「そう、良かった」

 と、彼は笑う。なぜかその上がる口角を凝視してしまう。何が良かったのだろう。

 もしかして、私、早まったか?

 私は彼が何かをしようとしていることに薄々と気づきはじめていた。

「…どこ行くの?」

「東京だよ。…クスクス…」

 …ゾクリ

 寒気が背中を支配した。

 卓人くん…あなたは何かしようとしているの?

 私を犯罪に巻き込むのはやめてほしいと言ったことを覚えているのだろうか。

 今の卓人は笑っていた。本当に嬉しそうに、楽しくて仕方ないという風に──



 その日の夜のこと。

「間宮さん、今から出かけるけど出れる?」

「え?えぇ、大丈夫よ。」

持っていたカバンの中に入っていた手帳を見ていたときだった。チラリと手帳に視線を落とす。1週間後に施設見学の文字が目に入った。

 浪人になってまで看護資格をやっと手に入れて卒業も間近だと言うのに。卓人はどこまで許してくれるのだろうか。

 卓人について車庫に向かう。車でどこかへ向かうようだ。

「ねぇ…東京って言ったってどこよ?」

「…それはその内分かるんじゃない?僕からは何も言えないよ。」

 変な答え方…そう返ってくるんだと思っていたけど。

 卓人は言いたくないことは真面目に答えないところがあるように思う。

 卓人の運転する車に乗り込む。

「間宮さんってさ、何で看護資格取ろうと思ったの?」

え!?

 思わず声が出るところだった。 そうか、私のこと調べたのか。そんなことも知っているのね…。

「あなたには何もかも筒抜けなの?…そうね、看護資格取ろうと思ったキッカケはね、少し前の話なんだけどね。車の轢き逃げに合ったとき友達が重傷を負ってね、何も出来ない自分に腹立たしいと思った…それだけのことよ。ありきたりな答えでしょ」

それも理由だけど、本当の理由は別にあるけどね。

「へぇ…友達想いなんだね、間宮さんって」

 そう言った彼は車を静かに走らせ、目的地につくと無断で端に車を寄せ停めた。

 車が止まった場所は住宅地だった。

 明らかにおかしい。

 ここが、目的地?

 夜であることもあり、静まりかえった住宅地はどこか怖く見える。

「降りる?待っててもいいよ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る