笑を漏らしながら、シオンはトゥルクに言う。
「彼については、確かに強力ですが、いくつか対策があります。おそらくミラだったら、あの使役戦にも対抗が……って、ミラ?」
そこで、シオンは隣で静かにしていたミラに視線をやる。
ここに来るまでの間、不自然なまでに無言だったミラは、むくれた様子を隠そうともせずに、同じく無言を貫いていたノキアの目の前に座っていた。
苦手な正座をして、ミラはノキアの目を覗き見るように顔を近づけている。
「……えと。ミラちゃん」
見るからにむくれているミラを見て、ノキアはたじたじだった。
すると、ミラはノキアの肩の部分に向けて、拳を突き出す。
その様子は、ぽかぽか、と言った擬音が似合う感じであり、可愛らしく、何度も何度も、ノキアの身体へと拳を叩きつけていた。
「その、ミラちゃん。痛いんだけど……いた、えと。痛いって」
「……した。……した」
ぼそぼそと、ノキアを叩きながら、か細い声でミラは繰り返す。
「シオンに……した。わたしも、したことないのに」
「な、なんだって?」
「知らないよ! ノキちゃんのずるっ子!」
ひと通り、気が済むまでノキアを叩いたミラは、ちょっと涙目になりながら、顔を上げた。
「ノキちゃんのこと、許さない」
「……えっと。ご、ごめん」
「だけど、ノキちゃんのこと好きだから、協力する」
勢い任せてそう言ったミラは、勢い込んでシオンに顔を向ける。
「わたしにできることなら、なんだってする。だから、わたしを使って。シオン」
「ああ。もちろんそのつもりだ」
心強いバディの言葉に、シオンは力強く頷いた。
そして、ノキアの方を見る。
「あとはお前だけだ。草上」
「シオンくん」
名前を呼びかけられたノキアは、ビクリと身体を震わせる。
そして、恐る恐ると言った様子で、尋ねた。
「……なんで、こんなことをしたんだい」
「別に。深い理由はない」
「そんなことはないだろう」
心細そうな表情で、ノキアはすがるように言う。
「君は、感情で動いたりしない。いつも、立場と損得を考えている。非常に理性的だ。羨ましくなるくらいに、理性的……だからこそ、私は、君を」
尻すぼみになりながら言うノキアを見て、シオンは小さく微笑んだ。
「結局のところ、お前は一人で戦おうとしていたんだよな」
ノキアの言葉を続けるように、シオンが言った。
「僕ならお前の押しに負けて、実家についていくだろう。けれども、決して味方はしない。敵にはならないけれど、その代わり、率先して味方をしたりはしない。それが分かっていたから、お前は僕を選んだんだ」
「……分かっていたのかい」
「察したのは昨日の夜だ。最後まで、お前は僕に助力を求めなかった」
すがるような目を何度か向けられたが、それでも、彼女は明確に助けを求めなかった。自分一人でなんとか切り抜けようとして、シオンはただの置物状態だった。
問題は、今朝の騒動だが。
「寝込みを襲ったのは……その、なんだ。要するに、そういうことか」
「……」
こくり、としおらしく頷くノキアを見て、シオンは調子を狂わされる。
そんな無駄な感情を乱暴に振り払いながら、シオンは言う。
「理由が必要なら、それで十分だ」
彼の中で、すでに固まっている気持ちを、明確な言葉にする。
「そこまで想われて何もしないほど、僕は冷めてはいない」
「……でも、そのために、君は大切なモノを」
「あんなものは成金みたいなもんだ。確かに痛手だけれど、ないならないで、どうとでもなる」
そう虚勢を張るが、シオンの場合、学費の大半を特許料でまかなっているため、もし特許をなくしてしまえば、学費を払う算段がなくなってしまうことになる。
そんな事情を全く匂わせずに、呆れたように言う。
「っていうか、草上。この音の魔法式、お前知ってたんじゃないのか? この情報をもっと早く出せば、お父さんも説得できただろうに」
「え? いや、私は別に、知らなかったけれど」
「? だってお前、以前保健室でサボってた時に、防音術式使ってただろう」
シオンにそう言われて、ノキアはハッとした表情をする。
あの魔法式は、軍事研究用で独占契約されているため、基本理論となるテンプレート以外は、ほとんど製品化もしてなければ、一般公開もされていない。発表当時に詳しい人間なら話には聞いている、といった程度の知名度だ。
「似たような術式は今では珍しくないけれど、特許を取ってる自動化の
「あ……ああ。そっか。アレはシオンくんの発表だったね。はは、忘れてたよ」
どこか懐かしむように、ノキアはそうつぶやく。
その反応は意外だったが、これ以上広がる話でもなかったので、話を進める。
「とにかく今は、作戦を立てる必要がある。その上で、お願いがあるんだが」
「なんだい。そんな前置きして」
「そりゃあ、言いづらいことだからな。……だが、それを知らないことには、話にならない」
無理を承知で、シオンはそのお願いを口にする。
「トゥルクさんのステータスを全て公開して欲しい。今まで作成したスキルも含めて、全てだ」
それは、バディとしての手の内を全て晒せと言っているのと同義だった。
だが、そんなとんでもない発言に対して、ノキアはあっさりと頷いた。
「そんなことか。もちろん構わない。この期に及んで、私に拒否権なんてないさ」
「はい。お嬢様に同じく、です」
二人は、互いに頷き合って、シオンに対してステータスデータを全て公開した。
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