「うわあ、なんだこいつ、速すぎてよく見えねえぞ」

「ひィ、ぶつかるぶつかる、かんべんしてくれ」

 羅刹どもが悲鳴をあげて逃げまどう。キントウンにのった孫悟空が彼らを縦横無尽に追い散らしているのだ。ソニックブームが耳をつんざき、まるで水しぶきのように砂がゴウッと舞いあがってゆく。風圧にはね飛ばされ、将棋倒しになり、勢いあまって仲間の戟刀に貫かれるものまであらわれた。黒熊怪は輿のうえで地団駄をふんだ。

「おのれこざかしいチビ猿め、なまいきにも道家の術をつかいおるわ」

 ドスンと地面へ降り立つと、側近のネズミ妖にむかって手を突き出した。

「おれ様の得物をよこせ」

「ははっ」

 ネズミ妖は大ぶりの戟をうやうやしくささげ持って黒熊怪へ手渡した。いわゆる方天戟と呼ばれる武器で、三日月型の横刃がローマ字のHのようにならんでいる。その柄のはしをにぎってブォーンとふり回すと、たちまちつむじ風がおこり砂塵が舞いあがった。

「おうい猿っ」

 悟空へむかって叫ぶ。

「曲芸はもう見飽きたぞ。つぎは武術の腕前を見せてみろ。このおれ様と一騎打ちだっ」

 悟空はサーフィンの要領でバランスをとり、キントウンをUターンさせた。

「のぞむところよっ」

 ななめに背負っていた宝剣を両手に持って振りかぶる。

「へへっ、生皮はいで絨毯にしてやるぜ」

 そのままの姿勢でキントウンを一気に加速させた。

 むかえ撃つ黒熊怪は大またで腰をしずめると、穂先をピタッと悟空につけた。東天山にきこえた怪力の持ちぬしである。しかも悟空との体格差はおよそ三倍。ならんで立てば、大人と幼児くらいの違いがあるだろう。

 あっという間に両者の距離がちぢまってゆく。必殺の一撃をみまうべく黒熊怪が戟を手もとへ引きよせた。目をつりあげ、ギリっと奥歯を噛みしめる。

「一瞬でかたをつけてやらァ」

 悟空は宝剣のつかを両手でしぼると、クイっと腰をひねり打席に立つバッターのように身がまえた。

「うりゃあ!」「ちぇすとォ!」

 ふたつの影が交錯した。

 そのままの勢いですれ違う。

 と、まるいものがポーンと飛びあがった。夕陽を背景に、その黒いシルエットがくるくるくるくると回り、ドサと砂のうえに落ちた。なんとそれは黒熊怪の首だった。目をひんむいて舌をつき出したおそろしい形相。

「こここ、黒熊怪さまがやられたぞォ」

「ひゃァ、おれたちも殺されるゥ、逃げろお」

 あちこちで悲鳴があがった。生き残った羅刹どもが、次々と武器を放りだして逃げてゆく。すでにアルタイの尾根を夕陽がぼんやり染めるのみで、東の空からじわじわ宵の闇が砂漠を覆いはじめていた。

「なんとか日没まえに勝負がついたみたいだね」

 羅刹どもと渡り合っていた猪八戒と沙悟浄が、ホッと安堵の息をついた。

「どうやら敵の大将もいてもうたみたいやし、これでひと安心や。今宵は湯でも浴びてのんびりさせてもらいまひょか」

「なにジイさんみたいなこと言ってるの、お楽しみはこれからなのにさ。ブヒヒッ」

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