三日目終了

 モノマネ会場が設営されたスタジオの片隅に、パイプ椅子が並べられただけのちゃちな休憩席がある。インプはそこに腰掛け、ポケットから煙草を取り出す。

 彼が煙草に火を付け、静かに煙を吸う。昨日よりも帽子を深く被り、トレンチコートの襟も立てているため表情は分かりづらい。いや、むしろ表情をわざと隠しているのだろうか。


 三番目の被害者――側近が死んでから彼はこんな調子だ。表情は硬く、モノマネ大会の様子もどこか義務的。まるで暗い洋館を彷徨う無口な探偵だ。メインの話し相手がいなくなった事でネタトークを挟みづらくなったからだろうか。それとも……。


「我が輩も少し怖くなったのだよ、地の文くん。側近の死体があんなグロテスクに感じるとは、我が輩もまだまだ未熟だ」


 インプは煙をフゥと吐いた後、こちらに目を向けて今まで見せたことが無い真剣な表情で語り掛ける。探偵役がさらっと地の文に話しかけるな、と突っ込む雰囲気ではないので今は大人しく聞いておく。


「確かにミステリーをやりたいと言ったのは我が輩で、茶番パートでそういう犯罪をやりやすいように環境作りもしたさ。我が輩が自由な魔物であると設定されている限り、この世界の悲劇はすべて茶番と化す」


 彼は机の灰皿に煙草の灰をトトトンと捨てる。何気ない行動のさなかも、彼の表情はどこか寂しげだ。


「だが設定なんてもろい物だ。小説のテコ入れをしたいという理由だけで我が輩は消えるかもしれないし、デスゲーム物に移行したいというだけで悲劇が茶番じゃなくなるかも知れない。今日だって、皆が永久に死んだままになるかもしれないし我が輩自身が殺されるかも知れない。……我が輩はそんな茶番が消える恐怖を、少し想像してしまったのだ」


 インプは少しずつ姿勢を崩し、煙草を再び吸い始める。その姿は何も知らない者にはリラックスした状態に見えるだろうが、モノマネ大会を共に歩んだ我にはリラックスしたフリをしているだけにしか見えない。


 彼は交流の深い側近が死体になったのを見て、自分が死ぬ可能性をようやく考え始めたのかもしれない。ネットの闇を取り込んで死を操るチートを得ようと、彼も思考を持つ者としてこの世界に存在する。死への恐怖が消えるわけではないのだ。

もしかしたら、今までの態度も弱い自分を隠す強がりだったのだろうか。もしかしたら彼は死の恐怖やこのモノマネ大会で得た力が消える恐怖を皆に見せぬよう、必死に邪神のように力を使うだけの……我らと本質の変わらないちっぽけな生物なのかもしれない。



「……グ、グガハハハ。我が輩の精神分析をしているつもりか? まだまだ甘いな、貴様は。我が輩の心理を考えたいなら、ネット界でありがちな可哀想アピールが盛られている可能性も視野に入れろ」


 インプは気が付くと先ほどまでの暗い雰囲気は無くなり、いつものおちゃらけた口調に戻った。


「さぁて、愚痴はここまでだ。行くか我が友よ、今回の茶番をまだまだ面白くなるよう引っ掻き回しに行くとするか!」


 インプはそう言うとニヤニヤと鼻歌混じりに歩き始める。だが我にはどことなく強がりに見えてしまう。これ自体も全て、彼の思惑のうちなのだろうか。それとも……。


=====

「名探偵さん。これが凶器のクロスボウです」

「うむ」


 インプはミミック捜査官から事件の状況を聞き取り始めた。ちなみに近くには姫刑事もいる。いまだ夫婦設定に律儀だなコイツら。


「たしか、箱を開けると矢が放たれる仕組みだったのだな。これを設置した者の目星は?」

「ついていません。このトラップは事件発覚直後の時間帯に設置されていたようです。まだ警備が行き届いてなかったため、誰が設置したかは分かりません……」

「そうか。だがそれではまるで、偶然の事故だったようにも思えるな」


 インプが探偵らしい思考を始めようとするが、その直前にミミック捜査官が「ところで」と別の話題を始めた。それも複雑そうな表情で。


「……名探偵さんは、側近さんが盗難を依頼していた事実については名探偵さんはご存知でしたか?」


 話題は側近の盗難依頼の件だった。そう言えばサイクロプスの名前欄やサハギンのネタで、盗難依頼をしていたような描写があったな。


「あぁ。側近が双子トリック使って犯そうとした犯行だな」

「はい。ですがゴブリンさんがいたせいで、サキュバスさんは盗みをできなかったらしいです。知っていましたか?」

「知らなかったが、動機は分かるな」


 インプはまったく笑顔の無い冷静な表情で答える。ミミック捜査官が「え、動機分かるんですか?」と驚くと、インプは側近の動機を推理し始めた。


「あいつは事件発覚時に『本当は適当な盗難事件程度にする予定だった』と言ってたんだ。つまり大会を盛り上げるイベントとして、あいつが独自の盗難事件を起こすつもりだったんだ」

「では依頼した文書と言うのはいったい何ですか?」

「あの部屋には黒歴史ノートしかめぼしい物がないからそれだろう。いつも通り、魔王を困らせる展開にしたかったに違いない」

「なるほど。この大会の一話目でちょろっと出てた気がします。ちょっと読み返してきますね」


 ミミック捜査官は、そう言ってスマホを開いて『細かすぎるけど多分伝わるWEB小説モノマネ大会』を改めて読み始める。かなりメタな構造になってるのだが、誰も気にも留めていない。誰か突っ込んでくれ。

 


「名探偵さん。ゾンビさんの解剖結果が出ました」

 

 やって来たのは、ツッコミではなく奴隷であった。そういえば彼女が科学捜査官役だったな。ゲスト司会やってた時と全然口調違うのだが、どっちが素なんだ。

 そんなツッコミを脳裏によぎらせてる間に、奴隷は詳細な資料をインプに渡す。


「死因は殴打による脳挫傷。倉庫にある資材の一つと頭部の傷が一致したため、これが凶器だと思われます」

『おや? 昨日の勇者は青酸カリが死因だと言ってた気がするが。あのアーモンド臭のモノマネは関係なかったのか?』

「ゾンビの胃の中を調べたところ、どうやら死ぬ直前にアーモンドケーキを食べていたらしいんです。アーモンドの香りはそれの残り香かと」

『なんだ、毒物トリックを期待してたのに損したな。アーモンド臭がアーモンドその物の匂いを指す言葉だったとは……』

「勘違いテンプレを逆手にとったミスリードですね。……あぁ、それと彼のポケットに入ってた空っぽのガラス瓶ですが、元々は液体が入っていたようです。何が入っていたかは、現在調査中です」

「いかにも毒物が入ってそうなパターンだが、毒殺が無いから別の何かだろうなぁ……」


 奴隷科学捜査官が、ガラス瓶の写真をインプに手渡す。ガラス瓶には梅の模様が彫られていたようで、見た目も華やかだった。


『……まてよ? アーモンドケーキ、ガラス瓶……』


 ガラス瓶を手にしたインプは、急に顔を歪ませた。何かを思いついたのだろうか。


「どうしました、名探偵さん」

『――』


 ミミック捜査官が声をかけるが、インプはしばらく黙り込んだ。何を黙っているのか……としばらく見ていると、突然スイッチが入ったようにミミック捜査官に話しかけた。


『ミミック、貴様に調べてほしいことがある』

「え。何でしょうか?」

『10メートルは自然落下しても生存可能な距離かどうか。そしてそれを踏まえたうえで魔王の部屋から誰かが飛び降りた痕跡はないか、だ』

「……なんですって?」


 彼が提案したのは最初の事件の再調査だった。二日目の時点で窓とロープの謎を考えていたが、その点に何か開路を見出したらしい。


『10メートルは数値だけ見ると非常に危険だが、受け身を取れるならロープを使わず逃走できると思ったのでね。その辺を確認してほしいのだよ』

「可能性はありますけど……ロープ無しでは少なくとも外傷は負うので、そこからばれてしまうのでは。それに脱出が可能となると犯人はやっぱり暗殺者さんになりません?」


 ミミック捜査官が不安そうに訊ねると、


『いや、密室の謎さえ解消すれば、もう一人怪しい奴が出てくる』


 インプは探偵らしい無駄に自信ありげな表情で自信ありげにそう答える。


「なんですって。怪しい奴とは、いったいどこのどいつなんです」

『それはだな……』



 そして彼は、ミミック捜査官に犯人の名を明かした。

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