解決編(下)
「……何ですか、それ。自分が暗殺者の弟だ、と言いたいんですか?」
スケルトンは、あからさまに嫌そうな表情を浮かべた。突然犯人扱いされたのだ。無理もない。……あれ、こいつ骨なのになんで表情分かるんだろう、我。
一方、インプはあっけらかんと気にせず話をつづけた。
「あぁ。貴様が殺された後アンデットとして生き返り、魔王軍に入隊した可能性は十分ある。殺された恨み、と言う動機もあるしな」
「馬鹿馬鹿しい。私はアンデットだと明言されてますが、元人間だと言う根拠はあるのですか」
「前回大会の第一回戦終了時に、ゾンビが人間のアンデットであると言う説明がある。そして人間でないアンデットの存在はまだ出ていない。挑戦状にある『魔術などの現実であり得ない設定は作中で明言された物以外に使用していない』と言うルールに基づくと、人間以外のアンデットは作中設定として使用できないのだ」
「なんですかそのなんかのパラドクスみたいなトンチは。しかも温泉編も作中の範疇とか、とんだ引っかけ問題じゃないですか」
「挑戦状に反則っぽい引っかけを残してこそ、B級WEBミステリーだからな。許せ」
スケルトンは自分は人間ではないと主張しようとするが、大分前にコッソリ出てた設定でむりやり水を差した。てか挑戦状を推理の根拠に使うな。フェアアンフェアを通り越してもはや交通事故だぞ。
「とにかく、すでに貴様は口内からDNAは採ってある。暗殺者のDNAと比較すれば、すぐさま血縁はばれるぞ」
インプは更に身元を明かすための【とどめ】として、一日目に採取したDNAを話題に出した。確かに骨とは言え、DNAを採取できたのなら血縁は特定するくらいできるだろう。ファンタジー世界でDNA鑑定するのはどうなんだろう、と言う疑問は無視する。もう突っ込むのめんどい。
しかしスケルトンは動じない。ただにっこりと、普段通りの表情を浮かべているだけだ。……あれ、こいつ骨なのになんで表情分かるんだろう、我。
「ばれたから何だって言うんです。今の自分は骨だけの体。仮に双子でも、この姿じゃ入れ替わりトリックなんてできませんよ。それに自分、大会の後はずっと誰かと一緒にいたので大道具室に行ってませんからね。ゾンビさんを殺す時間なんてないですよ」
「両方とも、問題はない。城にあった物を使えばトリックは成立する」
だがインプもいたって冷静に会話を繋げる。そしてポケットから新たに何かを取り出した。
「この梅の花が描かれた瓶、なんだかわかるか?」
それはガラス瓶であった。たしか、ゾンビのポケットに入っていた物だったか。いや、それ以前にもどこかで見たような……。
「さぁ。見たことないです」
「ゾンビのポケットに入っていた瓶だ。さて、いったいこの中には何が入っていたと思う?」
「ヒントが少なすぎますね。それだけで推理することは……」
スケルトンが呆れた顔(?)でとぼけようとするが、その間を割って入る者がいた。
「……待て。それはまさか」
「サハギンさん、どうしたんです?」
サハギンが、その瓶を見た瞬間にハトに豆鉄砲食らわしたような顔になった。そして、その瓶の正体を明かす。
「それ、熱海の土産だ。俺の旅館の熱海土産は、どれも市の花がメインモチーフだった!」
「そう、熱海市の花は梅なのだ」
そう、見覚えあるのは当然であった。前回の大会の最後でひと悶着を起こした瓶なのだから。
「サハギン氏ならあの日、瓶詰で売られていた物は覚えているよな?」
「……若返りの湯、か」
瓶詰めの温泉。熱海回の重要アイテムであった。確かにゾンビが瓶を買いに走ってた描写もあるし、側近が総評の際に「市の花が彫られた瓶」と説明していた。とは言えどまさかここで出てくるとは思わなかった。熱海のくだりなんて普通に一発ネタでいいだろうに、なんで重要そうな伏線になってるんだ。
「お前はあの時のゾンビと同じく、若返りの湯を使って人間に戻った。そうするだけで双子トリックはきちんと成立する」
……まぁインプの言う通り、このチートアイテムさえあればトリックは至極簡単に済む。体に温泉を浴び、スケルトンから暗殺者の弟に変貌するだけだ。
「……じゃあゾンビの方はどうなんです。私のアリバイが無い時間は短いでしょう?」
「そっちも若返りの湯のトリックで十分だ」
もう一つ残った、ゾンビが行方不明の時間帯のアリバイ。彼のアリバイが無かったのは、第一回大会で遅刻した時。ゾンビと入れ替わりで入ったその短時間だけでは、殺害は難しいが……。
「スケルトン。貴様は橋を見ていたため遅刻した、と言っていたがそれは本当だろうか?」
「はぁ?」
「貴様はただ、若返りの湯でゾンビに成りすましただけではないだろうか」
インプはまた、新たな仮説を立てた。そろそろ仮説がややこしすぎやしないかと思える頃合いではあるので説明は手短にお願いしたい。
「若返りの湯で、ゾンビに成りすます……?」
「若返りの湯は少しずつ効果が薄れて元に戻る効果があった。アンデットなら、どんどん体の肉が剥げ落ちやすくなる。だがそれは逆に言えば、肉が剥げ落ちた者に成りすますこともできる」
「じゃ、じゃあ、スケルトンさんはゾンビさんに成りすましてた?」
「あぁ。最初のゾンビのモノマネの段階で入れ替わっていたのだ。そしてモノマネを終えた後、彼はいったん部屋へと戻り剥げやすくなった肉をすべてそぎ落としたのだ」
「ゾンビさんがいつもよりボロボロで変だと思ったけど、別人だったからなのね」
「別人なだけではない。脱出時、落下の衝撃で皮膚が傷ついたのもある。だがゾンビはもともと損傷の激しい肉体であるゆえ、外傷を負ってもごまかせたのだ」
「色々解決しちゃうトリックね。これ、ミステリーファンに怒られない?」
「そんなこと言ったら、プロローグで既に怒られると思うなこの小説」
インプは参加者たちにつらつらと仮説を述べた後、正直な感想を述べた。述べるな。心のうちにしまえ。
「だがそうなると……最初のモノマネの時点でゾンビは死んでいたのか?」
「その通り。ゾンビ氏はおそらく、大サソリ達よりも前に殺されたのだろう。ゾンビは死亡時刻が分からなかったし、わらべ歌があったから皆が二番目の事件と錯覚させられたのだ」
「あぁ。わらべ歌の順番誤認か……」
インプが考えたここまでの流れをまとめよう。
まず最初に、ゾンビを人気のない倉庫で殺す。ゾンビの持つ若返りの湯を奪い、暗殺者そっくりの姿になる。その状態で彼はゴブリンの目を欺いた。
そして部屋にいた我々二人を殺したのち、ロープを無視して受け身で落下。裏庭から逃げる。
翌日、ゾンビに近い姿になってモノマネ大会に参加。死亡フラグネタで途中退出するが、帰り際に舞台裏にクロスボウの罠を設置。その後、スケルトンに戻り以降のアリバイを作った。
要するに、ゾンビの生存時間をずらす事で「誰も見張りのいる廊下を通らずに死体が現れる」と言う状況を作りたかったのだろう。随分回りくどい手段である。
「きわめてぶっ飛んだ推理ですね。動機は何だって言うんですか」
「魔王は怨恨。大サソリは口封じ。ゾンビは若返りの湯の入手等、トリックの布石のため。そんな辺りだろう」
「ふぅん。じゃあ側近が被害者だった理由はなんですかね? 動機も薄いですよ?」
「……実はその部分は、我が輩もハッキリとは推理できないが」
インプは一瞬、迷ったかのように顔をしかめた。しかしすぐに持ち直し、自身の考えを述べる。
「側近は数合わせの被害者だったか、間違えて殺したか。あまり重要ではない被害者だったのでは?」
「はぁ?」
「そもそもわらべ歌の三番目は『女』だ。しかし側近はヒロイン候補ではあるものの温泉編で性別不詳だと公言していた。このわらべ歌には適さないのだ」
スケルトンは一瞬、目をそらした。目はないが、そんな感じの態度をとった。もしかしたら図星だったのかもしれない。
「彼女は本当のターゲットより先に罠にかかったか、もしくはそれとなくわらべ歌に沿うために仕掛けたランダムな罠にかかった。その程度の存在だったと考えている」
インプが自分の考えを言い終わった瞬間。
「……アハ。アッハッハッハッハッ!」
スケルトンは大げさに笑った。あからさまに過剰な笑い。なんか特撮の変な悪役がやるような、ネタネタしい笑い方であった。
「そんな……。本当に、スケルトンさんが?」
「このタイミングで笑うだなんて、完全に犯人の豹変モノマネじゃないか。くそ、俺もやりたかったな」
「うーん。僕だったらもっと大声叫んで、顔芸みたいな笑い方にしたいかなぁ。もっと気持ち悪く笑ってほしかった」
「叫ぶなんてありがちすぎるでしょう。性格を豹変させるなら、カリスマ性を全面的に出した感じの方がカッコいいわ」
「いや、彼は二段階豹変するかも知れませんよ。途中はゲラゲラ笑う豹変かと思いきや、最終的には威厳のある態度になっていく。そういう数段階の変化もギミックとして有用です」
「そういうパターンもあるのか。いつかまたミステリー編やれる時があったら自分もやってみよう」
「いやいや。極端すぎると雰囲気が軽くなってしまう。極端な豹変せずに解明後に淡々と被害者への恨みを独白するだけパターンも……」
スケルトンの豹変を見た参加者たちは、動揺を隠せずにいる。だが見たところ、動揺の理由は犯人が分かったからではなく、豹変の傾向が想像してた物と違ったからのようだ。大会に使えるネタばかり考えてないでもっと推理小説っぽい反応しろ。
「あー、笑った笑った。ぐちゃぐちゃな推理ですが、まぁ面白かったですよ。でも、証拠はあるんですかね? 証拠の無い推理パートを出しても、結末にはたどり着けないでしょう」
「ふん。そう来なくてはな」
スケルトンは(アンデッドなのに)笑い涙をぬぐい、そしてインプに証拠を求めた。
それを聞いたインプは、「待ってました!」と言わんばかりに受けて立つスタンディングを始めた。証拠を出す準備は万全のようだ。
「まぁ、証拠など無理やりひねり出そうと思えばいくらでも出せるぞ。例えば貴様からはがれ落ちた肉片を見つければ、第一回戦後に採取したDNAと比較するだけで解決だ」
インプはかる~い調子で証拠を出す。しかし……
「残念ですがそんなもの、全部処分されてると思いますね。自分の部屋は窓の外が海沿いなんで、ゴミはすぐ捨てられますし」
「ほう、面白い逃げ方を考えたものだ。ただし後付け設定なのが気に入らない」
スケルトンは逃げ道を用意していた。若干「取ってつけて考えた雑な証拠隠滅パート」感がにじみ出てるのは気のせいだろうか。
しかしインプは、まだまだ笑顔を絶やさない。証拠をまだ用意しているのだろう。
「そうだな。ならばDNAを採取した際、糖分も一緒に採取されたかを確認する方が早いか」
「糖、だって?」
次に出てきた証拠は、『糖』だった。スケルトンも、参加者も、我も心当たりのない言葉であったが……インプのまなざしは力強かった。
「大会の一時間前にワーウルフがゾンビに手作りクッキーを食べさせた事は聞いている。しかしゾンビの胃からは、サハギンが作ったアーモンドケーキしか見つかっていない。ならば、クッキーを食べたのはゾンビではなくお前と言うことになる!」
……あぁ。確かにワーウルフが大会前にゾンビに差し入れしていた。しかしゾンビの胃からはクッキーは無かった。なるほど、入れ替わっていたスケルトンと鉢合わせて、誤って彼に食べさせてしまったのだな。
「DNAを採取したタイミングは、貴様が変装を解いた大会の直後。更にクッキーの差し入れも検査も突発的な出来事だ。保管してある採取データを改めて確認すれば、そこにクッキーの成分も混ざっているかもしれんな」
「い、いやぁ。ですが私もたまたま近い時間に似たような菓子を食べてまして。ですから糖が検出されても、問題はないんですよ」
スケルトンは、苦し紛れにすっとぼけるが、インプは過去に書かれた設定を再び持ち出した。
「嘘を吐くな。味覚のあるアンデットは今のところ、大会で優勝して味覚を貰ったゾンビだけだ。貴様は理由なくクッキーなぞ食べないだろう」
「……ちっ」
「――
スケルトンの舌打ちとインプの締めの言葉によって、戦いの幕は下りた。
パクるなよ。
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