第二十八章 迫り来る恐怖
警視庁向かって車を走らせている森石章太郎は、手塚治子からの連絡で、
「そうか、よくやった。みんな、無事なんだな?」
森石は車を路肩に停めて通話をしている。
(こんなので交通課に停められて、赤っ恥は嫌だからな)
一応、警察官としての自覚は持っているようだった。助手席のジェームズ・オニールは苦笑いして聞いている。
「ええ、もちろんです。それから、新堂先生の意識が元に戻ったそうですよ」
治子が言うと、森石はジェームズをチラッと見て、
「そうか。まあ、それはいいとして、ロイドはどうなんだ?」
ジェームズはロイドの名前が出たので、興味を示したように森石を見た。
「ロイドさんはまだそのままです。いろいろ試してみたのですが、だめでした」
「そうか」
森石は小さく溜息を吐いた。すると治子が、
「ジェームズに代わってもらえますか?」
「え? あ、ああ」
森石は不機嫌そうに応じ、携帯をジェームズに渡すと、車を発進させた。ジェームズは右手で携帯を受け取ると、
「かすみさんの事か、治子?」
「はい。かすみさんの潜在能力は、危機的状況にならないと発現しないようです。開発には時間がかかりそうですね」
治子が言うと、ジェームズは左手を顎に当てて、
「だが、敵は待ってくれない。急がないといけないから、私が直接試験してみるよ」
「そうね。その方が効果的だと思う」
治子は同意した。ジェームズは森石に携帯を返そうとしたが、森石は、
「切っていいよ。残りの話は、着いてからにしよう」
「わかりました」
ジェームズは、
「あともう少しでそちらに到着するよ」
そう言って、通話を終え、森石のスーツの胸ポケットに入れた。森石はハンドルを切りながら、
「急ぐ必要があるのは何故だ? 敵はそんなに焦っているって事か?」
ジェームズは前を見据えたままで、
「いえ、そうではありません。むしろ逆です。連中には能力開発のノウハウがあるらしいのです。それを使って、かすみさんの能力を開発されたら、かすみさんは人間兵器にされてしまいます」
「人間兵器?」
物騒な言葉に、森石は目を見開いた。
「俺の
ジェームズはフッと笑って、
「大した事ではありません。私も一度は連中に捕まった事があるので、その時知ったのです。只、具体的にどんな方法で開発するのかまでは知りません」
「なるほどね」
森石は目を細めてジェームズを一瞬見た。
(こいつ、やっぱり敵と繋がっているんじゃないか?)
森石の疑惑は深くなったが、それでもまだ、ジェームズ自身が最大の敵であるガイアだとは思っていなかった。
かすみ達は、片橋留美子が造った急ごしらえの手錠で捕縛した那菜を森石の部下に引き渡した。森石の部下達は、特殊な樹脂で作られた拘束用の服を那菜に着せ、その上で目隠しと猿ぐつわをして、担架に載せて連行した。
「あの女が口を割る事はないでしょうけど、他の仲間達と交信されると困るから、特別室の壁に使われているのと同じ金属でできたヘルメットを被せるらしいわ」
廊下を連れて行かれる那菜を見送りながら、治子が言った。
「もう安心ですね」
留美子がホッとした顔で言うと、治子は彼女を見て、
「取り敢えずはね。でもまだ、あのラテン男とガイアがいるわ。那菜がここに来たという事は、二人もここを知っているはず。備えを怠らないようにね」
留美子はそれを聞いて顔を引きつらせた。治子は次にかすみを見て、
「さっきの会話は、ジェームズもブロックしていなかったから、貴女にも聞こえていたでしょ? 彼が貴女を試験してくれるそうよ」
かすみは苦笑いして、
「そうみたいですね」
彼女はジェームズにではなく、自分に不安を感じていた。
(治子さんも大丈夫って言ってくれたけど、まだ怖い。力の全てを解放したら、自分が自分でなくなってしまうような気がして……)
かすみはどうしてそんな事を考えてしまうのかわからなかった。そして、根拠がある訳ではないのに否定し切れないのも不思議だった。
「かすみさん」
治子はかすみの不安を感じ、微笑んで肩を抱いた。
「ありがとうございます」
かすみも治子の優しさに触れて微笑み返した。
「さ、部屋に戻りましょう」
治子は留美子を見て告げた。三人は特別室の中に戻った。部屋の隅にあるベッドの上のロイドは未だにピクリとも動かない。意識はあるが、全く交信ができない状態。かすみにはそれをなしたガイアの能力が想像もつかなかった。
(精神的な異能の力で、相手の心を破壊したり、正常に機能しないようにはできる気がするけど、障壁を作って、一切を遮断するなんて、どうすればできるのかしら?)
かすみはロイドのそばまで椅子を持っていって腰掛けた。治子と留美子は顔を見合わせてから、離れたところで椅子に座った。
「ロイド……」
家族のような存在だと思っているロイドが目を開けてくれない。かすみはこれほど悲しい思いをしたのは久しぶりだと思った。そして、かすみはロイドの右手を両手で包み込むようにして握った。
(何があったの、ロイド? ガイアと顔を合わせたの? 彼の顔を見て、正体を知ってしまったから、こんな事をされたの?)
だが、一つ疑問があった。
(何故ガイアはロイドを始末しなかったのか? それがわからない)
かすみが考えている事はロイドに伝わってはいないが、ロイドはロイドで、必死になってかすみに自分の思っている事を伝えようとしていた。
(カスミ、ジェームズ・オニールこそがガイアだ。それを気づいてくれ! でなければ、俺達は奴に皆殺されてしまう)
ロイドはかすみが握ってくれている右手に全神経を集中させるようにした。だが、全く何も起こらない。そして、かすみの両手からも何も感じる事ができなかった。
(これほど苛ついてもどかしい事はない)
ロイドはその歯痒さに気が狂ってしまいそうだった。
「え?」
かすみ達は特別室のドアが異常な程加熱されている事に気づいた。
「まさか?」
かすみが呟くと、治子が、
「信じられない。あのドアも、一切の異能の力を受け付けない金属でできているのよ?」
留美子は目を見開いたまま、言葉を発する事ができない。やがて、融点に達したドアは、ドロドロと溶け出して、床に流れ落ち、また急速に冷えて固まった。
「よう、また会えたな、お嬢さん方」
陽気な声と仕草で入って来たのは、カルロスと名乗ったラテン系の小男だった。
「どうして? 何故そんな事ができるの?」
治子が興奮気味に問い質すと、カルロスは手に持っていた金属の棒を見せて、
「いやあ、ちょっとしたやり方があってね。こいつを熱して、ドアに押し当てると、溶かせるっていうマジックなのさ」
かすみ達は顔を見合わせた。異能の力を受け付けない金属でできていても、他の熱せられた金属を押し当てられれば、普通の金属同様、溶けてしまう。
「何て事……」
治子は呆然としてしまった。留美子も同じだ。だが、かすみはある事が気になっていた。
(どうして、錦野那菜も、この男も、この部屋の壁やドアが特殊な金属でできている事を知っているの?)
彼女にとって、カルロスがドアを溶かした事より、ずっと重要な事だった。
「さてと。いきなり丸焼きにするのも面白くないから、少しずつ焼いて、楽しもうかな?」
カルロスは下卑た笑みを口元に浮かべて言い放った。
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