???~前触れもなく披露される長い箸休め~

【予約来店した国家の重役と、こういう時だけ丁寧に接客する店主(前編)】byグルメ邪神インプ&サハギン

「お待ちしておりました、インプ様。ここまでご足労おかけして、申し訳ありません」

『我が輩の力を持ってすれば大したことはない。だが他の参加者と来る際に不便ではある。せっかくだし城に近い土地へ引っ越しさせてやろうか?』

「いいえ、港から近いこの場所が私にとって一番良い立地ですよ。では奥の席へどうぞ」


 さはぎん亭。

 ここは魔王国の港に近い場所に建つ、サハギンの和食料理店。新鮮な海の幸を中心に、淡麗で美味な和食を提供する人気店である。

 本来であれば半年以上の予約が必要であるが、今回は来週行う大会の打ち合わせをするため、特別に貸し切りにしてもらった。

 無理やり予定を入れるのは大変だったし、サハギンと会話するために専用の鍵括弧会話文を用意する手間もかかった。しかし、我が輩はこの大会に対してその手間を超えるロマンを感じている。費用など惜しくない。



 サハギンに案内されたのは奥のカウンター席。彼が並べてあった木の椅子を一つ引いてくれたので、我が輩はゆっくりと腰掛ける。

 サハギンはカウンターの反対側に回り込み、我に向かって何かを差し出した。

 彼が差し出したのは真っ白な猪口であった。


「ではまず日本酒をお出しします」


 日本酒。はるか昔より存在する澄んだ味わいの飲料だと聞いた。


 我が輩が猪口を受け取ると、今度は湯気のたったトックリが差し出された。よく見ると店員側にはガス台や蛇口などが設置されているようで、ここでも調理が可能なのだろう。ファンタジーらしくないインフラではあるが、異世界料理物で普通に使われてるだろうし、問題はない。


「お注ぎいたしましょうか」

『いや、自分でやりたい』


 サハギンの申し出を断り、差し出されたトックリを奪いとる。そして我が輩は猪口へと酒を注ぎこんだ。

 この国にトックリはないため不慣れな手つきであったが、それでもこぼさずに注ぐことはできた。


『うむ。綺麗だ』


 猪口から手へと伝わる淡き熱。水と見間違う澄んだ色。ほのかな甘い香り。しばらくその外観を見つめた後、一口。

 この口に広がる甘味と辛味が、我が輩の心を更に穏やかにさせる。これから良き時間が過ごせそうだ。



『さぁ、サハギンよ。我が輩が頼んだ品は覚えておるな?』

「はい。大会で提供する特別な料理ですね」

『あぁ。中盤の特別企画でご褒美として振る舞う物だ。その態度を見るとできているようだな』

「はい。意外と難しかったですが」


 サハギンは困ったような笑顔をこぼす。そこまで難しい依頼だっただろうか。我が輩は適当においしい肉を焼いてもらえばよかったのだが。


「通常の肉料理では王道すぎますからね。異世界料理物では、大体どこかでステーキが出てきますからポピュラーな料理です。美味しい料理と言う依頼なら一考の価値はありますが、こういうのは特別な料理ではないと思いまして」

『なるほど。焼いた肉はほとんどの者が想像できる味だから一番書きやすい。だから様々な小説で目につく。「最高品質の特別」ではなく「いままで無かったような特別」を優先したいお前には避けたい料理なわけだな』

「はい。ですので今回はこの世界ならではの、もう少し珍しい食材を使おうと思います」


 そう言ってサハギンはカウンターの後ろにある棚を漁り始める。料理の準備を始めるのだろうが、我が輩にはまだ作る料理は想像できない。


「一体何を作るのだ? オリジナリティが高すぎると、読者には伝わりづらいぞ?」

「そうですね。料理するだけならまだしも、文字だけでオリジナルの食材を伝えるのは難しいですし」

「あぁ。どうしても比喩は日本人の感性に合わせねばならんからな。『鶏肉のようだ』と言う表現はできても『ユニコーンの肉のようだ』なんて表現は日本人に伝わらない」

「はい。そのため表現しづらい料理を出すと文が冗長になるんです。ですから、もう少し日本人でも分かりやすい方向性にするつもりです」

「となると、食材も日本によくある物か?」


 我が輩との会話中も、サハギンは手を休めず用意していた器具や食材を調理台に並べ続ける。そして少しだけ間をおいて、質問に答えた。

 

「うーん。私は食材よりも、調理法の分かりやすさで攻めようかと思ってまして」

「調理法?」

「ファンタジー世界での衛生を考慮し、加熱で調理する和食。高級感。そして読者が分かりやすく、材料で変化を付けられる。それらを踏まえて今回お出しするのは……」

 

 我が輩はその料理名を伝えられる直前に、調理台に置かれた物を見て気づく。


 調理台にあったのは油を張った大きな鍋。淡く黄色いとろっとした何かを入れた器。紙がしかれた食器。新鮮な海鮮や野菜を中心とした食材。

 これらを見て、理解した。彼が作るのはきっと揚げ物だ。

 そして和の揚げ物で高級となれば、あれ以外に考えられない。元々は庶民食であるが、歴史と技術で高級食へと昇華された料理。すなわち……


「日本の伝統的文化。天ぷらです」



==========


 広く静かな店内。店主がタネに衣を付け、客である我が輩がそれを黙って見つめていた。

「最初はオーソドックスに海老の天ぷらにしましょう」

 サハギンが優しい口調で説明すると、衣の付いた海老を箸で持ち上げる。そしてその海老を油の中へ手早く、それでいて優しく入れた。

 しゃあ、しゃあ、しゃあ。鳴り響くのは、油の音。それはまるで子供が川辺で持ち寄る花火、あるいは梅雨の雨音。それはどこか日本の懐かしさを感じる美しくも激しい音であった。我が輩、日本出身じゃないけど。


サハギンは真剣な表情で鍋を見つめる。きっとこの刹那の時も、彼の調理は続いているのだ。我が輩が口を出すことはできない。

 そして繊細な音色に包まれ、静かだった時間はより神聖な時間へと変わる。邪神となった我だが、いまだ神秘的で緩やかな時の流れに心地よさを感じるのであった。

 ……やがて油の音がやや弱くなった。その時、サハギンは目覚めたかのように再び動き出す。一瞬で黄色く揚がった海老を掬い上げ、パパっと網の上に乗せたのだ。その手際は、もたつきがなく見事なものだった。



「どうぞ。こちらの塩、力塩、速度塩に付けて召し上がってください」


 そして完成した海老天が二本、我が輩の目の前へやって来た。茶色っぽい陶器、白い和紙、その上に乗る黄色い衣を着た赤い尾。この色合いは何故か見ているだけで喜びを感じる。

 だがそれよりも気になったのは、サハギンが横に出した粉末の器。盛られているのは白い粉末、赤い粉末、黄色い粉末だ。一つは塩だと言っていたが、他の二つは聞いたことがない。これでは全知全能の邪神が聞いて呆れる。


「力塩と速度塩とはなんだろう。聞いたことがないな」

「転生ファンタジーはまれにステータスアップアイテムが出る事をご存知ですか?」

「む? 確か力の種とか、素早さの種とかか。某RPGに倣って、『種をいっぱい食べてチートに!』ってやるらしいな」

「その力の種と素早さの種を粉末にして、塩などの調味料と混ぜました。赤が力の種で、黄色が素早さの種です」

「ほほう」


 ステータスの上昇に使うアイテムを調味料に使うとは。確かに種を香辛料に使う植物も多いが、このアイテムでもそれが可能だったのか……。


「人間達はステータスが上がるという面ばかり見るので、これらを料理に活用しなかったそうです。口からの摂取物なら真っ先に料理する事を考えるべきでしょうに」

「……最近は普通の料理だけでステータスが上がる時代だしな。今さら種の調理なんて考えたくないのだろう」


 貴重な種をこんな所で使うとは、なかなかぶっ飛んだ発想だ。しかしファンタジーらしさを出すため、このような攻め方をする案は面白い。評判通りサハギンは、客のニーズを突く事が極めてうまい。

 だが変化球は後回し。一本目は普通の塩で食べる事にする。基本的な味がしっかりしていない奴に我が輩の大会のメインディッシュを任せるわけにいかない!


「では、さっそく。いただきます」

 適当に日本の様式を真似た作法で手を合わせ、海老天の先に塩を付ける。そしてそれを甘く噛みしめた……。



 噛んだ瞬間、海老天は軽快な音を鳴らす。

 弱々しい柔らかさは感じない。衣の絶妙なる歯応え、油に浸かっていたと思えぬカラッとした舌触り、上品な塩味と香ばしい風味のハーモニー。不快感のない衣は、我が輩の期待通り。……いや、期待以上の出来だ。

 そして我が輩の予想を裏切ったのは、衣の中で眠っていた海老。我が輩は高級な海老は弾力がありとても柔らかいものなのだと、漠然と想像していた。しかしこの海老はスマートな見た目であるにも関わらず、身はしっかりとしている。強い弾力は、逆に身を引き締めていたのだ。

 軽快な衣と力強い海老。この歯ごたえの調和こそ、相反した食材では表現できない明快な味わいを形成していた。


 海老天を噛んでいくと衣は口内の水分と混ざるように解けてゆき、舌に伝わる感覚は変化する。

 勇ましい感触の海老は噛むほどに優しくほぐれ、海鮮らしい甘みが現れた。

 そして最後に喉を通る時には、とても柔らかな風味と感触が伝わるのだ。


 あぁそうか、我が輩が想像した海老の味は噛んでいた途中の一瞬のみ。我が輩は味の変化と言う概念を忘れ、あの一瞬しか味を想像できなかったのだろう。何たる思慮の不足か……!



 一本目の天ぷらへの思いを心と舌に残したまま、日本酒を一口。それは最初に飲んだ時より澄んだ味わいに感じ、天ぷらが生んだ幸福感を消すことなどない。サハギンが天ぷらとの相性を考えて選んだのだから、この宴の妨げになるはずはないのだ。

 ……さて、二本目からは別の塩を付けてみよう。赤と黄色が色付く砂丘。ここには我が輩の未体験の味がある。

 我が輩はサハギンが「力塩」と呼んでた赤い塩を海老に付ける。特に選んだ理由はない。しいて言うなら、塩、力塩、速度塩の順で器に盛られていたから。順番にこだわってしまうのは知的生物のサガだ。

 ほのかに赤くそまった衣の表面。匂いを嗅ぐが、天ぷららしい匂いの方が強いため力の種の香りはよく分からない。我が輩は少しの不安を抱えつつ、そのまま舌に乗せた。


 塩と海老と共に感じたのは、辛味だった。口の中でピリピリとした痛みを感じる。だがからさによってつらさを感じることはない。他の感覚もきちんと感じられる、ほどよい辛さだ。そしてこの口を暖かくする辛味は、海老の食感と合っている。香ばしさが引き立つので、こちらの味も強い印象を覚える。

 

 続いて黄色い速度塩も頂く。こちらも付けた後に香りを嗅いだが、こちらはすぐさま特徴的な匂いが分かった。海老の香りの中に混ざる、爽やかな香り。どことなく柑橘類に近いだろうか。

 我が輩は鼻からくる風味を意識しながら、海老を口に含む。その味は思った通り、鼻を抜ける酸味が色濃く感じた。

 こちらもほぐれた海老と合っており大変美味である。だが、先ほどの力塩と比べると主張が激しいので癖を感じる。海老との相性は、先ほどの力塩が断然好みだ。




 やがて速度塩の付けた海老を飲み込み、我が輩はもっと力塩を付けてみたいと思った。されど海老はすでに食べきってしまい、残ったのは尻尾のみ。

 もっと身を食べたかったのに、残念だ。なんなら邪神の特権を使って三本目も頼むべきか?


 ――いや、惑わされてはいけない。我が輩は大会のために他の天ぷらを食べる義務がある。それが終わるまで、邪道な食べ方はできない。

 これは一品目。戦いはまだ序章。きっとこの食欲は少しずつ、最高の形で満たされる。今はサハギンを信頼し、腹の戦力を温存せねばならぬだろう!




 そして我が輩は海老への欲求をグッと我慢し、サハギンが新たに揚げている二品目への期待を高めるのであった。

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