第9話 決闘準備
ウィザードリィ・ゲーム。
古来、魔法を扱う者たちの闘争は、そのものが神性な儀式とされた。研鑽した技術と、心力を競い、しのぎを削り合う。そうして敵を下すことにより、自身の存在を昇華させようとする。
現在、魔法使いは魔法士と名を変え、決闘はウィザードリィ・ゲームという形で受け継がれている。しかし、そこにある本質は変わらない。
どちらがより魔法を深く理解し、どちらがより、魔法を深く扱えるか。
魔法士であるならば、魔法を扱う技術が高いほうが、何よりも正しいのだ。
「トゥルク。調子はどうだい」
「問題ありません、お嬢様。いつも以上に、完璧な調整です」
電子デバイスと接続したトゥルクは、自身の体の調子を確認しながら答える。現在、ゲームの前の最終調整を行なっていた。
○デイム・トゥルク
原始『■■■■』
因子『騎士』『傭兵』『騎兵』『天衣無縫』『冠ミトラ』『虚偽』
因子六つ ミドルランク
霊具『■■■■■■■■■■』
ステータス
筋力値C 耐久値C 敏捷値C 精神力C 魔法力C 顕在性C 神秘性C
これが、シオンの知るトゥルクのステータスである。
同じ情報が、天知ノリト側にも明かされている。
デイム・トゥルクは草上家の用意したファントムだ。
因子六つという平均より少し上のファントムであり、その実力は、インターハイの予選でしっかりと見ている。
ステータスだけを見ると、オールCという、ある意味極端な性能だが、その本質は別にある。彼女はチェスをモチーフとしたファントムで、戦いの中でステータスを変動させられるのだ。
知らなければ不意打ちをくらい、知っていたとしても対策の取りようがない。戦いの中で見極めようとしても、同じ攻撃を何度も見せなければいいだけの話なのだ。そうした意味で、応用の幅の広いファントムといえる。
「アクティブスキルは、この四つでいいかい?」
「それですが、お嬢様。一つは、いつもと違ったものにしたいと思うのですが」
「うん。聞こう。どれがいいと思うんだい?」
真剣な表情で、二人は試合の準備を進める。
今回のゲームでは、魔法士とファントムのバディでの戦いが決められた。
ゲーム種目はマギクス・アーツ。
魔法士が霊子体を維持できなくなるまで戦い合う、純粋な魔法の殴りあいである。
カギを握るのは、魔法士の魔法の実力ももちろんだが、ファントムの性能も大きく関わってくる。
なにせ、ファントムは人間では遠く及ばない身体能力を誇るのだ。基本的にファントムはファントム同士で戦うことになるので、先にファントムが敗れた側が、実質の負けとなる。
ファントムは、因子一つにつき、パッシブスキルを一つ持っている。故に、因子数が多ければ多いほど、有利になる。
また、それとは別に、アクティブスキルを四つ設定することが出来る。こちらは、ファントムの性能を元に、魔法士がスキルを組み上げなければいけないので、センスと技術が問われる。
すでに組み上げていたスキルの内、どれをアクティブスキルに設定するかを散々迷った挙句、試合開始の二十分前に、二人は調整を終えた。
「悪いね。変なことになっちゃって」
ひと心地ついたところで、ノキアがシオンに向けてそう言ってきた。
「まさか、ここまで話がこじれるとは思っていなかった。いや、本当に。お父様の言うとおり、その場しのぎじゃダメだったな、今回は」
罰が悪そうに頭を掻きながら、ノキアは曖昧に表情を笑わせる。
そんな彼女を前に、シオンは上手い言葉が思い浮かばず、いつも通り淡々と言う。
「謝るのは今更すぎる。それより、勝算はあるのか?」
「なんだい? 心配してくれるのか」
「そりゃあな。ここまで話が大きくなったからには、負けたら逃げられないぞ、お前」
不安を煽っても仕方がないのだが、それでも言わずにはいられなかった。
後から勝負の決定までの流れを思い返すと、嵌められた感が強すぎる。
全てはあの、八重コトヨという女に操られているように思えるのだ。
「うん、そうだね」
シオンの不信感に、ノキアはあっさりと頷く。
「確かに、あの人なら最初から、面白半分でこういう流れを考えて居た可能性が高い」
「……草上は、知ってるのか。あの八重コトヨって人のこと」
「昔から、天知家の代表としているのを見ていたくらいだ。具体的なことは何もわからない。ただ、天知家の当主代理みたいな感じで、かなりの発言権を持っているのだけは覚えている」
ノキアは息を吐きながら、ゆっくりと目を閉じる。
「どんな思惑があっても、いいよ。チャンスがもらえたんだ。だったら、あがくさ」
「……珍しいな。お前が、そこまで本気になるなんて」
「そうだね。自分でも、びっくりしている」
苦笑を漏らして、彼女はぼやくように言った。
「たまには、逃げじゃない反抗をしてみたいんだろうね」
そんな、他人事のように、彼女は自分の気持を口にするのだった。
話が途切れ、静寂が場を包む。
これ以上何かを言っても、それは全て苦言になるだろうと思うので、シオンは自然と黙りこんでしまう。気まずい沈黙に、居心地の悪さを覚える。
そんな中、ノキアがひとりごとでもつぶやくように、口を開いた。
「ノリトくんとは、いわゆる幼馴染ってやつなんだ」
「昔から、関わりがあるのか」
「ああ。もともと、叢雲家と天知家は遠縁なんだ。古い時代に家が分かれたらしいけれど、何かあれば頼り合うような間柄らしい。立地の関係もあって、親類が集まるときはうちを利用することが多かったんだ。その時に、親戚の子たちがいる中に、アイツがいた」
「天知ノリトに対して、お前はあまり、いい印象を抱いていないようだな」
「……そう、だね。苦手、なんだよ。あの子のことは」
曖昧にごまかしながら、彼女は立ち上がった。
時刻を見ると、六時の十分前だった。
「さて、行こうか、トゥルク」
「はい、お嬢様」
テクノ学園の制服を身に纏ったノキアは、スーツを着たトゥルクを従える。
これより、彼女の戦いが始まる。
※ ※ ※
午後六時。
勝負は、草上邸の庭園の、ちょっとした広場になっているところで行うことになっていた。
霊子庭園を展開する役割は、八重コトヨがやることになった。つまりは、彼女がこの試合の審判役ということだ。
「心配せずとも、勝負は公平に行う。無粋な真似をしては、興が削がれるだけじゃからのう」
そんな彼女は、庭園にオブジェとして置かれている大きな岩に腰掛けている。つくづく、岩の上が好きな人である。
「それでは、準備はよいか? 双方とも」
コトヨの確認に、ノキアは黙って頷く。
対面にいるノリトは、「はい。大丈夫ですよ」と、緊張感の欠片もない、子供らしい声で答えた。当事者でありながら、一番この場でリラックスしているように見える。
そんな彼の隣には、法衣をまとった精悍な青年が立っている。
右手には錫杖、左手には経典の巻物を巻いており、見るからに修験道における山伏を思わせる出で立ちである。
天知ノリトのバディである、石鎚ホウキである。
○石鎚法起
原始『■■■■■■』
因子『呪』『使役』『縛』『鬼』『修験』『因果』
因子六つ ミドルランク
霊具『■■■■■■■■■■』
筋力値B 耐久値C 敏捷値C 精神力B 魔法力B 顕在性C 神秘性B
事前に対戦相手に公開されたステータスを見る限り、平均よりも高いステータスを持っている。
飛び抜けているわけではないが、優秀な性能を持っていると言えるだろう。
そんな彼は、錫杖を肩に担ぎながら、軽薄な笑みを浮かべる。
「やあ、娘さん。アンタらの前に姿を現すのははじめてだな。会えて嬉しいぜ」
精悍な顔立ちをニヤニヤと台無しに笑わせながら、ホウキは楽しそうに言う。
「特に、そっちのお嬢様は、見る度に口説きたいって思ってたからな。まったく、うちの主人ときたら、滅多に従者を自由にしないもんだから、いっつも陰ながら見るしかなくて、もどかしかったんだぜ」
「やめてください、ホウキさん。それでは、僕が意地の悪いようではないですか」
好き勝手をいうバディに、ノリトが苦言を挟む。
「そもそも、あなたを自由にしたら、すぐに女性に手を出すじゃありませんか。戒律を破るだけでなく、周囲が迷惑を被るんですから、自由になんて出来ませんよ」
「へ、これだから童貞坊っちゃんはお硬くて困る。お前な、いっぺん禁欲して生涯を過ごしてみろ。節制に貞淑、徳操。そんなもんがどんなに馬鹿らしいか、よぉく分かるってもんだぜ」
黙っていれば美丈夫な面構えなのだが、粗暴な態度と言葉遣いが全てを台無しにしている。修験者にあるまじき態度である。
彼は乱暴に頭を掻きながら、吐き捨てるような口調で苦々しく言う。
「まったく、力だけ再現できりゃいいのに、余計な記憶までついてきやがって。こちとら修行好きのキチガイじゃねぇんだからよ。おかげでずっと、イキそうな直前で寸止めされてる気分だぜ」
そんな彼は、錫杖をまるで棒術でも扱うように器用に振り回す。錫杖の頭部に通してある遊環がぶつかり合い、しゃらんしゃらんと音を立てる。
「ま、いいさ。それより、そこのべっぴんさん二人が相手なんだろ? いい加減、溜まりすぎて素股でもイキそうなくらいなんだ。せいぜいあえいで楽しませてくれよ、なぁ」
「……ノリトくん。その下品な男の口、縫い付けてくれないかい」
「申し訳ありません、こればっかりは彼の性分と思って諦めてください」
石鎚ホウキの勝手気ままな言葉を前に、対戦相手二人の間で、奇妙な共感が生まれた。
そんな顔合わせであったが、勝負の場は整った。
霊子庭園が展開され、勝負のフィールドが作られる。
見た目としては、草上邸の庭園とさして変わらないが、縮尺が変わり、オブジェクトの一つ一つが大きく作られ、スケールモデルの逆バージョンのようになっている。巨大な建物に、木々や岩、広いフィールドに海のように大きな池と、障害物には事欠かない。
観客は、シオンとミラ、そして草上秀星の三人だ。彼らは霊子庭園の外で、仮想ディスプレイ越しに、縮尺されたフィールドを観戦している。
「では、勝負を始める前に、確認をしておこう」
八重コトヨが、取り仕切るように言う。
「この勝負で、勝った方は負けた方に、一つだけ言い分を聞かせることが出来る。むろん、強制力はないが、勝敗の証人は、儂と、観客の三人がしておる。不義理を通すのは難しいぞ。双方、それで構わないか?」
「はい。大丈夫です」
「分かりました。コトヨさん」
「ふむ、よいじゃろう。では、秀星殿よ」
今一度、コトヨは秀星に向けて確認を取る。
「結果次第では、そなたらの思惑は、当人同士によって破談になるかもしれんが、それでもよいか?」
「仕方ないでしょう。あなたの仕切りだ。ならば、天知家も納得してくれるはずだ。叢雲の方はご心配なく」
そう言う秀星は、涼しい顔をしている。顔色から本心が読めず、シオンは思惑をはかりかねていた。ノキアの父親の本心は、一体どこにあるのか。
そんな風に疑問を抱えていると、試合開始の合図が行われた。
「それでは――両者尋常に、はじめ!」
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